Yahoo!ニュース

ミスリードな発言が横行した総選挙

立岩陽一郎InFact編集長
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

総選挙での各党党首らの発言をファクトチェックしてきた。岸田首相の発言、枝野代表の発言、小池書記局長の発言・・・全くのフェイクニュースは日本の政治家の発言には見られな。しかしそこに有権者をまどわす落とし穴がある。虚偽ではないものの、都合の悪い事実に敢えて触れないミスリードな発言の横行だ。

「辺野古移設は唯一の解決策」をファクトチェック

先ず初めに岸田首相の発言を見る。

同盟の抑の維持と、普天間の危険性の除去を考え合せた時、辺野古移設が唯の解決策です

10月12日の代表質問で立憲民主党の枝野幸男代表の質問に答えて岸田首相が答えたものだ。米海兵隊の普天間航空基地を同じ沖縄県内の名護市辺野古に沖合に新たな施設を建設して移設するとの考えに変化の無いことを強調したものだ。

この発言の理由を尋ねると自民党から以下の回答が来た。

①普天間飛行場の移設を沖縄県内で行う理由については、

・在沖縄海兵隊を含む在日米軍全体のプレゼンスや抑止力を低下させることはで

きないこと、

・沖縄が南西諸島のほぼ中央にあり、かつ、わが国のシーレーンにも近いなど、地理的・戦略的な重要性を有していること、

・司令部、陸上部隊・航空部隊・後方支援部隊を一体的に運用することにより、

優れた機動性・即応性を保つ米海兵隊の特性を低下させることは出来ないこと

などが挙げられます。

②また、具体的な移設先としては、

・滑走路を含め、所要の地積が確保できること

・既存の米軍の施設・区域を活用でき、その機能を損なわないで移設し得ること、

・移設先の自然環境・生活環境に最大限配慮し得ることなどを総合的に勘案し、辺野古への移設が唯一の解決策であるとの結論に至りました。   

その上で、「これまでも米側と累次にわたり確認してきているとおり、日米同盟の抑止力の維持と普天間飛行場の危険性の除去を考え合わせた時、辺野古移設が唯一の解決策であり、この方針に基づいて着実に工事を進めていくことこそが、普天間飛行場の1日も早い全面返還を実現し、その危険性を除去することにつながると考えております」としている。

この辺野古移設には沖縄県民の多くが反対していることは既に知られている。玉城デニー氏、その前の故翁長雄志氏、仲井真弘多氏も移設に反対して知事に当選している(仲井真氏は途中で辺野古移設を容認する姿勢を示し、次の選挙で翁長氏に敗れている)。また、2019年に行われた県民投票でも70%以上が反対。それでも「辺野古移設が唯一の解決策」とする理由は安全保障上の問題、つまり軍事的な観点からという岸田首相の発言だ。

しかし、実際には日米の軍事専門家からは異論が出ている。一人は軍事アナリストの小川和久氏。もう一人は海兵隊出身で日米関係に長く関わってきたリチャード・アーミテージ元国務副長官。日米それぞれの立場で普天間基地の返還にも関わってきた有識者だ。

小川氏は著書「フテンマ戦記」で、沖縄中部にある海兵隊基地キャンプ・ハンセンに飛行施設を作った上で、本土の自衛隊か米軍基地に普天間基地の機能を移転する案を提示している。加えて、辺野古の新たな施設では、高潮などに対処できないと、その機能そのものにも疑問を投げている。

アーミテージ氏も日米の安全保障専門家でまとめた報告書「The U.S.-Japan Alliance to 2030: Power and Principle(邦訳「パワーの原則:2030年までの日米同盟」)」の中で、沖縄に配備している海兵隊の航空部隊を沖縄県外にある自衛隊及び米軍基地にローテーションで展開することを提言している。それが日米安全保障の強化のためという指摘だ。

つまり、岸田首相の発言は、「辺野古移設」とは別の案が、何れも普天間基地の問題に精通した日米の安全保障の専門家から出ている事実を隠すもので、ミスリードだ。

ミスリードとは

ここでファクトチェックにおけるミスリードについて説明しておかねばならない。ファクトチェックとは政治家の発言やネット上の情報について真偽を検証する取り組みだが、その際に、真偽の度合いを判定している。

これは世界の多くのファクトチェックで行われているもので、日本ではファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)がその基準を公開している。それが下記だ。

この中には「虚偽」、「誤り」といった判定もある。このうち、虚偽とされたものがフェイクニュースと言う理解だ。ミスリードの定義は以下だ。

一見事実と異なることは言っていないが、釣り見出しや重要な事実の欠落などにより、誤解の余地が大きい

岸田首相の「辺野古移設が唯一の解決策」は「重要な事実の欠落などにより、誤解の余地が大きい」ということだ。

岸田首相は「広島出身」か?

