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流行語大賞の3年連続「野球用語大賞」の裏側で、既にはじまっている「流行語」の変化

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(写真:西村尚己/アフロ)

今年も、年末恒例の「ユーキャン新語・流行語大賞」が発表され、話題になっています。今年は年間大賞に、阪神タイガースの岡田監督がリーグ優勝をあらわす隠語として使っていた「アレ」が輝きました。

一方、「リアル二刀流」「村神様」に続く、3年連続の野球用語の年間大賞受賞ということもあり、選考の方法や審査員の平均年齢など、さまざまな批判や指摘も飛び交っているようです。
参考:流行語大賞にまた野球用語で「流行った感ない」と辟易…有名審査員の平均年齢は60歳超え、“Netflixを知らない”やくみつるも

実際の審査のプロセスの背景は、審査員の方々にしか分かりませんが、最近の流行語大賞の傾向には、間違いなくネットやSNSの普及により、日本人のメディア利用傾向や趣味嗜好が多様化していることが影響しています。

特に、今年の流行語大賞のノミネートに、これからの変化を感じる新しい動きが明らかに出ていましたので、ご紹介したいと思います。

スポーツ以外の「共通語」が明らかに減少

流行語大賞の年間大賞の、ここ最近の歴史を振り返ると、興味深い傾向が明らかになります。

ここ3年は、たまたま野球用語が連続で年間大賞を受賞したことで、批判的な声も増えてしまったようですが、実は2020年の「三密」を除けば、2018年の平昌オリンピックカーリング女子日本代表の「そだねー」から、2019年のラグビーW杯日本代表の「ONE TEAM」と続き、この6年間スポーツ関係の言葉しか大賞を取っていない状態が続いています。

もっといえば、2017年には「インスタ映え」と「忖度」が選ばれていたものの、2016年は「神ってる」、2015年も「トリプルスリー」でしたので、流行語大賞の年間大賞のスポーツ寄りの傾向は、10年近く続いていることになります。

2012年にスギちゃんの「ワイルドだろぉ」や、2013年のNHKドラマ「あまちゃん」の「じぇじぇじぇ」やTBSドラマ「半沢直樹」の「倍返し」、2014年に日本エレキテル連合の「ダメよ〜ダメダメ」などが大賞を受賞していたことを考えると、大きな変化が起こっていることは間違いありません。

まず一つ大きな傾向としてあるのは、2010年代前半までは、テレビに出演している芸能人のギャグや、テレビドラマの決め台詞などが流行語大賞の年間大賞に輝くことが多かったのに対して、この10年近くは、そうしたものが大賞に入れなくなっている点です。

これには、日本におけるテレビの視聴環境が大きく変化したことが影響しているのは間違いないでしょう。

約10年前からはじまっていたネット動画配信の台頭

実は、約10年前の2014年は、YouTubeが「好きなことで、生きていく」というテレビCMを展開し、本格的にHIKAKINさんなどのYouTuberの人気が高まりだした年です。

また翌年の2015年は、Netflixが日本上陸した年です。
その後、日本でも動画配信サービスの普及が徐々に進むことになったことが記憶に新しい人は多いと思います。

こうしたYouTubeやNetflixのようなネット経由の動画視聴環境の普及により、日本人のメディア視聴動向が大きく変化したことで、日本国民全員が同じドラマの話題や芸人のギャグで盛り上がることが少なくなっていったことが、流行語大賞の年間大賞の動向に影響を与えていることは間違いないでしょう。

その結果、流行語大賞の年間大賞に選ばれるような共通の流行語が、スポーツ界隈からしか選ばれにくくなっているとも考えられるわけです。

野球のインパクトは明らかに大きい

一方、今回の流行語大賞トップ10のキーワードを、Googleトレンドの検索数で比較してみると、「アレ」のインパクトが非常に大きかったことは良く分かります。

下記のグラフを見て下さい。

(出典:Googleトレンド 赤色「アレ」検索数)
(出典:Googleトレンド 赤色「アレ」検索数)

赤色が「アレ」の検索数で、優勝のタイミングで大きく跳ね上がっていることが分かります。
なお、黄色が「OSO18」で紫色が「ペッパーミルパフォーマンス」の検索数で、こちらもスパイクは大きいですが、「アレ」ほどの大きさではありません。

一方、青色が「新しい学校のリーダーズ」、緑色が「生成AI」の検索数ですので、年間通しての注目度でいえば、「新しい学校のリーダーズ」や「生成AI」の注目度も非常に高いことが分かります。

ただ、やはり「流行語」という文脈でいうと、ピークが最も大きい「アレ」の大賞受賞自体は、無難な選択だったとは言えそうです。

水面下で始まっている大きな変化

一方で、今年の流行語大賞のノミネート語に見られたのが、トップ10にはいった「蛙化現象」のようなZ世代のSNS発の流行語の台頭です。

特に、今回のノミネート語の中で、ひときわ異彩を放っていたのが「ひき肉です」と、その流行語を生み出した「ちょんまげ小僧」でしょう。

参考:「新語・流行語大賞」ノミネート語発表 「ひき肉です」「憧れるのをやめましょう」「推しの子」など

「ちょんまげ小僧」は、中学生6人組のYouTubeのグループなんですが、なんと最初に動画をアップしたのが、つい1年前の昨年12月という非常に新しいグループなのです。

