ヨコハマから歌にのせて贈る東北復興へのエール|気仙沼音楽復興支援JazzLive~前田憲男の三つの扉

台風15号が関東に近づいている夜。

横なぐりの雨が降るなか、東日本大震災復興支援と冠されたライヴが開催されていた。

場所は横浜市南部の、JR新杉田駅の前にある杉田劇場。

杉田劇場は、舞台の近さを感じながらも310席のキャパシティをもった、居心地の良さを感じるホールだ。(筆者撮影)
杉田劇場は、舞台の近さを感じながらも310席のキャパシティをもった、居心地の良さを感じるホールだ。(筆者撮影)

いまはもう、駅前再開発による高層ビルにある、ちょっとクラシカルなホールに生まれ変わっているのだけれど、もともとは1946年1月1日にこけら落としを行なった、昭和の興行史を語るときに外すことのできないエピソードをもつ劇場の名を継ぐ場所でもある。

そのエピソードとは、昭和を代表する歌姫、美空ひばりが初舞台を踏んだ場所というものだけれども、今回のイヴェントとは関係しないので、割愛。

♪ なぜヨコハマで“東日本大震災復興支援”のジャズ・コンサート?

暴風雨のなかたどり着いた観客を当夜のポスターが出迎えてくれた。(筆者撮影)
暴風雨のなかたどり着いた観客を当夜のポスターが出迎えてくれた。(筆者撮影)

では、本題に戻ろう。

その杉田劇場で開催されていたのは、「前田憲男の三つの扉」というコンサート。

そこに、“気仙沼音楽復興支援Jazz Live”というサブ・タイトルが冠されていたのだ。

このイヴェントの主催団体のひとつである“復興支援音楽の会”は、横浜の地で歴史を重ねている横濱JAZZプロムナードを彩ってきたミュージシャンや運営を担っていた横浜ジャズ協会の面々が中心となって立ち上げた組織。

「音楽を通して東日本大震災の被災地の子どもたちの音楽環境を整備すること」を掲げ、これまでに横浜での“被災地応援ライヴ”を開催、募金活動を展開するだけでなく、宮城県石巻や仙台で地元小学生が参加するジャズ・オーケストラのイヴェントを主催し続けている。

つまり、震災直後から湧き上がっていた「音楽を通してなにかできないか」という横濱JAZZプロムナードに参加していたミュージシャンたちの想いを届けようとして始まったプロジェクトが継続している、ということなのだ。

いや、客寄せのための付け焼き刃的なサブ・タイトルじゃなかった、ということを言いたかっただけ。

♪ 日本ジャズ界の大御所が開いた3つの扉+α

コンサートは、ベテラン・ジャズ・ピアニストの前田憲男率いる加藤真一(ベース)ミルトン冨田(ドラムス)によるトリオと、3名の女性ヴォーカリストが1人ずつ登場するという趣向。

杉田真理子がシャンソン、叶正子がポップス、キャロル山崎がジャズと、それぞれホームのフィールドを異にする面々を迎えてのプログラムだったのだけれど、前田憲男のフィールドはその3つを横断するだけでなく、1つのフィールドに固執したのでは表わせない“煌めきと色気”をサウンドに盛り込ませていることに気づく。

ちなみに、叶正子が参加するコーラス・グループ“サーカス”は40周年のアニヴァーサリー・イヤー。そのデビュー2枚目のシングルにして大ヒットを記録した「Mr.サマータイム」の編曲を手掛けたのも前田憲男だった。

♪ ジャズは“支援という使命”を全うできるのか?

音楽=聴覚だけではなく物産=味覚でも支援できるようにと、劇場内には気仙沼の特産品を販売するコーナが設けられ、人気を呼んでいた。(筆者撮影)
音楽=聴覚だけではなく物産=味覚でも支援できるようにと、劇場内には気仙沼の特産品を販売するコーナが設けられ、人気を呼んでいた。(筆者撮影)

前年に開催されたイヴェントでは、30万円を超える寄付が集まり、被災地に届けられたそうだ。

それらは、「気仙沼ストリートライブフェスティバル」や、気仙沼で活動するジュニア・ジャズ・オーケストラ“スウィング・ドルフィンズ”の活動のために充てられている。

スウィング・ドルフィンズは横濱JAZZプロムナードに震災前から出場していて、横浜のジャズ・シーンとは浅からぬ縁があった。

一朝一夕では築くことができない関係のなかから、“押し付け”や“自己満足”とは距離を置いた“支援“が続けられていることは、想像に難くない。

娯楽の提供としてのジャズではなく、演奏活動という能動的なポジションでジャズに関わってもらうためのサポートをするという“支援”。

その対象が“ジュニア”であればなおさら、長期的な“覚悟”が必要になるはずだ。

7年目の“支援”もまだまだいろいろ計画されている。

10年後、20年後の“ジュニア”だった人たちのジャズが、日本のシーンにどんなインパクトを与えてくれるのかを夢想させてくれるという楽しみがあることを、このイヴェントが教えてくれたのではないかという想いがわき上がってきたのは、帰りの電車を待つホームでのことだった。

御年83歳の前田憲男が、高校卒業と同時に飛び込んだプロの世界で築き上げた業績をまとめた当夜の“三つの扉”のようなコンサートを開いたように、その“支援”のなかから羽ばたいた才能が数十年後に、今度は日本を元気にする演奏をしてくれる……。