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【アメリカ大統領選挙】トランプ王国の崩壊

立岩陽一郎InFact編集長
(写真:ロイター/アフロ)

議会に乱入したデモンストレーターはこの国の民主主義を汚した。暴力と破壊に関わった人々はアメリカを代表していない。法律を破った人々は報いを受ける」。

アメリカ東部時間の1月7日の午後7時頃、トランプ大統領はTwitterに収録した動画を掲載。動画は、前日に自身の支持者が議会に乱入した件について、その行為に参加した人々を断罪した。

その一方で、「私はアメリカの民主主義のために戦ってきた。私は今も選挙制度は改善されるべきと強く信じて疑わない」などとして、自身が11月3日の選挙結果に疑問を呈し続けたことを正当化した。当然、この一連の発言と連邦議会乱入とは無縁ではないのだが。

そして、さらりと、極めて簡潔に次の様に口にした。

議会は選挙結果を承認した」。

ここで撮影の角度が変わる。多少不自然な編集になっているのは、撮り直しが有ったのかもしれない。斜めの角度になったトランプ大統領の言葉は次の様に続いた。

新たな政権が1月20日に就任する。私の今の関心は、切れ目のないスムーズな政権移行だ」。

思えば、ジョー・バイデン氏の当確をアメリカのメディアが報じたのは現地時間11月7日の正午頃だった。その時、私はアメリカでの大統領選挙の取材を終えてニューヨークのジョンFケネディー空港から飛行機に乗ろうとした直前だったのでよく覚えている。

「それから2か月後の敗北宣言か・・・」。

ただし、バイデン氏への祝意は無い。そもそもバイデン氏の名前にも一切触れていない。トランプ大統領らしく、また、誇り高きアメリカの大統領らしくない敗北宣言だった。

その少し前に、CNNテレビにジョン・ケリー氏が出ていた。トランプ政権で国土安全保障省長官と首席補佐官を歴任した元海兵隊大将だ。アメリカには軍高官を経験した人物は政権批判を控えるという不文律が有る。そのギリギリの範囲で、ケリー氏は次の様に言った。

これはトランプにトランプ流をさせたことによる当然の結果だ」。

ケリー氏の言う「これ」は、トランプ大統領の扇動によって引き起こされたと報じられている。恐らくそうだろう。

1月6日、議会では、11月3日に選ばれた各州の選挙人の投票結果の確認が行われていた。それによって次期大統領と次期副大統領を確定するためだ。通常なら単なる儀式で終わる筈の行事で、乱入した側が4人、警護にあたっていた警察官1人の計5人が死亡する大惨事となった。当然、その結果はトランプ大統領の予想とは異なるものだったとは思う。しかし、政権内でトランプ大統領を間近に見ていたケリー氏は、それを含めて「当然の結果」と言い切った。

普段は、海外はおろか、アメリカ人でさえ特に注目することのないこの日の議会の状況を見てみよう。各州で選出された選挙人の投票結果が、州ごとに報告され、それを議会が承認する。それを、議長を務めるペンス副大統領が追認して、次の州に進む。乱入はその途中で起きた。

後に問題になる警備体制だが、乱入者に対応したのは、軽武装の議会警察とワシントンDCの警察官だった。実は隣接するメリーランド州警察とヴァージニア州警察の応援に加えて国防総省は州兵を投入しての警備体制を敷いていた筈だった。しかし、なぜかトランプ支持者が議会に押し寄せた時、両州の警察や州兵は議会にはおらず、周辺の交通の警戒や地下鉄の駅の警戒にまわっていたという。

警備に問題が有ったにせよ、5人の犠牲が出たこの事件でのトランプ大統領の責任の重さは計り知れない。それは支持者が議会に乱入した状況が報じられても、暫く静観し続けたからだ。

トランプ大統領が口を開いたのは、バイデン氏が緊急会見を開き、「大統領の言葉が重要だ。トランプ大統領は出てきて騒動を止めるよう言葉を発すべきだ」と語った後だった。Twitterに動画を掲載。乱入者に「家に帰る時だ」と呼びかける内容だったが、その際に、「あなた方を愛している」とまで言ってその行動を支持するかのような発言を行っていた。加えて、「票は盗まれた」と、依然として選挙に不正が有ったとの認識を強調してもいた。これについてはCNNのキャスターは、「この段階で、この大統領はまだ虚偽の主張をしている」と伝え、「トランプ大統領はメディアをアメリカ人の敵だと呼んだが、誰が本当の敵か、大統領は熟慮するべきだ」と指弾した。因みにこのトランプ大統領の動画は現在、削除されている。

乱入者が全て出された議場では、現地時間の午後8時から各州の集計が再開された。その冒頭、議長席に座ったペンス副大統領は「彼らは負けた。勝ったのは民主主義だ」と発言し、乱入した人々を批判。

