テクノ、ハウス、ファンク、トライバル、アンビエントなど、ボーダレスなフィールドの要素を取り入れながら、ジャズ的なアプローチで表現を広げ、注目を集めているサックス奏者の藤枝伸介。

彼が2021年4月にリリースした『アンフォルメル(Informel)』は、CD2枚+DVDという大作になった。その内容は、ライヴハウスで行なわれた2セットのステージを丸々収録というもので、ライヴ・ペインティングも同時に実施。できあがったペインティング作品はアルバム・ジャケットに使われるといった、パフォーマーとしての藤枝伸介の現在形をビビッドに切り取った作品になったと言える。

そこで本人に、大作となった『アンフォルメル』制作に至る過程や、その音楽遍歴、音楽観などについて語ってもらおうと、オンライン・インタヴューを申し込んだ。

藤枝伸介さん(写真提供:藤枝伸介)
藤枝伸介さん(写真提供:藤枝伸介)

♪ 運動少年は中学で日本のロックに目覚めた

──藤枝さんは小さいころ、どんな少年だったんですか?

藤枝 どちらかというと運動してましたね。水泳を手始めに、小学校に上がったあたりからソフトボール、中学では野球部に入部して、高校では硬式テニス部でした。

──バリバリの運動少年だったんですね。そのころの音楽との接点って?

藤枝 中学のとき、ギターをやっている友だちがいて、彼からいろいろ影響を受けました。そのころに、日本のロックとかを聴き始めています。

──藤枝さんの中学生時代の日本のロックって、どのあたりですか?

藤枝 友だちの影響もあったんですが、アンジー(ANGIE)とかボウイ(BOØWY)はよく聴きましたね。あと、バービーボーイズ(BARBEE BOYS)とか、いろいろと手当たり次第に聴いていました。

 ちょうどCDのレンタルが始まって、借りて聴けるようになったころなので、興味が湧いたものをひととおり聴いていたんじゃないかと思います。

 高校になると古めのロック、レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)あたりが好きになって、よく聴くようになっていましたね。

──自分で音楽をやろうと思ったのは?

藤枝 フォーク・ギターを弾くいとこがいたんですけれど、中学のときに彼から1日だけ、教えてもらったことがありました。でも、続かなかったですね(笑)。

 それ以降、運動ばかりでなにもしてなかったんですが、高校3年生のときにジャズを聴いたことがきっかけで、「大学に入ったらアルト・サックスをやりたい!」って思ったんです。

──なにかきっかけが?

藤枝 同じクラスの友人が、当時流行っていたアシッド・ジャズとチャーリー・パーカーのCDを学校にもってきていて、ポータブルCDプレーヤーで聴いていたんです。その2枚を聴かせてもらったら、アシッド・ジャズよりもチャーリー・パーカーのほうに興味が湧いたんですよ。

 そのアルバム、『チャーリー・パーカー・オン・ダイアル』は、録音状態もよくないもので、壁の向こう側から聞こえてくるような、くぐもった音だったんですが、なんともいえなくて……。すごい衝撃的な出逢いでした。

 それで「これをやりたい!」って思ったのがきっかけです。

──それで大学に入学してサックスを始めた?

藤枝 そうです。入学式の翌日、キャンパスで新入生歓迎のオリエンテーションをやっていて、ジャズ研を探してウロウロしていたんですが、遠くから「ソー・ホワット」が聞こえてきたので、近づいていったんですよ。そうしたら、野外でデモンストレーションの演奏をやっていて、その場で「ジャズ、やりたいんです!」って、入部しました(笑)。

──楽器はどうしたんですか?