そのグループメンバーの一人である「ひき肉」さんの独特な自己紹介が7月頃からTikTokで話題になり、多くの芸能人も真似をするような流行語になったわけです。

詳細の分析は、徒然研究室さんの記事を参考にして頂ければと思いますが、今回の現象で、最も象徴的なのがこちらのグラフです。

(出典:徒然研究室)
(出典:徒然研究室)

参考:流行語大賞候補「ひき肉です」のミーム化をデータ可視化してみる

7月中旬の段階では全く話題になっていなかった「ちょんまげ小僧」と「ひき肉です」ですが、グラフを見れば一目瞭然のように、7月末に急遽大きな話題となります。

その後あっという間に、最大で1週間に1億6000万回近い視聴回数を叩き出すようなトレンドになるわけです。

「ちょんまげ小僧」のYouTubeチャンネルの登録者数は、7月19日の段階では1000人しかいなかったそうですが、この一連の話題化の過程で10日ほどで30万人を突破。現時点では153万人を超える結果となっているわけです。
参考:“今1番気になるYouTuber”中学生6人組・ちょんまげ小僧、爆速で登録者数30万人突破 SNS管理者も話題に

なにしろ「#ひき肉です」のハッシュタグがついたTikTokの関連動画の総再生数は6億回を超えていると言いますから、非常に多くの人に話題が伝播したことが分かります。

TikTokの話題がテレビの話題と変わらぬインパクトに

Googleトレンドで、「ちょんまげ小僧」と「ひき肉です」の検索数の推移のグラフを「アレ」と並べてみると、この通りです。

(出典:Googleトレンド 検索数推移 赤「アレ」青「ちょんまげ小僧」緑「ひき肉です」)
(出典:Googleトレンド 検索数推移 赤「アレ」青「ちょんまげ小僧」緑「ひき肉です」)

こちらのグラフでは、前述のグラフの青色を「ちょんまげ小僧」、緑色を「ひき肉です」に差し換えています。

驚くことに「ちょんまげ小僧」の検索数は、流行語大賞のトップ10に入った黄色の「OSO18」の検索数や紫色の「ペッパーミルパフォーマンス」を上回っているわけです。

こうした話題化の過程で、YouTuberはもちろん、スポーツ選手や芸能人なども、こぞってTikTokやYouTubeに動画を投稿するようになっていった模様。

そのインパクトの大きさは、10月2日に行われたサッカーU-22日本代表の北朝鮮戦において、ゴールを決めたシーンで「ひき肉です」のパフォーマンスが行われたことにも窺えると思います。

参考:「まさかの笑」「アジア進出」ラフプレー続出の北朝鮮撃破、U-22日本代表が見せた「ひき肉です」パフォーマンスが話題に「気持ち良すぎ!」

ある意味、「ちょんまげ小僧」や「ひき肉です」というキーワードは、TikTokやYouTubeなどのSNS上で大きな話題となることで、従来のテレビに出演している芸能人なみのインパクトを残したことになります。

無名の中学生が、SNS経由で「流行語大賞」に入れる時代に

すでに「ちょんまげ小僧」には、その影響力や話題性に期待して、早速ソフトバンクがCMに起用したことも話題になっています。

ただ、今回の現象で注目すべきは、「ちょんまげ小僧」という中学生YouTuberのサクセスストーリーだけではありません。

「ちょんまげ小僧」が証明してくれたのは、登録者数1000名だったYouTubeチャンネルからでも、その年の流行語大賞にノミネートされるほどの話題が生まれうるという時代の大きな変化です。

もちろん、これは個人の力が成し遂げるものではなく、YouTubeやTikTokなどのSNSでつながったコミュニティ全体で話題化することによって起こりうる現象です。

実際に、イー・ガーディアン株式会社が発表した「SNS流行語大賞」においては、SNSにおける投稿数を元にランキングがつけられる形で順位が発表されており、「アレ」を抑えて、「かわちい」が1位になっていますが、この「かわちい」もTikTokの動画クリエイターの方の動画がきっかけになって流行った言葉だそうです。

(出典:イー・ガーディアン株式会社)
(出典:イー・ガーディアン株式会社)

参考:『SNS流行語大賞』は「かわちい」に決定! 「スイカゲーム」は下半期だけで驚異の数字

こうしたTikTokやSNS発の個人が作った流行語が、流行語大賞でトップ10に並ぶ日はそう遠くないと言えるかもしれません。

来年の「ユーキャン新語・流行語大賞」にどんな新しい言葉がノミネートされるのか、今から楽しみにしたいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

新卒で入社したNTTを若気の至りで飛び出して、仕事が上手くいかずに路頭に迷いかけたところ、ブログを書きはじめたおかげで人生が救われる。現在は書籍「普通の人のためのSNSの教科書」を出版するなど、noteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についてのサポートを行っている。

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