Yahoo!ニュース

「一帯一路」のイタリア離脱よりも中国が警戒する欧州の問題

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:ロイター/アフロ)

 イタリアが「一帯一路」から離脱した。

 ジョルジャ・メローニ首相が誕生して以降ささやかれてきたことで、イタリアにとって恩恵は少なく中国との貿易にもほとんど影響はないとなれば驚きもないが、先進7カ国(G7)で唯一参加していたイタリアが抜ければ、中国の体面は少なからず傷つく。

 ただ中国が本当に気にしているのは、離脱そのものではない。その前提となった強硬右派「イタリアの同胞」を率いるメローニ政権を誕生させた大衆の怒りだ。根底にあるのはアフリカ・中東地域から大量に流入する難民への恐れだ。苛立つ国民に、「反移民」を掲げて支持を伸ばす右派政党は、メローニ政権だけではない。同じ空気はいまヨーロッパ全体を覆っている。

 象徴的なのは11月22日、オランダの下院議員選挙だ。「泡沫」との下馬評を覆し極右政党・自由党が予想外の勝利を収めた。

 同党を率いるヘルト・ウィルダース党首は、「ヨーロッパで最も有名な極右のリーダー」(英BBC)とされる人物だ。かつて「オランダにいるモロッコ人の数を減らすべきだ」と発言し、特定の民族に対する憎悪を扇動したとして2016年に有罪判決を受けた。

反移民は反EU

 本来ならば政治の傍流にいるべき人物として、イギリス公共放送BBCは、ウィルダースの勝利を「過激な極右主義のポピュリストが一躍主役に躍り出た」と表現した。

 オランダで起きた変化に、各国の右派政党も敏感に反応している。

 フランスの極右政党「国民連合」を率いるマリーヌ・ル・ペン党首は、「自由党の勝利を歓迎する」との声明を出し、続けて「移民の管理を我々の手に取り戻すことを期待する」とエールを送った。ルペンは昨年、フランス大統領選挙の決選投票で40%の得票率を獲得して欧州連合(EU)をざわつかせた。

 反移民で通じるハンガリーの右翼政権を率いるオルバン・ヴィクトル首相も素早く歓迎のコメントを発した。

 ドイツでも反移民を訴える極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が世論調査で支持を伸ばしたと報じられて(ロイター 2023年6月10日)いる。

 彼らに共通するのは「反移民」であるのと同時に「反EU」である点だ。自国ファーストでウクライナ支援にも否定的だ。

 極右政党が欧州で躍進した理由は、難民・移民の増加だけではない。「長年にわたるリベラルな移民政策を巡る、都市部の親EU派政治エリートに対する怒り」(ロイター 2017年5月19日〈焦点:オランダのパラドックス、豊かな国で極右政党優勢の理由〉)が具現化したという指摘もある。

シリア難民に続くウクライナ難民

 換言すれば「きれいごと」への忌避だ。西側民主主義の価値観に突き付けられた拒絶とも言い換えられよう。

 難民は主にアフリカ・中東からだが、「急増」の引き金となったのはシリア内戦だ。2015年前後には100万人を超える難民が欧州に押し寄せたとされ、これが有権者の意識を変えたという。EUへのプレッシャーが高まるなか、さらに追い打ちをかけたのがロシアによるウクライナ侵攻だ。ウクライナから流入する難民の負担に加え、経済制裁でロシアからの天然ガスが途切れ、エネルギーの高騰を招いたことが人々の暮らしを圧迫した。

 欧州においては、そもそも「難民の武器化」という問題もあり、人々を悩ませてきた。

 ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領は、EUにプレッシャーを与える目的で難民に自国を素通りさせ、ポーランド国境へと向かわせた。ポーランドも流入に抵抗したため、大量の難民が零下の国境で足止めされる事態に陥った。

 11月にはロシアとフィンランドの国境で同様の問題が持ち上がった。フィンランド政府はロシアが意図的に難民を集めて送り込んでいると非難した。

 こうした事件がいまEUの存在やあり方を大きく揺さぶっている。人権を高く掲げながら現実への対応に苦慮する姿は、政治の不安定化を予感させる。

ルワンダ移送は違法

 実際、政治対立のなかで難民が武器として使われる現象は、アメリカでも顕著だ。民主党と共和党の対立が激化するなか、テキサス州のグレッグ・アボット知事は、2020年4月から移民に寛容な政策をとる民主党の基盤、ニューヨークに移民を送り込むという「攻撃」を続け、9月中旬には南部フロリダ州のロン・デサンティス知事(共和党)も、やはりリベラル色の強い東部マサチューセッツ州に飛行機で移民を送りつけた。

 移民を使った攻勢に、ついにニューヨーク市民も「反移民」の声を上げ始めた。

 現実への対応に苦慮するという意味では、イギリスのケースは典型的だ。増え続ける難民に困ったスナク政権はルワンダに移送する計画を進めたのだが、これにイギリスの最高裁判所が待ったをかけたのだ。

「違法」との判断を突き付けられたイギリス政府は、それでも移送の協定をルワンダ政府との間で締結し、進めている。理想と現実の板挟みになるケースだが、こうした問題を放置し続ければ、最後には欧州の有権者も「反移民」を掲げる右翼政党に流れることは火を見るより明らかで、政界も待ったなしの状況だ。

 右派政党の躍進は必ずしも欧州各国の対中政策の変更を意味するものではない。判断も政党によりまちまちだ。ただ排外的になった政権は、概して経済的利益よりも政治的な立場を優先して対外政策を行う。それこそ中国が恐れている欧州の変化なのだ。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

富坂聰の最近の記事