藤枝 チャーリー・パーカーに感動してジャズをやろうと思い立っていたので、高校3年の受験が終わるとすぐにバイトを始めて、お金を貯めました。中学時代に吹奏楽をやっていた友人がいて、使わなくなった楽器を譲ってもらうことができたので、オリエンテーションのときにはすでにアルト・サックスが手元にあったんです。

 ただ、そこから楽器を始めたので、どうすればチャーリー・パーカーみたいな演奏ができるのか、悩みながら練習してましたね。そもそも音楽的な基礎がほとんどなかったものですから、ほかの人に比べるとかなり遠回りをしていたんじゃないかと思います。

──藤枝さんの現在の活動を見ると、10代前半から先生に習ったりやクラブ活動で練習を積んできた人とは違う視点や発想をもっているように感じていたのですが、その遠回りをして悩んでいたことと関係があるのかもしれませんね。

藤枝 そうかもしれませんね……。いまだに、サックスが得意なのかと問われても「どうでしょうね……」という感じなんですよ(笑)。自分ではフルートのほうが向いているんじゃないかと思っていたりする。

 ただ、それに甘んじたくないというか、だからこそサックスをもっともっと、思いどおりに吹けるようになりたいんですよね。

 ほかの経験者たちを羨ましく思いながらもサックスを続けてきたのは、やっぱりサックスという存在が僕にとっての“音楽の初心”にあたる部分だからだと思っているんです。サックスに出逢わなかったら、きっと今日まで音楽を続けてなかっただろうから。

2021年7月17日のシンスケ・フジエダ・グループによる新宿ピットイン公演(写真提供:藤枝伸介)
2021年7月17日のシンスケ・フジエダ・グループによる新宿ピットイン公演(写真提供:藤枝伸介)

♪ 就活を捨てて音楽で生きる決意をした4月1日

──大学を卒業する段階で、将来的な見通しはあったんですか?

藤枝 いや、なにもありませんでした(笑)。

 ただ、大学4年になる直前、もう本格的に就職活動をしなければならないというタイミングで、「どうするかを4月1日に決める」ということだけは決めていたんです。

──4年になる4月1日?

藤枝 そうです。どうするか、すごく迷っていたんですが、大学1年から始めた楽器をこれからも続けたいという気持ちがどうしても捨てられなくて、それでまったく無謀だったんですが、4月1日に目覚めたときに、「音楽を続けていく」って決めました(笑)。

 別に特別上手かったわけでもないし、自分で可能性みたいなものを感じたりもしてなかったんですが、「まず、飛び降りてみようかな」と思っちゃったんですね。

──それで飛び降りた……(笑)。現実的にアテはあったりしましたか?

藤枝 いや、ぜんぜん。

 3年まで、大学のジャズ研で演奏するか、他大学のジャズ研と一緒に演奏する機会があるぐらいで、そのほかの活動はなかったんですが、音楽を続けると決めてからは、ストリートでゲリラ的に演奏をやっている同世代の人たちと共演したいと思って、楽器を持って飛び入りするようにしていました。

 そうするうちに路上の仲間の輪が広がるとツテができて、ジャズ系のライヴハウスに仲間と出演したりもするようになっていましたね。

──なかなか順風満帆ですね。

藤枝 いえいえ、スタンダードを中心としたライヴなんかもやったりと、20代の半ばぐらいまでそうした活動を続けてはみたんですが、なにかしっくりこなかった。

 どういう活動が自分に合っているのかと悩みながら、卒業後もジャズ研の部室に出入りできたので、練習をしに行ったりしていたんですが、そこでストリート系のジャズの仲間とは違う出逢いがあったんです。

 ある日、大学の敷地内の屋外で、セロニアス・モンクの「リフレクションズ」をひとりでインプロ風に吹いていたんですけれど、そうしたら人が近づいてきた。

 苦情を言われるのかなと身構えたんですが、「その曲、僕、好きなんだよね」みたいに話しかけられたんです(笑)。

 実は音楽を作っていて、なんて話になって、今度一緒にやろうということになった。それで、その彼がやっているWhy Sheep? 名義のアルバムにテナー・サックスで何曲か参加したのがきっかけで、ジャズのフィールド以外の人たちと一緒に活動することが多くなっていったんです。

♪ 12年ぶりに復活した“グループ”という名義の意味

──今回のアルバムを収録することになったシンスケ・フジエダ・グループは、どういうきっかけで結成されたんですか?

