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TOEICの会社にケンカを売る、勇敢な『TOEIC Test プラス・マガジン』

寺沢拓敬言語社会学者

拙著『「日本人と英語」の社会学』の書評が、『TOEIC Test プラス・マガジン』7月号(6/5発売)に掲載された。

300字程度のごく短い書評ではあるが、批判的な問題提起を頂いたので応答したい。

書評の前半部分は内容紹介。批判的なコメントは後半部分である。その部分だけ引用する。

分析の対象となった調査結果がいわゆる主観的なアンケートに基づいたものが多いためか、論述の基礎となる用語の規定に曖昧さを残しつつの分析となっている感が否めない。

関係者が納得できる認識を得るための本格的調査が必要だという、問題提起の役割を果たす時宜を得たレポートだと言えよう。

ごく短いため批判の根拠が少々掴みづらい文章だが、おそらく次のようなことを言っているのだと思われる。

  • 拙著のアンケートの多くは、回答者の主観を尋ねたものである。
  • 主観に基いているので「何を測っているのか」が曖昧になっている。

これは事実と認めざるを得ない。実際、拙著で用いたJGSS調査、SSM調査、アジア・ヨーロッパ調査、ワーキングパーソン調査、内閣府世論調査はすべて回答者の自己申告に頼っている点で主観的なものばかりである。

周知のとおり、世の中のほとんどの世論調査・社会調査はたいてい主観的な回答に頼っている(選挙の出口調査などはその典型だ)。まさか書評者は私の本にだけ過大な要求をしているはずはないだろうから、きっと次のような「理想」があるのだと思われる。

  • 主観的なデータより客観的なデータのほうが望ましい。
  • 回答者の主観ではなくて実際の行動を測定するべきだ。
  • 本書のように「仕事で英語を使っているかどうか」を尋ねるのは不適切で、本当に使っているかどうかを調査員が職場に出向くなりして客観的にチェックするべきだ。

このような調査は、なるほど書評者が言うように「本格的調査」に違いない。以上のような客観的な情報が手に入れば、関係者は大いに役立つはずである。

その意味で、『TOEIC Test プラス・マガジン』編集部の問題提起はきわめて意義のあるものである。

そして、編集部が以上のような問題提起をする勇敢な姿勢にも感銘を覚える。

なぜならば、TOEICテストを運営している(財)国際ビジネスコミュニケーション協会が今までに行ってきたほぼ全ての調査もまた主観的調査だからである!

たとえば、同協会はつい最近、「英語が社内公用語の企業で働くビジネスパーソンへの意識調査」を行ったところである。

【調査概要】

・対象:英語が社内公用語の企業で働く20代~50代の男女

・サンプル数:412

・調査方法:インターネット調査

・調査期間:2015年4月16日(木)~20日(月)

回答者が4百人程度だとか、「インターネット調査」では回答者に偏りが出るなどと言ったことは脇に置いておこう(ちなみに、拙著のデータはほとんどが無作為抽出であり、回答者は最低でも数千人はいた)。

注目したいのはその測定対象である。

  • 「勤務先で重視されている」と感じる英語スキルは何か?
  • スキルが不足しているなど最も課題に感じている英語スキルは何か?
  • 英語が公用語になった(あるいは英語の使用が主となった)時期はいつか?
  • 勤務先企業の公用語が日本語から英語になったことについて、どのように感じているか?
  • 今後、英語スキルを向上させるために取り組みたいことは何か?

見事に主観的な設問ばかりである(そもそもネット調査なので「主観的」にならざるを得ない)。

書評者からしてみれば、この調査も大いに曖昧さを残しているということになるだろう。

『TOEIC Test プラス・マガジン』は当然ながらTOEICテストと利害の一致している雑誌である。それにもかかわらず、英語教育界の発展のために、TOEICテストの会社を敵に回すような問題提起を行う、その勇敢な姿勢に敬意を表したい。

(財)国際ビジネスコミュニケーション協会は、『TOEIC Test プラス・マガジン』編集部の勇気ある問題提起に応答せよ!

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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