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転んでもただでは起きない中国の動的ゼロコロナ対策

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:ロイター/アフロ)

 ロックダウン中の上海でこんなジョークが流行っていた。

 3000人規模の団地で別の棟に住む兄弟がいて、二人の周りでPCR検査の陽性反応者が最悪のタイミングで出続け、自宅待機が英調査れ続けた場合、兄弟が次に会うことができるの、なんと57年後――。

 その上海は6月1日から通常運転へと舵を切った。封鎖を乗り切った友人に連絡すると、「元気ですよ。健康なのに充電し過ぎて、家族全員バッテリーはパンパンです」と軽口をたたいた。いつも思うことだが、日本に伝わらないのはこうした中国人の明るさである。

 ロックダウンに痛みがともない、多少の混乱も仕方がない。

 だが、日本のメディアが伝えるように痛みへの不満がそのまま習近平政権へと向かうというのは大げさだし、生産の停止が中国経済方に直結するわけもない。

 むしろロックダウンというストレスがかえってイノベーションや新たなビジネスに結びつくケース――中国に限らず――起きているのだ。ここでは少しそうした視点から2カ月余の中国の感染対策を見てみたい。

放置したら死者155万人

 現在、世界には新型コロナウイルス感染症(コロナ)への対策はめぐり二つの潮流がある。1つは中国の進める動的ゼロコロナ(感染者ゼロという意味ではない)で、対して欧米ではウィズコロナが主流――といっても欧州の多くの国はロックダウンもやったのだが――だ。両者の違を人体に例えれば、後者が慢性的な痛みを「耐えられないものではない」と受け入れて日々を普通に過ごすのに対し、前者は手術とリハビリで一定期間を治療にあて、治ったら日常にもどるという発想だ。

 本来、どちらが正しいという話ではなく、どちらが国情に適しているかが重要な視点だ。適不適の基準は、各国の医療体制と経済へのダメージを総合的に考えるしかない。

 その点、医療体制に不安を抱える中国は、資源の乏しい農村に感染を拡大させないことを何より優先させなければならず、動的ゼロコロナがマストとなる。実際、復旦大学公衆衛生学院教授の余宏傑氏のチームが行った最新シミュレーションによれば、政府がもしオミクロン株を「放置」した場合、中国全土で延べ267万人がコロナに感染し、ICU(集中治療室)がパンクし、155万人が死亡すると予測されたのだ。

 つまり、習近平国家主席が「ゼロコロナにこだわるか、否か」という議論の前に、そもそも現状では中国にとって動的ゼロコロナは一択なのである。

 気になるのは経済への影響だが、それについて今後の回復具合が重要で、現段階で判断するには時期尚早といわざるを得ない。

ドローン輸送で人手と時間を大幅に節約

 ただ注目すべきは感染拡大のなかにあっても中国のイノベーションは各所で起き続けていたということだ。とくに感染対策から予防、検査体制まで幅広い範囲で技術の進歩が確認されている。なかでも非接触型の産業の伸びは目覚ましい。

 そうした動きを少し具体的に見てゆきたいのだが、まずは検査にかかわる変化だ。

 現在、中国のPCR検査の能力は1日当たり5700万件に達したとされるが、地方によっては検査期間短縮のためのドローン輸送も実用されている。江蘇省杭州市余杭区は、ドローンを利用したPCR検体輸送ラインを3本開設、1日約10万人分のPCR検体を空輸しているのだ。片道の飛行時間はわずか6分で、従来の地上輸送と比べて約3分の1の時間短縮になったという。

 また南京市ではPCR検査所を3Dプリントで造る試みも行われ、実際に同市溧水区で正式に使用が開始された。

 思い返せば最初に感染爆発が起きたとき、ひたらすマンパワーに頼るしかなかったPCR検査は、年末に一部で完全自動化が実現した。医療現場では働く人々への食事の提供のために、自動で鍋を提供するシステムが開発された。その技術はいま高齢化社会に向けた高齢者レストランに活かされている。

無人の安全検査ゲート

 こうした進行形の変化は上海ロックダウンの裏側でも起きていた。

 例えば広東省では、東莞市を中心に無人トラックが大都市間を24時間往復し続けた。生活必需品を運ぶトラック運転手は、基本的に移動中ずっと車から降りられない。テレビのニュースでは、彼らの使用後の携帯用トイレを窓からボランティアが受け取り、食事や水が提供される様子が報じられてきたが、時間の経過にともない、運転手が「無人」になる流が広がっているのだ。

 また北京の新空港、大興空港のセキュリティーゲートでは、機械化による非接触の進化が目覚ましい。

 搭乗予定者は、身分証を提示して地下鉄の改札のようなゲートをくぐるだけで安全検査を済ますことができるのだ。基本的な個人情報に加え、健康状態や凶器、爆発物の所持など30項目をわずか5秒でチェックする機能だという。しかも、その精度は衣服に噴射した少量のエタノールや目に見えないほどの火薬にさえ反応するという。

 これにより一つのゲート当たり3人から5人が配置されていた人員を減らし、非接触にも大きく貢献するという。

 ロックダウンで停滞を余儀なくされた中国だが、感染への耐性も確実に進んでいるのだ。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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