藤枝 今回の『アンフォルメル』を制作する前に、藤枝伸介のソロ名義でリリースをしたのですけど(EP『Gentle Erosion 緩やかな侵食』2020年8月)、そのリリース・ライヴをソロじゃなくてバンドでやろうと思って、声をかけたのがきっかけです。

 実は、2009年の『EVOLUTION』というアルバムは、シンスケ・フジエダ・グループ名義でリリースしているんですけれど、もともとバンド名で作品を作るというイメージがあまりなくて、最近では特に自分の名前でという“こだわり”になっていたのかもしれません。

 なので、今回も収録時に作品として残そうとは思っていたんですが、グループ名を付けることは考えていませんでした。ところが、いざできあがりを俯瞰してみると、藤枝伸介のソロ名義というよりバンド・サウンドであり、そこから広げていけるものだと感じた。

 それで、シンスケ・フジエダ・グループという名前を冠した、ということなんです。

──ソロとしての意識が強いというと、群れたがらないタイプなんでしょうか?

藤枝 そう言われると、そうかもしれませんね(笑)。それについては、自分のなかでいちばんジックリと接しているのがジャズで、そのジャズの世界では“自分の名前で作品を作る”のが基本だと思うんですよね。そのイメージが強くて、バンドで作品を作るという意識が薄かったのかもしれません。

──バンドで臨むことになったアルバムの制作、どのように進められたのでしょう?

藤枝 最初にJIROKICHI(東京・高円寺のライヴハウス)で録音することを決めて、同時に映像も残したいなと思って、計画を進めました。

 当日は、「アートにエールを!」参加作品*でもライヴ・ペインティングをお願いした日下部泰生さんのパフォーマンスを最初から予定していて、その場で生まれた日下部さんの作品をジャケットに使うことも予定していました。

https://cheerforart.jp/detail/4198

──日下部泰生さんとの出逢いも、異色といえば異色ですね。

藤枝 そうですね。僕はサウンド・ファニチャー(Sound Furniture)名義の活動もしているんですけれど、こちらはジャズの方法論をベースにしたアンビエント系のもので、そちらで知り合いました。彼は野外フェスの装飾を担当したりもしていて、なにか機会があれば一緒にやりたいって言っていたんですよ。

「アートにエールを!」参加作品制作風景(写真提供:藤枝伸介)
「アートにエールを!」参加作品制作風景(写真提供:藤枝伸介)

♪ “カタチのない絵画運動”の名を借りたアルバムの誕生

──『アンフォルメル』収録の7曲、JIROKICHIのステージがそのままなんですか?

藤枝 はい。当日の全曲、曲順もそのままで収録しています。選曲は、そもそもこのバンドで活動をしているわけではなかったので、キーとなる「Gentle Erosion」はやろうと思っていましたが、そのほかは当日をイメージしながら、どれもアルバムに収録する前提で選びました。

──タイトルも最初から?

藤枝 そうです。企画を進めていくなかで出逢った言葉なんですが、昨年リリースしたEP版『Gentle Erosion 緩やかな侵食』を聴いた画家の方が、抽象的な絵画みたいだということで“アンフォルメル”という言葉を感想としてSNSに書き込んでくれたんです。

──アンフォルメルは、第二次世界大戦後にフランスを中心に興った抽象画の運動を指す美術用語ですね。もともと“カタチがない”という意味で、非定型の激しい表現がなされた絵画に用いられた、と辞書にありました。

藤枝 それが自分のなかでものすごく腑に落ちた言葉だったので、そのまま使わせてもらいました。

──藤枝さん自身が、ハーモニック・フルート、ホーメイ、バンブー・クラリネット、そしてサックスと、いろいろな楽器を演奏していることも、このアルバムの特徴になっていると感じました。それぞれ曲に合わせてのセレクトなんですか?

藤枝 楽器の選択に関しては、瞬間的な判断ですね。それから、いろいろな楽器を使うのも、ここぞというときのサックスの説得力を高めたいという想いがあるからです。

 なんというか……、将棋で言うと“サックスで王手を指す”みたいな(笑)。

 これまでやってきた自分なりの方法論が、このライヴでも出ていたんだと思います。

──ホーメイが印象的でした。これ、藤枝さんが出しているんですか?

