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コロナも治る矯正下着と「海外ビジネス要員」 中国がネットの「掃除」を呼びかける理由

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:ロイター/アフロ)

 もし中国のネット世界の奔放さを知らなければ、「当局が規制」と聞けばインスタントに想像するのは、「委縮する、可哀そうなネットユーザー」だろう。これは日本の事情をそのまま中国に当てはめることで生じる誤認だ。日中間の摩擦や不信の多くは、たいていこんなパーセプションギャップに起因する。

 新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)が猛威を振るった2020年春、中国のネットは瞬く間に怪しい感染防止や予防法の情報があふれ返った。感染対策を巡る「公式情報」なるデマも無数に飛び交い、治療や予防に絡む詐欺も横行した。

 これに対し当局は厳しい取り締まりを行い騒ぎはある程度収まった。だが今年3月、上海で新型コロナの感染拡大が始まると、性懲りもなく同様の偽情報や詐欺がネット空間を埋め尽したのには驚かされた。

 ネットに絡んだ犯罪は2016年の時点ですでに犯罪全体の3分の1に達していたというから、現在はさらに大きな割合となっているはずだ。犯罪は貧困と親和性があり厳しい取り締まりや厳罰だけで対処はできない。

 多種多様な犯罪があふれるネット空間で、当局は地道な取り締まりを続けているが、手を焼いているとの印象は否めない。

13億4000万のアカウントを処分

 3月中旬、中国の国家インターネット情報弁公室はネット空間を清掃するという意味の「清朗行動」について記者会見を行った。それによれば2021年に取り締まりの対象になったネット司会者(インフルエンサー)は7200人。発信された不適切な情報は約2200万件。具体的に処分の対象となったアカウントに至っては13憶4000万にも達したという。

 ネット空間の委縮どころか規制ギリギリでかなり活発であることがうかがえるのだが、なかでも昨今の注目はやはりインフルエンサーの周囲で飛び交う金銭問題だ。

 昨秋、税務当局は唐突な課税強化に乗り出し、その主なターゲットがインフルエンサーだったことで社会を騒がせた。彼らが一律に問われたのは税金逃れだった。

 問題を指摘されたインフルエンサーらは、こぞって修正申告に応じただけでなく、謝罪も行ったことで、日本のメディアは「芸能人虐め」と報じ、また一つ習近平の横暴さが明らかになった――とくにワイドショー――といったトーンで扱われた。

 だが中国社会をざわつかせたのは、むしろインフルエンサーたちが莫大な修正申告額をポンと収めた金満ぶりだった。その額、2桁の億どころか3桁の億もあり、あらためて彼らの収入の高さと、それを支える追っかけたちの狂乱ぶりに目が向けられたのだ。

 税務当局の動きに応じ伝統メディアでは、推しのインフルエンサーに群がる追っかけの実態が頻繁に取り上げられるようになった。

カレンダー100冊を爆買い

 例えばインフルエンサーが推した牛乳を大量買いした追っかけのグループが、最終的に飲み切れなかった牛乳を大量に川に流すなどの問題だ。映像で伝えられた真っ白に変色した川は実に衝撃的であった。

 その他、カレンダーを100冊買ってしまい部屋が未開封のカレンダーで埋まってしまった女性の話など、多くはインフルエンサーたちが紹介した商品を、借金をしてまで大量に買い込む追っかけたちの異常な消費行動を批判したものだ。そしてメディアの矛先は次第に個人金融界へも向けられていった。

 追っかけの熱狂的な行動には出費がともなう。未成年であれば深刻な親子間の軋轢に発展するケースも少なくなかったが、成人の場合には個人金融会社が彼らを支え、最終的には借金地獄に落ちるという不道徳な構造が存在していたからである。

 やはり昨年、アリババグループの金融部門・アントの上場に当局から待ったがかかったことが注目を浴びたが、あの騒動にも実は個人金融に対する当局の怒りが関係していたといわれるのだ。

 話を「清朗」に戻せば、今回とくに当局が問題視したのはネット販売をめぐる違反行為で、ニセ情報の拡散、「さくら」や「やらせ」を意味する「水軍」、そしてライバル商品や企業の悪い情報を拡散させたりする「黒公関」などの行為だ。いずれも新しい現象ではなく、ずっと前からある問題だ。

コロナも治す矯正下着

 では、ネット上に存在する詐欺的ビジネスにはどんなものがあるのだろうか。今年3月中旬に大きなニュースになったのは、着けるだけで万病が治るとうたった下着だった。背骨の矯正から腰痛、肩こり、便通まで何にでも効果があり、はてはデトックスや新型コロナの予防にもなると宣伝する。販売元は湖南吉美成分科学発展と名乗る企業だ。

 問題が発覚したのは、この下着を購入した山東省の魯という人物が地元紙に投稿したことだった。魯さんはこの下着を6600元(約13万円)で購入して着けたが、案の定何の効果もなかったという。この話は多くのメディアで報じられたが、最終的にはねずみ講的な仕組みが明らかになるというオチだった。

 興味深いのは、もし魯さんが告発しなければ、まだしばらくはこの企業が生き続けていたということだ。中国のネット空間は日本人が考えるほど「なんでも当局がお見通し」ではないのである。

 同じく今年の話題で言えば「打洋工」の問題を指摘しなければならない。海外で働くことを意味する言葉だが、これはちょっと笑えない犯罪だ。被害者には単純労働者から新卒学生までいろいろな立場の人がいるのだが、弱みに付け込まれたのは新卒学生だ。

ここ数年、大卒の就職環境は厳しい。そこに目を付けた犯罪集団が「外国勤務」という魅力的な言葉で募集をかけ、応募した学生をそのまま海外に連れ出し、現地でパスポートを取り上げると、違法な作業に従事させるという犯罪だ。

形を変えた誘拐監禁のようなものだが、行き先が先進国であればまだしも、いきなり発展途上国に連れてこられ言語もわからず金もなければ被害者はどうしようもない。たいていは国内において短い期間の勤務を経験しているようだが、そのときには会社の実態はわからなかったという。

多くはオレオレ詐欺に絡んだ仕事をさせられるというが、彼らの犯罪が明らかになるのは、ほとんどが国内で告発された詐欺被害の捜査の過程でのことだ。たまたま犯罪グループが捜査線上に乗れば幸運だが、そうでなければ助かる可能性は低い。その意味でも恐ろしい犯罪だ。

中国が「清朗」を呼びかけざるを得ないのも当然だろう。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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