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台湾への大規模な武力行使は現実的か 中国が20大で示した軟化

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:ロイター/アフロ)

 中国共産党第20回全国代表大会(以下、20大もしくは党大会)が閉幕し、新指導部の顔ぶれも出そろった。このタイミングであらためて習近平党中央総書記が行った政治報告(報告)について振り返ってみたい。

 時間にして約1時間45分の報告は、例年に比べて短かった。しかし内容は膨大で、速報メディアには手に余ったはずだ。結果、クローズアップされたのは台湾問題だった。焦点は、武力行使の有無。平和統一を掲げつつも、「武力行使の放棄を決して確約するものではなく、一切の必要な措置を取る選択肢を留保する」という習近平の発言を受け、非平和的手段の意思ととらえ、台湾統一を3期目の「野心」と結び付けた。

 だが、この数日、私が北京と連絡して得た感想は、それとは大きく異なるものだった。大方の意見は、むしろ「軟化している」だ。

 党大会前、ナンシー・ペロシ米下院議長の台湾への強行訪問やアメリカの現職議員の相次ぐ訪台や米政府による兵器の売却など、台湾海峡の緊張が高まっていた。そんななか中国がどんな報告を出すか、世界は注目していた。そうとう厳しい内容であっても不思議ではなかったが、報告の文言は新味を欠き、迫力不足であった。

 確かに、報告には「武力行使の放棄を決して確約しない」との文言はある。だが、これは武力行使に法律的根拠を与えた2005年の反国家分裂法の記述のそのままだ。耳にタコができるほど繰り返されてきた表現だ。

 しかも、同法の武力行使の留保には前提が定められている。具体的には「台湾の中国からの分離をもたらしかねない重大な事変が発生し、または平和統一の可能性が完全に失われたとき」だ。つまり、そもそもかなりハードルの高い話なのだ。

武力行使のターゲット

 習近平は報告で、台湾統一の原則を「最大の誠意をもち、最大の努力を払って、平和統一を実現する」と述べているが、これも同法に記されたままだ。

 中国共産党(共産党)が台湾問題に臨む姿勢に変化が確認できるのは、比較的新しいものでは、2019年1月の「『台湾同胞に告げる書』発表40周年記念での習総書記重要談話」(談話)と、同年11月、6中全会(中国共産党第19期中央委員会第6回全体会議)で打ち出された「党の百年奮闘の重大な成果と歴史的経験に関する中共中央の決議」(歴史決議)のなかの「新しい時代における党の台湾問題解決のための全体方略」(方略)である。

 その「談話」と「方略」で使われた表現で今回の報告にも反映されているのが、「武力を放棄しない」の次に、その攻撃のターゲットを記している部分だ。

 具体的な標的は、「外部勢力とごく少数の『台独』分裂分子及び分裂活動」である。しかも、その前には、「間違っても台湾同胞ではない」とも記している。

 習近平はいくつかの場面で「中国人は中国人と戦わない」とも述べているので、最初に「外部勢力」と書かれていることとも一致する。また「台独」分裂分子と中国が名指しするのは、公には10人で、その関係者を含めても大した人数ではない。

 これが台湾へ向けた大規模な上陸作戦の予告と解釈できるのか、と問われれば、大いに疑問だ。

アメリカとの緊張は高まる可能性

 中国が台湾と戦って勝つことは難しくはないかもしれない。しかし、その後人口2000万人の憎しみを抱え抵抗する人々を統治することを考えれば、現実的な選択ではない。

 台湾に大規模な軍事力を展開させるくらいならば、むしろ「談話」の記述通り、「外部勢力」との間に緊張を高める選択の方が、より可能性は高い。つまり、対アメリカだ。

 実例もある。2020年、トランプ政権下で統合参謀本部議長を務めたマーク・ミリーは、臨戦態勢に入った中国人民解放軍の動きに慌て、李作成連合参謀部参謀長に直接電話をかけ緊張を和らげたと証言している。驚くべき舞台裏だ。それも二回。これが台湾にからむ動きであったことは疑いようがない。つまり今後起きる事態で、最もイメージできるシナリオだ。

 中国人民解放軍(以下、解放軍)が、米軍に攻撃を仕掛けるという話ではない。中国がアメリカの本気度を試すような行動に出て、その損得をきちんと精査させるための緊張のエスカレートだ。

 中国が台湾に対し行動を起こすか。目下、その変数は蔡英文の出方であり、蔡政権の選択はアメリカの態度によって大きく変わるのであれば、直接アメリカと向き合うという選択はある意味で合理的だ。

台湾自身の変化への期待

 中国のターゲットが台湾ではなくアメリカということは、中国が台湾自身の変化にも期待している点からも見ることができる。

 前述したペロシ訪台後、中国は台湾に経済制裁を発動したが、その中身は「派手な割には実害の少ない」ものだった。国内向けに点数は多かったが、金額的にはわずか0・6%のダメージだった。

 習近平指導部が期待しているのは、台湾の人々のバランス感覚だ。

 事実、ペロシ訪台の前と後では、蔡政権への支持率が低下したとの調査もある。そこからは愚かな争いへの忌避や、西側先進国からの政治家を迎えるたびに、何らかの大きな支出がせまられるという現実にうんざりしたことも透けて見えるのだ。

 シンガポールのテレビ局(CNA)は、今回の20大の報告にからむ台湾問題で、台湾の若者が蔡政権が徴兵期間の延長を言い出したことに反発し「支持を失っている」とも報じている。

 習指導部が「いつまでも民進党政権ではない」と考えても不思議ではない環境はそこにあるのだ。

 台湾の『中時電子報』などのメディアは、日本のメディアが伝えない、台湾に触れた報告をより細かく伝えている。「我々は最大の誠意をもって、最大の努力を尽くすことを堅持し、平和的統一という未来を目指していく」という過去に使われた言葉に加え、「我々はずっと台湾同胞を尊重し、関心と愛情を注ぎ、幸福をもたらすことに努め、今後も引き続き海峡両岸の経済文化交流を促進することに尽力する」という新たな言葉が並ぶ。

 報告が軟化ととらえる所以だ。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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