藤枝 はい(笑)。

──いったいどこで、どうやって習得を?

藤枝 サウンド・ファニチャーの初期のライヴで、当時はコンセプトがはっきりとした集団即興的なことをやっていたんですが、そのときに参加してもらったタブラ奏者の人に教えてもらったんです。

 そのライヴ、アンプラグドだったんですけれど、事前に多摩川の橋の下に集まってリハーサル的な、コンセプトに沿った音出しをやってみようということになった。そのときに、その彼が橋の下でホーメイをやって、すごく響く場所だったこともあって、向こう岸の壁から声がスコーンと返ってきたのを目の当たりにして、ビックリしたんですね。

 いったいどこで音が鳴っているのかわからないような感覚に包まれた。それですごく感動して、その場でやり方を教えてもらって練習を重ねてできるようになりました。

──そんなに簡単にできるものなんですか?

藤枝 そうですね、まぁ、2〜3ヵ月ぐらいでなんとかなりましたね。自転車に乗っているときとか、風呂に入っているときとか、そんなちょっとした時間で練習できるので(笑)。

──興味が湧いたということは、自分の活動にマッチした表現方法だと思ったということでしょうか? 例えば童謡歌手や演歌歌手がホーメイを習得しても、あまり活用できないだろうなぁと思ったので……。

藤枝 そのへんは、ジャズ以外の出逢いということが影響していると思っています。

 ジャズだけを演奏しているときには、聴く音楽もやはりジャズにかぎられていて、それもサックスに偏っていた。

 それが、テクノとかアンビエントを演奏するようになって、いま、この日本に生きていて、自分の周りを取り囲んでいる音楽というものがジャズだけじゃなくて、それ以外の音楽にあふれていることのほうがリアリティのあることなんじゃないかということに気づいたんです。

 そんな音楽観の変化が、ホーメイに興味をもつに至る大きな理由のひとつだと思います。

──ホーメイに関係することでもうひとつ、ドローンを使われていますね。ドローンは「曲のなかで変化なく持続される音」で、完全5度が用いられることが知られています。このドローンがホーメイの倍音に関係しているのではないかと思ったのですが、それについてはいかがでしょう?

藤枝 自分のなかでは、ドローンを用いることで“ひとつの重力”というか、音楽のなかに重心が生まれて、それがあったうえでいろいろ自由に動けるのではないかと考えて使っています。

 起点が生まれて、そこから遠くにも行けるし近づくこともできる。ドローンがあることで、発想がより広がっていくというか、1本のラインから枝分かれしていくような、ヴィジュアル的なイメージで音楽を構築できる独特の方法論になっているんじゃないかと思います。

♪ 憧れのパーカー・スタイルを脱して手に入れた“自分”

──チャーリー・パーカーはコードによって音楽に革命的な表現力をもたらしたと思っていますが、ドローンを用いた方法論の展開は、モード・ジャズ的ですよね?

藤枝 そうですね。モードの一種ととらえてもらっていいと思います。

 僕は、チャーリー・パーカーに憧れてサックスを始めたわけですが、活動を続けていくなかで限界を感じたというか、まずチャーリー・パーカーにはなれないし、誰かになろうとすること自体が“誤り”というか、だったら自分ならどういうものを表現するか、につながっていったんだと思います。

──そういう意味でも、『アンフォルメル』は藤枝伸介さんにとって方向性を示した、マイルストーン的な作品なのかなと感じて、今回のインタヴューをお願いしたのですが、ご自身ではどう思ってますか?

