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羽生善治九段、藤井聡太二冠を破って王将リーグ白星発進。勝負を分けた「歩の手筋」

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
記事中の画像作成:筆者

 22日、第70期王将戦挑戦者決定リーグ開幕戦で羽生善治九段(49)が藤井聡太二冠(18)に勝利した。

 後手番の羽生九段が横歩取りに誘導し、難解な終盤戦を乗り切って最後は鮮やかな即詰みに討ち取った。

 勝負を分けたのは「歩の手筋」だった。

勝負を分けた歩の手筋

 横歩取りらしいねじり合いが続く中盤戦を経て終盤戦に突入した。

 その中で羽生九段の放った「△4八歩」という歩の打ち捨ては、今日のスポーツ新聞の見出しになるほど素晴らしい「歩の手筋」だった。

 この歩の打ち捨てで相手の金の位置を変えることで、16手後に長手数の詰みが生じた。

 歩を打った時点で羽生九段といえども詰みまで読み切るのは難しい。

 ただ、豊富な経験からここで歩を打ち捨てると将来的に生きるとみたのだろう。

 強い人ほど歩の使い方がうまいとされるが、まさにそれを地でいく一着だった。

 とはいえ、この時点ではまだ形勢は互角に近かった。

 ツイートしたこのタイミングで藤井二冠にミスが出た。

 歩を打ち捨てて(▲2四歩)から桂を跳ねるのが結果的に正解だったのだが、歩を打たずに桂を跳ねたのだ。

 ここで歩を打ち捨てることで、後に相手の玉を詰みやすくする効果がある。

 先ほどの羽生九段の歩の打ち捨てと似たような意味だ。

 ただ、この歩の打ち捨てもすぐには効果が見えづらい手だ。

 藤井二冠が判断を誤るほど難しい局面だったが、歩を打たないことで勝機は去った。

 「歩の手筋」が勝負を分けた瞬間だった。

終盤

 羽生九段の最後の詰みは見事で感動を覚えた。

 当時、筆者はこうツイートしていた。

 詰みに限らず攻防手も多岐にわたり、選択肢が広い局面で筆者には正解がわからなかった。

 しかし羽生九段は勝利につながる一本の線を見事に紡ぎ出した。

 電光石火、さすがとしか言いようのない鮮やかな収束だった。

 精査してみると、筆者が際どいとツイートしたその局面(△7八桂成と金を取った局面)は羽生九段の勝勢だった。

 羽生九段の放った「歩の手筋」、藤井二冠の逃した「歩の手筋」。

 それにより、藤井二冠には勝ち筋が残されていなかったのだ。

 強い相手にこそ、羽生九段は真の実力を発揮するといわれる。

 終盤の素晴らしい指しまわしをみて筆者は改めてその言葉を実感した。

リーグの展望

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 さて、本局は第70期王将戦挑戦者決定リーグの開幕戦だった。

 このリーグは総当たりで全6回戦を戦う。

 例年、リーグ優勝のラインは5勝1敗だ。

 昨年も広瀬章人八段(33)が最終戦で藤井二冠と4勝1敗同士の戦いを制し、5勝1敗で挑戦権を獲得している。

 となると、藤井二冠は挑戦に向けてもう1敗も許されない状況といえる。

 その状況で迎える次戦は5戦して未だ勝ち星のない豊島将之竜王(30)が相手となる。

 勝った羽生九段は、2週間後に開幕する第33期竜王戦七番勝負に向けて大きくはずみをつけた。

 叡王を獲得して上り調子の豊島竜王との七番勝負は10月9日に開幕する。

 非常に楽しみなシリーズだ。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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