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『SPY×FAMILY』を生んだ「少年ジャンプ+」はなぜ、「初回全話無料」に踏み切れたのか

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:少年ジャンプ+)

紙媒体の新聞・雑誌は産業自体の存続が懸念され、紙の本も売れにくくなっている中、「少年ジャンプ+」が『SPY×FAMILY』をはじめとする新たなヒット作を生み出し、2014年のローンチ以降ダウンロード数2700万超、平均MAU(マンスリーアクティブユーザー)が700万/月(Web版を含めれば1100~1300万)と、著しい成長を続けるのはなぜなのか。
同アプリや、衝撃を与えた「初回全話無料」サービスの誕生の背景を、集英社で数々のデジタルマンガ事業を手掛けてきた「少年ジャンプ+」副編集長の籾山悠太氏に聞いた。

語り合う場は教室からSNSへ、読者と作家に向き合う「デジタル化」

徳力 『SLAM DUNK』に影響されてバスケを始めた、「週刊少年ジャンプ」ド真ん中世代です。大変お恥ずかしい話ですが、立ち読みしたり、友達が読んだやつを回し読みしたりしていました。

ただ、そういう接点も含めてマンガの裾野が広がっていったと認識しているので、立ち読みが難しくなった現代は、「マンガもお金がかかるコンテンツになってしまったな」という印象を抱いていました。

それが、「ジャンプ+」は「初回全話無料」の仕組みになっていて、大変な衝撃を受けたのです。今日は籾山さんに、なぜそんなチャレンジができたのか、お聞きしたいと思っています。

アナログなコンテンツの中で、マンガは唯一と言っていいほど、デジタル化がスムーズに成功している産業に見えます。

デジタルで成功した理由にはどんなものがあると考えますか?

籾山 マンガの特徴のひとつとして、連載の中で面白さが生まれるため、リアルタイムで話が展開していくライブ感を楽しむことができます。

そしてそれを一人ではなく、みんなで楽しめることも魅力です。

私たちが子どもの頃は、「週刊少年ジャンプ」であれば発売日である毎週月曜日、最新話を読んだみんなが集まり「次はどんな展開になるかな」と話して楽しみました。

そういうコミュニケーションが現代ではSNS上で行われているので、クラスとか部活とかの枠組みを超えて、より広がっている可能性があり、そういった意味でマンガとデジタルとの相性の良さはあると思います。

「少年ジャンプ+」副編集長 籾山 悠太 氏(出典:アジェンダノート)
「少年ジャンプ+」副編集長 籾山 悠太 氏(出典:アジェンダノート)

徳力 テレビドラマの『VIVANT』や『半沢直樹』で起きたソーシャルビューイング的なことが、マンガでも起きているのですね。

最新話を見て考察して盛り上がる。そういう意味では、僕らが子どものころと同じようなことが、デジタルでも起こっているわけですね。

一方で、どの産業においてもデジタル化のリスクは大きく捉えられがちです。

実際、ゼロからデジタルのコンテンツを育てようとして、失敗したベンチャー事業は数知れず。コンテンツをつくってくれる人と読者、収益化を実現するビジネスモデルを組み合わせるのは簡単ではありません。

2014年にリリースした「少年ジャンプ+」はどうして生まれたのですか?

(出典:少年ジャンプ+)
(出典:少年ジャンプ+)

籾山 私は20代のころ、2006年から2010年まで「週刊少年ジャンプ」編集部にいました。当時はまだガラケー中心で、デジタル化について考えることはあまりありませんでした。
2010年にデジタルの部署に移り、「ジャンプ」を客観的に考えるようになった時期に、ちょうどスマホも普及し始めました。
既存の集英社のマンガを電子書籍化し、いろいろなストアやアプリで配信する中で、もともと私が編集部出身ということもあって、やはり0から1でマンガを生み出す意義の大きさ、面白さというのをデジタルでもやりたいという気持ちがありました。
そんな時、社内でスマホ向けのジャンプをつくろうとなったのです。

当時は電子書籍に抵抗を感じる作家も今よりも多かったと思います。

集英社としても、書店さんにお世話になっている中で、電子書籍をどこまで積極的に進めていくかなど、いろいろな議論や意見がありました。

徳力 どうやって乗り越えたのですか?みんなで一斉スタートには、なかなかならないですよね。

noteプロデューサー/ブロガー 徳力 基彦(出典:アジェンダノート)
noteプロデューサー/ブロガー 徳力 基彦(出典:アジェンダノート)

籾山 少しずつですね。ただ、編集部が一番尊重し、向き合っているのは読者と作家さんです。読者にニーズがあったり、作家さんにもぜひやりたいという声があったりすれば、編集部は動いてくれます。

そのようなニーズや要望を吸い上げたり、少しずつご理解を得たり、説得したりしながら進めました。

読者のニーズを実感する大きな出来事が、2つありました。

1つは、2012年にリリースした電子書籍販売アプリ「ジャンプBOOKストア!」が、予想をはるかに上回る売上を最初から出したことです。作家さんにも大きく還元できるほどの反響があり、需要があるということがはっきり出たので、やって良かったと思いました。

もう1つは2013年、「週刊少年ジャンプ」45周年記念号を発売する際、紙雑誌とデジタル雑誌の同時配信を行いました。

個人的な感覚ですが、紙雑誌の「週刊少年ジャンプ」というのはやはり大きな存在で、発売日である月曜にデジタルも同時に配信したいと提案するのは、結構勇気のいることでした。ライバル誌の「マガジン」や「サンデー」も、当時はまだ同時配信をしていませんでした。

そんな時、たまたまジャンプの編集長と、私がデジタルの部署に異動してから初めて個別にご飯を食べる機会があったので、あくまで「実験」として提案して、ぜひやろう、という話になりました。

やってみると反響は大きく、やはりスマホやタブレットが広がる中で、読者がどこでも手軽に読めるという環境はニーズがあるということを実感しました。

徳力 いきなり新しいことを始めるのでなく、実験を重ねたのですね。しかし、他の産業や企業では「実験すらさせてもらえない」という話をよく聞きますし、私自身も、トップ企業になるほど挑戦をしなくなるイメージを持っています。

なぜ、集英社では実験やチャレンジが可能なのでしょうか?