藤枝 マイルストーンかどうかはわかりませんが……。

 ジャズに憧れてサックスを始めて、紆余曲折あってジャズ以外のいろいろな音楽にも触れて、そのなかで自分の音楽といえるものを表現できるようになってきたと思うのですが、一連のシンスケ・フジエダ・グループでの活動をとおして、改めて「いま自分がなにを表現したいのか」を考える機会になったとは思います。

 このコロナ禍で、いろいろと広げていた活動についても予定がほとんどなくなってしまい、そうした状況のなかで実現できたシンスケ・フジエダ・グループでの演奏が「自分はやっぱりこういう音楽をやりたかったんだ!」と気づかせてくれた、ということですね。

 自分がなにを表現したいのか、これから先どんな音楽をつづけていくのか、“藤枝伸介の音楽とはなにか”を問われたときに、「ジャズだ!」と思ったというか、言いたいというか。

 自分にとって大切な音楽はジャズなんだと思っていたことが、改めてハッキリした経験になったと思います。

 ただ、そういう想いや僕のサウンドが、いまのジャズ・シーンにどう響くのかは、わからない。それについては今回を起点にいろいろ経験を重ねて、また立ち戻って考えてみたいと思っています。

──今回の『アンフォルメル』を聴いて、フリー・ジャズの次、1970年代のロフト・ジャズと呼ばれたような“時代の匂い”を感じたのですが、そのころの音源は1990年代のクラブシーンでもよく取り上げられていたと記憶しています。そういう部分も藤枝さんはかなり吸収されているのかと思いますが、それに関してはどうお考えですか?

藤枝 自分にとって影響が大きいミュージシャンは、チャーリー・パーカーがやはり最初に来るんですが、その次に大きいと思っているのがファラオ・サンダースなんです。

 サウンド・ファニチャーでもファラオ・サンダースを聴き込んで生まれたサウンド・イメージを再構築したりしていますが、今回の『アンフォルメル』でも影響はかなり大きかったと思っています。

 ただ、いろいろなジャンルの音楽を経験したこともフィードバックされているので、そこで藤枝伸介らしさというか、新しいものになっていると思います。

──『アンフォルメル』をシンスケ・フジエダ・グループというスタイルで生み出すことができたのは、必然でもあり、偶然でもあると、お話をうかがって感じています。この作品はひと区切りとしてひとまず終わるのか、次に発展するものなのかについては、どうお考えですか?

藤枝 シンスケ・フジエダ・グループの活動って、このアルバム制作で終わらずに、継続しているんです。ライヴの予定も入っていますし。それがまた、次の“なにか”につながっていけばいいなとは感じているところです。

 実は、僕はあれもこれもというタイプではなくて、ひとつに没頭して答えが出たところでなにが見えるのか、みたいな感じでずっとやってきたんですね。

 なので、現時点では、シンスケ・フジエダ・グループがある程度の支持を得て、継続していければいいなと考えています。

──では、次回作でどう展開しているかを楽しみにしています。きょうはありがとうございました。

このインタヴューのもようを音声番組にしました。記事と合わせてお楽しみください。

https://note.com/jazzpresentation/n/n1ce6d93d20d5

2021年7月17日のシンスケ・フジエダ・グループによる新宿ピットイン公演(写真提供:藤枝伸介)
2021年7月17日のシンスケ・フジエダ・グループによる新宿ピットイン公演(写真提供:藤枝伸介)

Information

『アンフォルメル』ジャケット写真(写真提供:藤枝伸介)
『アンフォルメル』ジャケット写真(写真提供:藤枝伸介)

『アンフォルメル(Informel)』

Disk1 - 1.Gentle Erosion 2.Informel 3.Parade

Disk2 - 1.Bamboo 2.Fukushima 3.In Forest 4.Nobody Knows

Disk3 - DVD Live & MV Gentle Erosion 緩やかな浸食(完全版)

シンスケ・フジエダ・グループ(SINSUKE FUJIEDA GROUP)

メンバー:藤枝伸介(ソプラノ・サックス、フルート、ハーモニック・フルート、ホーメイ、バンブー・クラリネット)、塚本真一(ピアノ)、竹下文子(ヴァイオリン)、加藤秀(フレットレス・ベース)、松下マサナオ(ドラムス)、あらかり大輔(パーカッション)

LIVE RECORDED ON 22 OCTOBER 2020 AT LIVE MUSIC JIROKICHI