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藤井聡太竜王、ついにA級へ。第80期順位戦B級1組での全12戦を振り返る

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
A級昇級を決めた藤井聡太竜王。来期は名人挑戦を目指す(写真:森田直樹/アフロ)

 第80期順位戦B級1組の最終戦が9日(水)に行われ、藤井聡太竜王(19)がA級昇級を決めた。

 19歳7ヶ月でのA級昇級は、歴代2位の好記録となる。

 結果的には10勝2敗で1位となったが、猛者揃いのB級1組では苦戦を強いられる場面も多かった。今期の藤井竜王の全12戦を振り返る。

好調者との対戦で苦戦

記事中の画像作成:筆者
記事中の画像作成:筆者

 藤井竜王は黒星を喫した二人と最後まで昇級を争った。最終戦についてはまた後ほど振り返るが、結果的に負けていたら昇級を逃すところだった。

 2回戦で藤井竜王をやぶった稲葉陽八段(33)は、1期でのA級復帰を決めた。3勝3敗からの6連勝は見事の一言だ。

 11回戦で藤井竜王をやぶった千田翔太七段(27)は、9勝3敗の好成績ながら順位の差でわずかに届かなかった。

 結果論ともいえるが、藤井竜王に勝った二人は一年通じて調子が良かったのだろう。稲葉八段も千田七段も、藤井竜王との戦いで素晴らしい指しまわしをみせた。

 1回戦の三浦弘行九段(48)との戦いも苦戦を強いられた。三浦九段は前期A級から降級し、今期も途中までは昇級争いに加わっていた。

 実力は言うまでもないが、調子もいい中での対戦だったのだろう。

 もしこの三浦九段戦に負けていたら、藤井竜王の昇級はなかったかもしれない。

白星を並べた中盤

 3~9回戦では7連勝した。昇級争いに加われなかったメンバーとの対戦ではあったが、簡単に白星を重ねたわけではない。

 特に9回戦の近藤誠也七段(25)との戦いは厳しいものだった。

 序盤でリードされて不利な態勢での決戦を余儀なくされたが、一瞬のスキをついて体を入れ替えて勝利をつかんだ。

 2敗を喫した対局も含め、苦戦を強いられた対局では序盤でやや不利な態勢になっている。

 どの棋士も藤井竜王と戦う時には、その時の最高といえる作戦をぶつけてくる。

 研究で藤井竜王が不利になるケースは非常に少ないのだが、それを成し得るのがB級1組の猛者たちである。

 藤井竜王といえども、不利な態勢からひっくり返すのは容易ではない。

 それでも苦戦を跳ね返して白星をあげなければ昇級には届かない。困難な道のりでつかんだ昇級ということを改めて述べたい。

茨の道を歩んだ最終戦

11回戦以降が2022年の戦いとなった
11回戦以降が2022年の戦いとなった

 9回戦を終え、8勝1敗で2021年を終えた藤井竜王。

 3戦を残して2番手と星の差1つ、3番手以降とは星の差を2つ離して昇級濃厚かと思われた。

 しかし10回戦の千田七段戦で黒星を喫し、混戦に引きずり込まれてしまった。

 先手番で得意とする相掛かりに進んだが、序盤でわずかなスキをつかれて千田七段に攻め込まれてしまう。終盤では互角近くまで戻す場面もあったが、昇級を狙う千田七段の執念が勝って押し切られた。

 12回戦を勝利して、自力(勝てば他の結果に関係なく昇級が決まる)で迎えた最終13回戦。相手はデビューからの連勝を止められた因縁のある佐々木勇気七段(27)だった。

 佐々木七段は開幕から7連勝で藤井竜王をおさえて首位を走るも、そこからまさかの4連敗を喫して昇級争いから脱落していた。

 ただ、藤井竜王との戦いに並々ならぬ闘志で向かう佐々木七段、ここでもその力を見せる。

 角換わりから先手番の佐々木七段が急戦を仕掛ける。やや珍しい形での仕掛けに、藤井竜王は長考を余儀なくされた。

 形勢不利で消費時間にも大差がついており、藤井竜王がかなり苦しい状況で中盤を迎える。

 しかしそこから盛り返せるのが藤井竜王の強さだ。徐々に形勢を挽回し、消費時間も気がつけば同じくらいになっていた。

 難解な終盤戦、佐々木七段にチャンスが訪れて派手な一着が飛び出したが、皮肉にもその手が敗着となってしまった。

 しかしこれは佐々木七段の手の善悪よりも、藤井竜王のしのぎが見事だったといえる。

 先ほども記したように、藤井竜王はこの一番に負けると結果的に昇級を逃していた。ギリギリのところでつかんだ勝利で昇級を手繰り寄せたのだった。

A級での戦い

 10勝2敗という好成績ではあるが、内容的には際どい勝負が多かった。

 それだけ対戦相手が強い証拠でもあり、さらにいえばその相手にこれだけの成績を残せる藤井竜王の実力を改めて知る。

 ここで来期のA級をご覧いただこう。

来期A級のメンバーと順位
来期A級のメンバーと順位

 このメンバーをご覧いただければ、次の戦いの厳しさが容易に想像つくだろう。

 今期もそうであったが、藤井竜王と対峙する棋士は全力を投入してくる。

 そのため、勝率8割以上、五冠を保持する藤井竜王といえども、今期以上に茨の道を歩むことは必然といえよう。

 もし来期のA級で挑戦権をつかみ、名人を獲得するとなれば、前人未到と思われた谷川浩司九段(59)の名人獲得最年少記録(21歳2カ月)を塗り替える。

 そのチャンスは来期しかないため、A級での成績には今期以上に注目が集まるだろう。

 挑戦権を得るには、最低でも7勝2敗が必要となる。このメンバー相手にその成績は相当に大変だ。

 とはいえ、これまでも不可能と思われることをクリアしてきた事実もある。

 来期の藤井竜王の戦いぶりにご注目いただきたい。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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