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小学校英語の教科化 英語教育学者はどう考えているのか

寺沢拓敬言語社会学者

小学校英語の教科化の方針が示された。

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この「教科化」について、英語教育学者は一体どのように考えているのだろうか。英語教育界のソトの人にもわかるように簡単に説明してみたい。

私自身は英語教育学者と名乗ったことはないが、この分野の学説史、いわば「英語教育学者の研究」をずっとやってきている。こういう事情から、「学者の共通見解」のようなものをそれなりに理解していると思う。

なお、この記事では英語教育学者を「英語教育に関してコンスタントに論文を書いている大学教員」と定義しておく。(注:このようなまわりくどい定義は、この業界の特殊事情による。英語教育者(英語教育"学"者ではない)として著名な大学教員のなかには、指導技術には長けていても「学者であること」を必ずしも売りにしていない人も多い)。

ほとんどの学者が「教科化しても英語力は伸びない」と思っている

まず押さえておくべきは、次期指導要領による「教科化」で「日本人」の英語力が飛躍的に増大すると主張している英語教育学者はほとんどいない点である。もっとストレートに言えば、私が知っている限りではひとりもいない。

現在構想されている教科化とは、週に2時間程度の英語学習の時間を確保するというものである。この程度の授業時間増では「焼け石に水」と考える学者がほとんどだろう。

英語教育学者に広く支持されている学説に「個人の英語力は英語にどれだけ触れたか(どれだけ頭を使って処理したか)で決まる」というものがある。週2時間程度の授業増によって英語に触れられる量は、言語習得に必要なインプット総量と比較してごく僅かなものであり、「効果が出る」と言えるはずもないのである。

教科化に反対している学者ばかりではない

しかし、教科化に英語力向上の効果を見込んでいないからと言って、全員が全員反対してるわけではない。

もちろん反対している学者も多いが、賛成している学者も少なくない。(もっとも、一番多いのが「政治的なことは知りませんよ~」という「我関せず」型の学者だけれど)

「教科化で英語は伸びない」という認識は共有しつつも、教科化に対する態度は学者によってかなり異なる。大雑把に言って次の3つのパタンがあるようだ。

  • パターン1「教科化したって英語力がつかないんだからやめようよ」型。
  • パターン2「教科化で英語力は伸びないかもしれないけど、意識は変えられるよ」型
  • パターン3「もうやると決まったんだから、どうしたらより効果的な指導ができるかを考えたほうが生産的だよ」型

パターン1は説明の必要はないだろう。「効果がないからやめてしまえ」というのは至極わかりやすい。

一方、パターン2については理解しづらい人も多いかもしれないので簡単に解説しておく。

この立場は、英語力のような「わかりやすい成果」よりも、意識改革とか動機づけなどの心理的効果を強調する立場である。

「意識を変えるのに効果があるから○○を導入しましょう!」という話を一度は聞いたことがあると思う。この手の意識改革論は、英語教育にかぎらず、近年の教育改革全般を象徴する典型的なレトリックである。たとえば、「学校間の競争を可視化すると教員の職業意識が変わり、サービス提供者として自覚するようになる」のような。

要は、この種のレトリックの英語教育版だと思えばよい。つまり「早い時期に英語を導入することで子どもが英語に親しめるようになるよ。英語への抵抗感はなくせるよ。負担感も減るよ。それでゆくゆくは英語学習に積極的に取り組むようになって、英語力はあがるよ」というロジックである。

ただ最大の問題は上述の因果関係について、たいしたエビデンスが(まだ)ない点である。「早い時期に英語を導入する→親しめるようになる」という因果関係が正しいのか否か、調査をすればけっこう簡単にわかりそうなものだが、きちんとした実証研究はなされていない。

まあ、「意識改革のための○○」という話のほとんどが、「本当に意識が変えられるのか」という点に関するエビデンスを欠いたままぶちあげられるのが常なのだが。

パターン3の学者は、要は具体的な指導法・ハウツーにしか興味ないよということである。私見では、このグループが最大派閥であると思う。実際、小学校英語教育の理論(≒机上の論理)を現場の実践に「変換」するのはこの人達である。

ただし、「一般の人々が小学校英語のあり方を考える」という目的のうえでは、フォローする意味はあまりない論点でもある。というのも、一般人のような「ソト」の人々と共有可能な理念的な話は主題にはならないからである。メインの論点はあくまで関係者に役立つ具体的なハウツーであり、その点で内向き志向の議論であることは避けられない。

参考

なお、小学校英語教育の効果に関するエビデンスについては、先日のY!ニュースでも触れた。以下の記事を参照。

小学校英語必修化決定から10年(寺沢拓敬) - Y!ニュース

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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