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日本が「債務の罠」と切り捨てた「一帯一路」の真価を見せつけた紅海の危機

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:ロイター/アフロ)

 国際情勢の分析は日本人には荷が重いのか――。

 そう思わせる事態が中東で拡大している。きっかけは、イエメンの親イラン武装組織フーシ派による紅海での商船攻撃の激化だ。

 事態の収拾には中国の存在が不可欠になってきているようだ。

 1月26日と27日の2日間、タイの首都・バンコクでジェイク・サリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)と中国の王毅外相が会談した。そこでは中東情勢が重要なテーマの一つとなったことは想像に難くない。

 会談に先立つ24日、英『フィナンシャル・タイムズ』は米高官の話として、アメリカが「フーシ派による紅海での商船攻撃をやめさせるためにイランが影響力を行使することを求め、中国にイランを説得するよう促した」と報じた。

イランとパキスタンの衝突を素早く仲介

 現状、中国がイランに強く働きかけたという形跡はない。また外交的な目的を達成するために他国にあからさまな働きかけをするのは中国の伝統的手法でもない。

 だが、アメリカが中国にその役割を期待するのは無理からぬところだ。

 例えばイランとパキスタンが急速に危機を高めるなかで、中国は非常に迅速に両国間の関係修復に動いている。

 イランとパキスタンが互いの領土内の反政府武装勢力を攻撃し合った直後から、中国は外交部の馬朝旭副部長とイランのアリ・バゲリ外務次官との電話協議(21日夜)をセットするなど積極的に動いた。また孫衛東副部長を素早くパキスタンにも派遣した。

 1月22日、外交部の定例会見に望んだ汪文斌報道官は「中国は仲介をしているのか」との記者からの質問に、「両国の関係改善のために引き続き積極的、建設的役割を果たす用意がある」と回答。間もなくイランとパキスタンは共同声明を発出。互いに相手国に駐在する大使の職務を再開すること、イランのアミール・アブドラヒアン外相がパキスタンの招待に応じて29日からパキスタンを訪問することが公表された。

 中国が具体的にどんな働きかけを行ったのかは定かではない。しかし、翌23日の定例会見で再びこの問題の進展について訊かれた汪報道官は、「我々は、イラン・パキスタン両国とさらに互恵協力を強化し、地域の平和・安定・発展を共同で維持したい考えだ」と満足げに答えている。

紅海危機は中国が時代を先取りした証明

 中国の中東地域での存在感の高まりは、昨年3月のサウジアラビアとイランの歴史的な歩み寄りによって可視化されたが、その背後で作用したのが「一帯一路」構想であることはあまり知られていない。

 実は、中国が「一帯一路」をうまく機能させようとすれば沿線各国は利益を共有せざるを得なくなり、紛争を「最も避けたい事態」と考えるようになる。

 その「一帯一路」について、最近興味深い論考が発表された。アメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』(1月20日 ウェブ版)の記事で、タイトルは「紅海危機は中国が時代を先取りしていたことを証明した」だ。

 記事のリードには〈「一帯一路」構想は邪悪な陰謀ではなかった。それは、不確実性と混乱の時代にすべての国が必要としているものの青写真だった〉とある。

 タイトルとリードを読めば記事のおおよそは理解できるだろうが、要するに『フォーリン・ポリシー』は、米英がイエメンへの攻撃をエスカレートさせ、多くの船舶が航路の変更を余儀なくされるなか、陸路の需要が高まったのと同時に、世界の公共の利益のために有意義な集団行動をとる必要が生じた、と説く。「一帯一路」はそうした問題を解く一つの答えだと論じている。

「債務の罠」としか説明できない日本

 同誌は、機能的な観点から「一帯一路」を〈すべての国が自国の国益のためにすべきこと、すなわち、予期せぬ混乱に対するヘッジとしてだけでなく、自国の連結性と影響力を高めるためにも、供給が需要を満たすための経路をできるだけ多く構築することを表している〉と評価する。

 昨年10月、中国が一帯一路構想(BRI)発足10周年を記念して、130カ国以上の首脳や代表を北京に招集した際、「債務の罠だ」、「財政的に破綻している」と解説した日本専門家には何とも耳の痛い話だ。

〈2021年、スエズ運河で巨大なコンテナ船「エバーギブン」が座礁し、COVID‐19の低迷の中で世界が貿易を復活させようとしていたときに、ヨーロッパとアジアの間の貿易が凍結されたことで、このようなヘッジの必要性が明らかになった〉(同誌)

 海上輸送に大きく依存する日本が「一帯一路」に救われる日も来るのだろうか。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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