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米中対立のなか、ASEANはますますアメリカの思惑から離れ、東アジアの安定剤となり始めた

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官と中国の王毅中国共産党中央政治局委員がインドネシアで再び会談した。

 ジャカルタではASEAN(東南アジア諸国連合)加盟国と関係国計18カ国が参加するEAS(東アジアサミット)とARF(ASEAN地域フォーラム)の外相会議が行われ、アメリカ、中国、ロシアの外相が顔をそろえた。対立する大国間の動きには世界の注目が集まった。

 会議ではブリンケンが、「われわれはインド太平洋地域が自由で開かれ、繁栄し、安全で相互につながり、強靭であるというビジョンを共有している。それは各国が自らの方向性を決め、パートナー国を選ぶ自由があるという意味で、問題もオープンに対応されなければならない。脅迫によって決められてはならない」と中国をけん制した。対する王毅は、「東アジアの未来にはチャンスと課題が併存している。ASEAN+3は地域の主要な経済体として協力を強め、ともに挑戦に対峙すべきだ」と地域の協力の必要性を呼び掛けた。

迫力を欠くブリンケンの中国批判

 ブリンケンの発言からは巷間伝えられるような「米中雪解け」を予感させるような内容は見当たらない。だが、それでも中国批判のトーンは確実にダウンしたとの印象を会議は与えていた。

 事実、シンガポールのビビアン・バラクリシュナン外相は、会議の雰囲気を「刺々しいというより建設的だった」と総括。メディアのインタビューにもこう答えている。

「(大国間には)確かに意見の相違があり、違いは決して小さくなかった。(中略)それでも、少なくともどの国もみな不必要な、或いは余計な議論や争いを避けようとしていることは伝わってきたと思う。それこそが大事なことだ。私はそれが確認できたことで、少しほっとしている」

 ASEANの主催する会議での変化を受けて、メディアの報道も大きく変わったようである。

 会議を伝えたシンガポールCNA(7月14日)は冒頭でキャスターが、議長国・インドネシアのルトノ・マルスディ外相の示した強い懸念を、「インド太平洋は戦場ではない。地域は安定していなければならない」という発言とともに紹介した。

ASEANを戦場にしてはならない

 ルトノは別の機会にも「インド・太平洋は冷戦の兆候を示しているという者もいるが、この地域を新たな戦場にしてはならない」と繰り返し釘をさした。

 ASEANが域内に米中対立を持ち込むことや両国のどちらかを選ばせるような動きを警戒していることは、以前からよく知られてきた。この姿勢はいよいよ固まってきたことを感じさせる会議となった。

 同じインドネシアのジョコ・ウィドド大統領も、「みなさんがASEAN外相会議と拡大外相会議に出席したのは、地域や世界の問題に対する解決を求めているからで、間違っても問題を悪化させるためではないはずです」と呼び掛け、対立を激化させる動きへの嫌悪を隠さなかった。

 ジョコは会議の最終日にも、「ASEANは競争の場であってはならないし、またどこか一つの国の代理であってもならない。国際法が確実に遵守されなければならない」とあらためて強調した。

 これは米中対立でASEANが中国に接近したという意味ではない。アメリカが強調する価値観での紐帯よりも、対立に巻き込まれることへの警戒が露骨ににじんだ結果とみるべきだろう。

 ただASEANのこうした選択は結果的に中国を利することになった。

華人・華僑ネットワークが中台対立を制御

 すでによく知られるようにASEANは中国にとって最大の貿易相手である。経済関係が強まっているだけでなく、関係も良好だ。ASEAN加盟国内を対象とした各種世論調査でも中国の印象はおおむね良好だ。

 中国とASEANの間の懸案である南シナ海の領有権問題でも、新型コロナウイルス感染症のパンデミックで停滞していた「南シナ海行動規範」をめぐる議論でも進展があったと報じられた。

 興味深いのは中国がASEANの進める東南アジア非核兵器地帯条約(1997年)に積極的に応じようとしていることだ。中国にはAUKUS(アメリカ、イギリス、オーストラリア)が進めるオーストラリアの原子力潜水艦保有を撤回させる裏の意図があるとも解説されるが、中国がこれに賛意を示したのはずっと以前からのことだ。むしろASEANが進める安全保障との相性の良さを示すエピソードと考えるべきだ。

 それ以外にも中国がASEANと関係を深めるメリットは多い。例えば華人・華僑の働きだ。

 ASEANの域内経済には各国の華人・華僑が大きな影響力を持っているが、そのネットワークと強いつながりを持つのが台湾だ。つまりASEANの華人・華僑が大国間の対立の激化を嫌えば、その彼らの思いが台湾に対するプレッシャーともなり、中台の対立激化の一つの安定剤として機能することも期待できるのだ。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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