ペンス副大統領は共和党上院議員だ。同盟国との関係を重視する保守派の代表的な政治家であり、正直なところ、同盟関係を軽視する様なトランプ大統領の言動に眉をひそめる瞬間も多かったと推測されるが、これまで公の場でトランプ大統領と異なる見解を述べることは無かった。それが、トランプ大統領が「愛している」と言った乱入者を「彼らは負けた」と言い放ったところに、副大統領の決断を見たように思えた。それはトランプ大統領からの決別だ。

なぜトランプ大統領は支持者に議会に行くように煽ったのか?直接言葉にしたのは、選挙人の結果に異を唱える議員を支援するというものだった。しかし、トランプ大統領は間接的ながら、ペンス副大統領に権限を行使するように求めていた。その権限とは、この日の選挙人の投票結果を最終的に承認する副大統領の権限だ。推測と断って書くが、支持者に議会へ行くように言ったトランプ大統領の狙いとしては、ペンス副大統領に圧力をかけることで、副大統領が最後に結果を認めないと宣言することを狙ったのではないか。勿論、トランプ大統領が本気で支持者に集計を阻止するよう求めていた疑いも否定はできないが。

再開された次期大統領を確定する手続きは、事前に明らかになっていた通り、ペンシルベニア州の投票をめぐって共和党の一部の議員が承認を拒否した。それによって、改めて審理が行われる異例の事態となったが、結果的に上院の圧倒的な賛成多数で承認された。反対したのは共和党の7人だけだった。

そして、バイデン氏の次期大統領就任が確定。ペンス副大統領が木槌を鳴らすと場内から拍手が沸き起こった。この瞬間、トランプ大統領の敗北が決定的となった。

その後、トランプ大統領は、自身のツイッターのアカウントが一時凍結されたこともあって、目立った発言はしていない。乱入に関する簡単な声明を出したが、形だけといった感じのものだった。

ところがその間に、トランプ大統領をめぐる状況は悪化していく。先ず、死者が出たことが報じられ、支持者をけしかけたとしてトランプ大統領の責任を追及する声が米メディアに流れ始める。CNNは共和党のトランプ大統領側近が、「トランプは正気を失っている」と発言したと報じた。同時に、憲法25条の適用を求める声も出始める。これは、大統領が肉体的・精神的に職務遂行能力を失ったと閣僚が判断した際に副大統領によって大統領を解任できるとする憲法の規定だ。それから間を置かずに、イレーン・チャオ運輸長官、ベッツィー・デーボス教育長官が辞任を表明。まさに泥船状態だ。

民主党下院トップのペロシー議員は、政権が25条を適用しない場合、議会で弾劾手続きに入ることに言及。トランプ大統領の任期が既にこの時点で2週間を切っている段階で、仮に弾劾手続きが始まっても、上院の弾劾訴追まで行くのかは不透明だが、過去に無い批判の嵐の中での退任劇だ。冒頭のトランプ大統領の動画は、こうした中で公表されており、恐らく何も言わないわけにはいかなくなったというのが本当のところだろう。

その動画の最後にトランプ大統領は自身が去ることについて語っている。

皆が失望していることを知っている。しかし私たちの素晴らしい旅は今始まったばかりだ」。

既に議会に乱入した人物の割り出しは連邦検察官によって始まっている。逮捕者も出ている。彼らはこのトランプ大統領の言葉をどう見るのだろうか。何が始まるというのか?その始まりは誰に幸福をもたらすのか?

その答えをトランプ大統領も持っていないだろうことは、その顔に全く余裕が見られないことからも見て取れた。その顔には笑顔など無く、ただ目の前のプロンプターを必死で読んでいる。そういう感じの2分40秒ほどの演説だった。

CNNテレビの取材に応じたケリー氏は、かつて首席補佐官に就任した際、「ホワイトハウスに秩序を持ち込む」と述べていた。そして直ぐに大統領と衝突することになる。大統領と首席補佐官は、日本の総理大臣と官房長官より近い存在でなければ成り立たない。しかしケリー氏の大統領に対する幻滅は大きくなっていく。当時、同僚に語った言葉が有る。ジャーナリストのボブ・ウッドワードが著書「恐怖の男」(日本経済新聞出版社)で明らかにしたものだ。トランプ大統領について次の様に語っていた。

彼(トランプ)は正気ではない。私たちは狂気の町にいる。私たちがここにいる理由すらわからない。これは私が引き受けた中で最悪の仕事だ」。

今、トランプ王国の崩壊が確実となった。しかし、CNNテレビに話すケリー氏の言葉からは、次の様に言っている様に感じられた。

「崩壊が遅すぎた」。

トランプ大統領はTwitterで、「問い合わせてくる人々に言う。私は就任式には出ない」と言明。しかしこれは既に驚く話ではない。CNNは共和党幹部の中でトランプ大統領の就任式前の辞任を求める声が大きくなっていると伝えている。下院は1月11日には弾劾手続きの審理を始めるとの報道も有る。アメリカ議会は夜通しの審議も辞さない。下院、上院で弾劾手続きが進めば、第45代アメリカ大統領はそもそも就任式に呼ばれることもないだろう。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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