カート・ローゼンウィンケルのBANDIT 65はハイパーなブルースに挑んでいたのだろうか?

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前作の「カイピ」で、原理主義的な意味のジャズからかなり距離を置いてしまったカート・ローゼンウィンケルだったのだけれど、今度はその路線とはまたちょっと違った、彼の本領であるギターを前面に押し出したユニットになったというから、今回の来日のインフォメーションを耳にしたとき、期待値はかなり高まっていたんです。

もちろん、“道の真ん中”を歩いたことがない、いや、歩こうとしない彼のことだから、不安もたっぷりあったことは否定しませんが。

そしてこのバンディット65と名乗るユニット、果たしてギター2本とドラムスという変則的な構成で、不安側の期待値が高くなるなぁ、という状態で臨んだのがこの日のライヴでした。

案の定、メンバーがステージに登場すると、ドラム・セットの前のギンタス・ジャヌソニスが手元で操作するエレクトロニクスから環境音楽を意識させるサウンドが発せられ、「やっぱりジャズの真ん中じゃなかったな…」という感情が湧き上がりながらも、別の情感を揺さぶるような景色が開けていくのでそれに身を任せるというオープニングに…。

そこへカートとティム・モッツアーのギターが、ザクザクと割り込んでくるのですが、その心地よさに、もうジャズの真ん中なんてどうでもいいと思っている自分がいたわけなのです。

そうそう、カートはエレクトリック、ティムはアコースティックというように、ギターの役割分担はあったようです。

それにしても、こうしてカート・ローゼンウィンケルのギターに久しぶりに接してみると、彼のギターの音はやっぱり魅惑的でした。

落ち着いてよく聴いていると、ジャズの王道であるクリーントーンを彼がしっかりとマスターしていることが伝わってくるのですが、彼の目指すサウンドの方向性がジャズの王道とは呼べなかったために、そうではないと感じていたのですね。

そんなことを考えているうちに、曲にはリズムが出てきて、次第に体裁が整っていくのです。

それは、ホログラムのようなイメージが、気がつくと実像を伴って目の前に現れていた、という例え方をすればいいでしょうか。

曲と曲のインターバルにもエレクトロニクスによる音が埋められ、その境界線はさらに曖昧になっていきます。

こうしたステージ進行も、1曲を1曲と考えない聴き方を主張しようという、彼らならではのコンセプションの表われなのでしょう。

3つめくらいのリズムパターン(つまり3曲目)に載せられたメロディーに浸っているうちに、ようやく彼らが“実はブルースをプレイしているのだ”ということに気がつきました。

つまりこれは、誤解を恐れずに言えば、21世紀のエクスペリエンス、そう、ジミ・ヘンドリックスへのオマージュなのではないかと…。

しかしギターには、ホールズワースが乗り移ってるのですが(笑)。

つまり、スペイシーであることを、あくまでもメインではなくサブとして用いることによって、彼らが考えるブルース、つまりジャズの本質に近づこうとするアプローチだったのではないかーー。

そんなことを、このライブで発見したということになるのではないかな、と思ったわけです。