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中国恒大の危機は、不動産バブル崩壊の号砲なのか?

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:ロイター/アフロ)

 中国の台頭など、一夜の悪夢であってほしい。そんな願望を持つ日本人には、不動産大手・中国恒大集団(恒大)の債務問題は、留飲の下がるニュースだった。泡の弾ける音を合図に中国のまやかしの経済発展は崩れ去る――。魔法のアイテムの一つが「不動産バブルの崩壊」なのだ。

 しかも恒大の債務の規模は破格だ。取引先への未払い分などを含めると負債総額は1兆9665億元(約33兆4000億円)にも達するという。日本のメディアがこれを放っておくはずはない。

 だが、残念ながら恒大の問題はいまのところ本業の不振が招いた危機ではない。異業種――とくに電気自動車――への無計画な投資が招いた債務問題だ。

 もちろん中国の不動産市場が健全というわけではない。『日本経済新聞』(9月27日付)も報じているように「広東省深圳市ではマンション価格が平均年収の57倍、北京市も55倍」にまで高騰し、これを「1990年の東京都でも18倍」だった日本のバブル時と比較すれば危険水域との指摘は合理的だ。

 そこに、昨夏の中国人民銀行(中央銀行)による大手不動産会社に対する「3つのレッドライン」と呼ばれる財務指針(以下、指針)が、借金体質の恒大を追い詰めたと聞かされれば、かつて総量規制が引き金となって崩壊した日本の二の舞を連想しても不思議ではない。

違約金の支払いが突然ストップ

 中国の不動産業界には恒大のような財務体質に不安を抱える企業が少なくなく、銀行融資のハードルが上がれば、危機の連鎖が起きるとの指摘にも説得力はある。

 だが繰り返しになるが、恒大の危機は無計画な投資の拡大のためであり、巷間言われるように「経営者の自信過剰」の問題だ。指針が最後の背中を押したとしても、問題はそれ以前からあったのだ。

 恒大からマンションを購入した河北省の50代の夫婦は、2019年末、物件の引き渡しができないとの連絡を受けたときのことを振り返る。

「一瞬、驚きましたが、『違約金を毎月支払うから』と言われ、実際に翌月から入金されました。その額が当初見込んでいた賃貸収入より多かったので逆に喜んでいたのですが、今年の春節になると支払いがピタリと止まり、会社からの連絡も途絶えました。このとき、やっぱり噂通りやばいんだな、と思いましたね」

 また北京に住む40代の夫婦は昨春、湖北省で恒大が開発する物件を見に行った時、担当者から「もし一括で買ってくれるのなら、3割の値引をします」と唐突に持ち掛けられて驚いたという。

 いずれも恒大の焦りが伝わってくる話だが、それでも何とか踏みとどまろうと足掻いているのは、繰り返しになるが本業が悪くないからだ。

偽装離婚してマンションに群がる人々

 その理由の一つに、市場には相変わらず強い需要がある点が挙げられる。とくに若者を中心に住宅不足の問題は深刻で、その一方で都市化政策は最新の5ヵ年計画(第14次5か年計画)のなかでも重点が置かれ、農村から都市への人の移動は、当面は続くと予測されている。

 問題は、こうした実用向けの需要に対して投資対象の物件ばかりが活況を呈し、不動産価格を釣り上げていることだ。投資で利益を得る層と、その影響で不動産購入がますます遠のく層、党中央はその軋轢に頭を抱えていた。

 習近平国家主席が「住宅は住むものであり、投機の対象ではない」と発言した意図もここにあるのは言うまでもない。「共同富裕」の発想から見ても、党がマンション投資で儲ける者たちに配慮することは考えにくかったのだ。

 実際、中国はこのずっと以前から不動産価格を抑制する政策をこまめに打ち続け、投資用マンションを買おうとする者たちとの間でイタチごっこを繰り広げてきた。そして数年前には、1世帯で一戸というマンション購入の制限をかい潜るために偽装離婚が大流行し社会問題にもなった。

 裏を返せば不動産投資で儲けようという熱もまだまだ健在なのだ。

 ただ、あの手この手で不動産価格を抑制しようとする政策は一定の実を結びつつある。

 2020年12月に発表された『中国住宅ビッグデータ分析報告(2020)』によれば、中国の多くの都市で2017年から18年の価格と比べて10%~20%も価格が下がっていることが報告されているからだ。大した混乱もなく不動産価格は静かに下がっていたのだ。

不動産がけん引する経済は「不健全」

 もちろん、それでも投資型と実用型の物件には価格の乖離が目立つ。中央政府の政策も相変わらず「価格抑制」に力点が置かれたままだ。直近の政策では、マンション価格を押し下げるため、賃貸物件を大幅に増やすために、「保障性賃貸住宅」を続々と市場に投じろと号令をかけた。

 富裕層が不動産投資でさらに資産を膨らませることや、経済成長を不動産業に深く依存する〝歪な発展〟から何とか脱却したいという党中央の願望が働いているのだ。

 今年8月中旬に開かれた政治局会議でも、「不動産が経済をけん引する」状況を、はっきりと「不健全」と言及していて、賃貸市場の拡大を呼び掛けている。

 こうしたことを踏まえて、今後中央政府が恒大の危機にどう対処してゆくのかを考えれば、やはり「持たざる者」を救済し、「持てる者」には冷淡な対応をとると考えるのが自然だろう。つまり、現状で安心していられるのはマンションを買った被害者だけだということだ。

 私は、恒大の危機が報じられた直後のテレビ番組(9月22日 BS11「報道ライブ インサイドOUT」)で、まずは処分できる資産を徹底して処分する「万達方式」――不動産王・王建林が率いる不動産グループが経営立て直しのため個人及びグループの資産を投げ売りしたやり方――になると予測したが、9月29日時点で、恒大の子会社が保有する株式を約1700億円分売却するという動きが明らかになった。まさにその方向に動いているといえよう。

 気になるのは不動産からの収入に大きく依存する地方政府との関係だが、その点でも多少の綱引きがあるものの、党中央の定めた方向が大きく揺らぐとは考えにくい。地方債務問題は、それこそ10数年前からずっと指摘され続けている頭痛の種で、党中央がそれを計算に入れ忘れるとは思えないからだ。

 いずれにせよ恒大の問題は、「不動産さえ持っていれば夢のような大金が儲かる」時代が、確実に終わりへと向かうことを告げるサインだということだろう。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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