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中国が米中首脳会談に仕込んだ二つの思惑

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:ロイター/アフロ)

 中米には二つの選択肢がある――。

 11月15日、サンフランシスコ郊外の「ファイロリ」で首脳会談に臨んだ中国の習近平国家主席は、アメリカのジョー・バイデン大統領を前にこう切り出した。

 バイデン政権が発足して二回目となる対面での首脳会談とあってメディアの注目度も高かった。

 二つの選択肢とは何なのか。

 一つは「団結と協力を強化し、手を取り合ってグローバルな挑戦に対応し、世界の安全保障と繁栄を促すこと」、もう一つは「ゼロサム思考を受け入れて陣営の対立をあおり、世界を混乱と分裂に向かわせること」だ。

 要するに「世界の安定をより真剣に考えているのは米中どちらか」という問いを突き付けたのだ。

 10年前であれば歯牙にもひっかけられなかった理屈だろう。だが、現在は状況が違う。新興・発展途上国を中心に、中国は手応えを感じ始めている。

 事実、半導体技術を制限しサプライチェーンに影響を与えるアメリカの対中攻勢は、既存のサプライチェーンに少なからぬ変更を強いてきた。これは見方によっては「世界を混乱と分裂に向かわせる」行為だ。

 米中関係を「対立か発展か」に、巧妙にすり替えた中国の戦略だが、より強く意識していたのはグローバルサウスだ。

 習は、「相手を変えようとするのは非現実的で、衝突と対抗がもたらす結果には誰も耐えられない」と苦言を呈すことも忘れなかった。

 西側的民主主義の眼鏡にかなわなければ制裁を発動する「米国式」に警戒感を抱く新興・発展途上国は少なくない。中国の狙いは彼らの代弁者として振舞うことで、習政権には自信もあった。

 背景には中東などで「中国式」の外交が成果を生んできたことがある。

サウジとイランの仲介で自信

 象徴的なのは今年3月、サウジアラビアとイランが中国の仲介で関係を正常化させたことだ。また10月にはイスラム武装組織ハマスによるイスラエルへの越境テロも起きた。イスラエルが報復としてガザ地区への過剰ともとれる凄まじい爆撃を開始すると、イスラエルを支持するアメリカにも逆風が吹いた。

 中国の中東での影響力をけん制しようとアメリカが進めてきたイスラエルとサウジアラビアの関係修復も、一瞬で水泡に帰した。

 ガザの病院から犠牲になった民間人の映像が連日のように伝えられたことで国際世論の風向きも変わり、「対立よりも発展」を掲げ、「米国式」と対比させる「中国式」への評価が高まったのだ。

 米中首脳会談のタイミングで中国が「選択」を迫ったのは、対立よりも発展を重視することの有効性を感じたからだ。

 しかし動機はそれだけではない。そもそも中国は首脳会談でアメリカとの関係がすぐに好転するとは考えていなかった。だからこそ別の仕掛けが必要だった。

 バイデン政権の問題ではない。コロナ禍を経てアメリカでは嫌中感情が蔓延し、改善が見込める雰囲気ではなかった。今年2月のギャラップ社の調査では、中国を否定的に見る国民が84%にも上ったという。

 たとえバイデンと習近平が笑顔で握手し、一時的に友好ムードが演出されたとしても、長続きはしないと予測された。

独裁者には力の行使が一番有効

 実際、中国は1年前、バリ島での首脳会談を終え、アメリカの変化を期待した。バイデンから「新たな冷戦の必要はない」、「(アメリカの)台湾政策は全く変わっていない」、「中国との対立を望んでいない」との言質もとっていたからだ。

 しかしバイデン政権の対中攻勢はその後も弱まることはなく、中国はそんなアメリカを「言行不一致」と非難し続けた。

 今回の会談でもバイデンは、「中国の体制を尊重し、中国の体制変換を求めず、『新冷戦』を求めず、対中国のための同盟関係の強化を図らず、『台湾独立』を支持せず、『二つの中国』『一つの中国、一つの台湾』も支持しない」と繰り返した。また「中国と衝突を起こす意図もなければ、『デカップリング』を図る意図もない。中国の経済発展の妨害も、中国を封じ込める意図もない」と説明した。

 しかし中国はいまもそれが実行されるか否かについては懐疑的だ。来年には大統領選挙も控えている。ただでさえ中国がターゲットになる時期を迎えるのだ。

 議会の中国嫌悪はさらに顕著だ。

 11月16日、米テレビPBSの『ニュースアワー』に出演した共和党のマイク・ギャラガー議員(中国特別委員会委員長)は、米中首脳会談について問われると、「習近平氏のような独裁者には力の行使が一番有効だ」と断じた上で、

「相手(中国)が西側と価値観を共有しているなどという幻想は捨てるべきだ。米中に共通の利益があるかのような幻想も捨てるべきだ」と締めくくった。

企業家との関係を重視

 米議会は今秋、下院議長の選出を巡って混乱したが、そのなかで民主・共和両党の対立だけでなく、共和党内部の亀裂も露呈させた。党や議会の団結を懸念した議員らが次々とメディアに登場し発言するなか、常に引き合いに出されたのが中国だった。彼らは「中国を抑え込むために団結を」と呼びかけたのだ。

 中国にしてみれば絶望的な気分だろう。それでも習政権が首脳会談に応じたのは、たとえセレモニーであったとしても二大国のトップが笑顔で握手をすれば、世界には「安定」のメッセージが送れるからだ。

 前述したように中国はグローバルサウスの目も意識していた。さらに中国は、それと同じくらい重視したのがビジネス界に向けての発信だった。

 カリフォルニアでの習は、米中首脳会談後に米企業経営者らとの夕食会に臨んだ。そこでのスピーチが熱を帯びた内容だったと話題をさらったが、企業トップ側も習を好意的に迎えた。ロイター通信は「(習が)三回も総立ちで拍手喝采を浴びた」と伝えている。

 企業家はグローバルサウスと同じく中国との相性が良い。

 つまり中国のもう一つの狙いは、企業家たちが安心して中国に投資ができるビジネス環境の整備であり、そのアピールのためにも米中トップが笑顔で握手する姿が必要だったというわけだ。

 たとえバイデン政権が首脳会談で語ったことを実行に移さなくても、それなりの収穫はあったということだ。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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