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習近平政権を救うのは婚活? 不動産市場の低迷と少子化を一気に解決するカギ

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:ロイター/アフロ)

 中国の国家統計局は17日、去年1年間のGDP(国内総生産)の伸び率が前の年と比べてプラス5・2%となったと発表した。これに先立つスイスの世界経済フォーラム(ダボス会議)年次総会では李強首相が目標達成をフライングで発表し話題を呼んだが、中国経済の先行きを楽観する報道にはつながらなかったようだ。

 NHKは「中国 去年のGDP伸び率 +5・2% 目標達成も景気回復力強さ欠く」というタイトルで報じたが、これは現地で見聞きした感覚と符合する。

 確かに中国メディアが主張するように世界経済の成長率予測が3%程度である点や、中国経済の世界経済成長への寄与率がなお30%を超えると予測される点を考慮すれば、+5・2%は上出来だ。だが西側メディアが横並びで「景気回復の力強さを欠く」とする指摘も正鵠を得ている。

 年明けから訪れた北京や地方の都市には活気はあった。しかし全体として何かうっすらと雲がかかったような落ち込みも漂い、分かりにくい雰囲気だった。

引き渡されたマンションは欠陥品

 例えば、高級レストランは閑散としていても、その下のランクの店はどこも満員であったり、観光地や繁華街は人であふれていても消費額は湿っているといったことだ。財布の紐が堅くなっているという話は尽きない。

 実際、昨年12月の小売売上高は対前年比で7・4%の増加となったが、前月の10・1%からは鈍化している。

 人々のマインドを冷やしているのは言うまでもなく不動産市場の低迷だ。かつてはGDPの25%を占め中国経済を引っ張ってきた。政府もさまざまな対策を打ち出しているが、反応は鈍い。昨年12月の新築住宅販売価格は「2015年以来、最も大幅な下落率」(シンガポール「CNA」)となった。

「購入した不動産が塩漬けになっている限り消費マインドが回復することはない」

 と不満を語るのは北京の企業経営者A氏だ。A氏も瀋陽市で購入したマンションが塩漬けになっている。購入当初は別のデベロッパーだったが、途中で恒大グループに飲み込まれ、そのまま債務問題に巻き込まれたという。

「引き渡しが遅れたことへの補償金が半年は支払われたのですが、その後はストップしました。それから2年後に、地方政府の仕切りでやっと別の開発会社が工事を引き継ぎマンションは完成しました。しかし、マンションはできたものの周りの開発までは手が回らなかったようで、荒涼とした場所にぽつんと立つマンションを引き渡された。生活するには厳しい環境で途方に暮れています」

動いているエレベータは4基のうち一つ

 福建省でマンションにお金を投じた別の女性経営者も、同じような体験を語る。

「政府の保護制度でマンションはでき、工期より大幅に遅れて引き渡されました。しかし、建物に4つ設置されるはずのエレベータは1基しか稼働しておらず、室内の電源の環境も悪く、しょっちゅうショートします。これでは生活するのは難しいでしょうね」

 こうした例が全国で相次いでいる。

 中国共産党の方向性は当初から一貫していて、要するに「購入者は守るが開発業者は守らない」というものだ。しかし購入者保護を目指した「保交楼」政策の実態は、当初期待したような内容ではなく、消費者の手に届いた物件はどれも資産価値が大きく目減りし、後味の悪い救済となっているのだ。

 恒大グループや碧佳園のデフォルトを伝える日本のテレビが工事の止まった「鬼城」を映すのは正確ではないが、資産の棄損もある程度起きているということだ。

マンション価格が2倍になるのに慣れた人々

 ただ忘れてはならないのは、こうした不満を口にする人々に、「ところでマンションはいくつ持っていますか?」と尋ねると、みな当たり前のように「3つだ」、「4つだ」と答える点だ。

 彼らは不完全な物件を受け取っても「明日から住む場所に困る」わけではない。

 中国は日本とは違い銀行の借り入れのハードルが高く、かつての日本のバブル崩壊のように「地価の崩壊で大きな借金だけが残った」といった悲劇が広がるわけではない。企業のバランスシートを直撃して社会全体を委縮させるといった連鎖も現状では見られない。

 影響を受けるシャドーバンキングも、主には金持ちの余剰資金の運用だ。

 そもそも「中国経済が悪い」と嘆く人々の多くは、「放っておけばマンションが2倍、3倍になる」ことに慣れた人々だ。その再現を習近平政権に期待するのも筋違いだろう。

 世界経済が低迷した上、「国際情勢の変化や地政学上の対立など、中国が直面する外的環境はより複雑かつ不確か」(国家統計局康義局長)だったなか、5・2%の成長率を評価するか否かはさておき、中国共産党は不動産を複数持つ人々のために経済政策を決めているわけではないのだ。

息子二人のためのマンションは6億

 今後の中国経済は、短期的には「複雑な外部環境と十分でない内需からくるリスク」(前出・康局長)が付きまとう。長期的には少子化の問題も重くのしかかる。

 そうしたなかで不動産市場が回復するためには都市化率を引き上げてゆくことと同時に結婚の奨励がカギになると考えられている。とくに結婚は重要だ。

 中国には結婚前に男性が女性のために新居を用意する必要があり、その風習が頑固に根付いている。そして実際に不動産を購入するのは新郎自身ではなくその親たちだ。これが大きな不動産需要を支えている。

 元官僚の男性は、「うちは息子が二人もいるから、適齢期になったときの支出を考えると夜も眠れなくなる」とこう嘆く。

「北京でマンションを購入するとなれば、今の相場なら3000万元(6億円)くらい必要かもしれない。そう考えると、多少景気が冷え込んだとしても、不動産価格が下がったほうがありがたい」

 農村から都市へと向かう流れが停滞気味ななか、結婚の奨励こそ少子化と不動産問題を解決する特効薬となるはずだ。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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