籾山 確かに、特に「週刊少年ジャンプ」編集部は現場がやりたいということを否定せず、新しいことやチャレンジに前向きな雰囲気がありました。リスクより、「読者や作家のためにできることをやろう」という文化があり、先輩や他の部署の方々にも理解してもらっています。

新連載を表紙に出すとか、読者アンケートによって良い競争を生み出すシステムなども、多少形は変えつつも、核の部分はおそらく50年以上前から変わらずに、編集部内で生き続けているのだろうと考えます。

徳力 私もかつて、「ジャンプにハガキを送れば連載が打ち切りにならないで済む」と聞いて、一生懸命送った記憶があります。

新しい作品や読者の意見を大事にするカルチャーが脈々と受け継がれているから、デジタルのニーズを感じた編集長も、自然とデジタルの提案を受け入れることができたのですね。

「ライバルは週刊少年ジャンプ」、初回全話無料でタッチポイントを増やす

徳力 海賊版マンガビューアサイト「漫画村」(2018年に閉鎖)の騒動は、違法な海賊版を取り締まる必要性を示す一方で、デジタルのニーズの高さも表していました。

先ほど申し上げたように、失礼ながら私も学生時代はマンガの立ち読みや回し読みをしていたものですから、この騒動でマンガ業界が厳格さを増し、一気に有料化・クローズドになってしまうのではないかと、少し心配していました。

そんな中、「ジャンプ+」は2019年4月から、アプリをインストールした後、初回に限りオリジナル連載作品を全話無料で読める「初回全話無料」サービスを始めましたね。

時代の流れとは逆張りの挑戦だったのではないでしょうか?

籾山 「ジャンプ+」創刊時に目指したのは「デジタル・スマホでの週刊少年ジャンプ」です。

では「週刊少年ジャンプ」とは何かというと、オリジナルの連載作品をみんなが読み、共通言語になるような媒体です。そこで「ジャンプ+」編集部の方針は、読者数・閲覧数の多さに価値を置くこととしました。

もちろん、多くの人に面白いと思ってもらえる大ヒットマンガを生み出すのはみんなの共通目標です。

「ジャンプ+」はもともと、最新話は無料として、毎回追っていればずっと無料で読み続けられる仕組みにしていました。

ランキングも閲覧数に基づいて付けられ、現場スタッフだった私も含めみんな、作家さんと打ち合わせ、面白いものをつくろうと奮闘しました。けれど、閲覧数はどうしても連載途中から伸びにくくなり、だんだん減っていってしまう作品がほとんどという傾向がありました。

徳力 テレビドラマも途中からだと分からないから、回が進むごとに視聴率が下がっていってしまいますね。

籾山 紙の雑誌の場合、1冊買うと目当てのマンガ以外の作品もなんとなく読んで、面白ければ次第にファンになっていきますよね。「週刊少年ジャンプ」の読者アンケートでも、盛り上がる回では、アンケートの票数も一気に伸びます。

だけどWebマンガ誌では、目当ての作品だけを読む読者が多い傾向もあり、連載途中から人気が盛り上がる作品がなかなか生まれませんでした。いくら最新話や第一話が無料でも、途中からだとなかなか参入できない。

もちろん、単行本を買ったりコインを買ったりすれば読めるのですが、もっと手軽に読めるチャンスを増やせば、閲覧数が増えて話題になる流れをつくれるのではないかと考え、「初回全話無料」に行き着いたわけです。

徳力 「ライバルは週刊少年ジャンプ」だからこその高いハードルですね。ジャンプの読者数を目安とした時に、通り一遍の施策では追いつけない。

顧客とのタッチポイントを大幅に増やすための施策だったわけですね。

(出典:アジェンダノート)
(出典:アジェンダノート)

籾山 ずっと無料だと、流石に単行本の売れ行きに影響しかねないし、反対の声もありました。「初回だけならいいのでは」という意見が出て、それならいいか、という感じでまとまりました。

もし「ジャンプ+」創刊時にこの提案をしていたら、「もう少し慎重にした方がいい」という声が出たのではと思います。

しかし、2019年当時の「ジャンプ+」や電子書籍の売上は非常に伸びていましたし、デジタルが伸びても、紙の単行本の売上に響くことは少ないという認識が編集部ではありました。無料施策自体はさまざまなシーンで増えていたし、判断しやすかったのではと思います。

徳力 先ほどの「実験」として雑誌とデジタルで同時配信をやってみたのもそうですが、さまざまな実験結果やデータ、ノウハウを積み重ねてきたからこそ、売上に悪影響を及ぼさないという判断ができたのですね。
大きな目標に照らして、編集部がOKすれば思い切った無料施策も打てるというところが、現場重視の集英社ならではだなと大変興味深いです。

ありがとうございました。

※この記事は、徳力基彦とアジェンダノートの共同企画として実施されたインタビュー記事を転載したものです。

noteプロデューサー/ブロガー

新卒で入社したNTTを若気の至りで飛び出して、仕事が上手くいかずに路頭に迷いかけたところ、ブログを書きはじめたおかげで人生が救われる。現在は書籍「普通の人のためのSNSの教科書」を出版するなど、noteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についてのサポートを行っている。

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