岸田首相のミスリードな発言をもう1つ書いておく。10月8日に行った所信表明演説で次の様に話した。

被爆地広島出身の総理大臣として、私が目指すのは、『核兵器の無い世界』です

岸田氏は核の問題を語る際に、「広島出身」を口にする。勿論、岸田首相は広島県第一選挙区で選出された国会議員だ。3代にわたってこの地盤を守ってきた世襲議員ということが言える。つまり岸田首相が広島と縁の深いこと、広島選出の国会議員であることは異論の余地は無い。しかし、「広島出身」とまで言えるのか?

岸田首相の公式ホームページには生まれた場所は書かれていないが、調べると岸田首相は東京生まれの東京育ちだ。岸田首相の著書によると、岸田首相は東京育ちだ。小学1~3年生までニューヨーク市の公立小学校に通い、帰国後は千代田区立永田町小学校に転入。その後、同麹町中学校を経て、開成高校を卒業している。その後、早稲田大学法学部を経て日本長期信用銀行に就職している。

多くの辞書で出身とは「生まれ」を意味している。或いは、15歳までの長い期間を過ごしたという説明も有る。岸田首相がそうでないことは明らかであり、「広島出身」はミスリードだ。

枝野代表の「安倍政権で23%まで下がった」は?

勿論、野党の政治家からもミスリードな発言が出ている。

立憲民主党の枝野幸男代表が「法人税についてはですね、安倍政権で23%まで下がったものを28%に戻すということを言っています」と党の政策を説明した。これは10月18日の日本記者クラブの党首討論での発言だ。

この「安倍政権で(法人税が)23%まで下がった」との指摘は、大企業を優遇した安倍政権という説明で使われる。しかし、実際にはここには重要な事実が欠落している。

財務省の資料を確認すると、確かに、現在の23.2%まで法人税を引き下げたのは安倍政権下であることがわかる。しかし、法人税率を30%から25.5%に大きく引き下げたのは、民主党政権である野田内閣においてだ。

「法人税を28%に戻す」とは、野田内閣以前の水準に近づけることを意味していることから、「法人税は安倍政権で23%まで下がった」との枝野代表の発言は、安倍政権だけが法人税を引き下げたとの印象を与えるものであってミスリードだ。

小池書記局長の「(綱領に)書いていない」の反論は?

10月17日のNHK日曜討論で自民党の甘利明幹事長が「共産党新綱領でこう書いてあります。ひとりの個人が世襲で国民統合の象徴となる今の制度は、民主主義の視点からはおかしいと書いてあります」と発言した。

この際、共産党の小池晃書記局長は「おかしいなんて書いていません。正確に言ってください。おかしいって書いていませんよ」と反論。

では、日本共産党の綱領にはどう書いてあるのか。以下は2020年1月18日に開かれた第28回党大会で改定された綱領だ。

党は、一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである

甘利幹事長の発言は、この「一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく」を指していると考えられる。

確かに、「おかしい」とは一言も書かれていない。その点では小池書記局長の発言は誤りではない。しかし、「民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく」と書かれており、「民主共和制の政治体制の実現をはかるべき」と続いている。「両立」の対義語が「矛盾」であると考えれば、ここに書かれている言葉は甘利幹事長の発言とは矛盾するものではない。

甘利幹事長は与党の幹事長として発言に正確さが要求される。その点で小池書記局長が反論したということは理解できる。しかし、一方で、小池書記局長の発言は、党の綱領の趣旨を正確に伝えるものとはなっておらずミスリードだ。

以上、各党党首や有力議員の発言からこの選挙に関連したファクトチェックの結果を取り上げた。フェイクニュースと判定できるような意図的な虚偽の発言は目立たなかった。しかし上記の様なミスリードな発言は多かった。これは事実より印象操作に力点が置かれる選挙故とも言えるが、有権者にとっては投票行動につながる問題だ。

それらはやがてフェイクニュースの拡散につながるかもしれない。有力政治家からのミスリードな発言が横行する総選挙を見ていて、その懸念を感じざるを得ない。

私たちに必要なのは支持政党を応援することだけでなく、支持政党であってもその発言を厳しくチェックすることだろう。そこに与野党の違いは無い。

掲載したファクトチェックの詳細は、私が編集長を務めるInFactに各党の回答ともに掲載している。

※このファクトチェック記事の取材にはInFactの田島輔ファクトチェッカーと同志社大学の学生が関わっています。※

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

立岩陽一郎の最近の記事