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【アメリカ大統領選挙】ハリス氏の登場で明確になってきたトランプ大統領再選に向けた人種分断戦術 

立岩陽一郎InFact編集長
民主党の副大統領候補となったカマラ・ハリス上院議員(写真:ロイター/アフロ)

つい先ほど聞いたのだが、彼女は(副大統領になる)資格を満たしていない。ところで、それ(その指摘)を書いた弁護士はとても信用でき、高い能力を持っている

8月13日の会見でトランプ大統領は、カマラ・ハリス上院議員には副大統領候補になる資格が無いと発言。トランプ大統領自身が明確には語っていないが、ハリス氏が生まれた当時、両親がアメリカの永住権を持っていなかったという指摘らしい。

ハリス上院議員のwebサイト
ハリス上院議員のwebサイト

こうしたハリス議員の出生に疑問を投げかける大統領の発言はアメリカ人の多くに既視感が有る。この大統領は以前からオバマ大統領がアメリカ生まれでないとして大統領としての資格に疑問を呈していたからだ。出生を問題にして資格に疑問を呈するバースリズムを今度はハリス議員に対して向けたということだ。

既に知られていることだが、ハリス議員はジャマイカ出身の父親とインド出身の母親の長女としてカリフォルニア州のオークランドで生まれている。両親ともに研究者だ。CNNが、この大統領の発言についてハリス議員の「同僚」であった与党・共和党の上院議員52人に問い合わせたところ、当日は1人しか取材に応じなかったが、翌日には数人の共和党議員が取材に応じ、「ハリス氏は副大統領に相応しくないと思うが、それは出生とは関係ない」などと大統領の発言を否定するコメントをしている。

さすがに二度にわたるバースリズムはトランプ大統領の思うような効果を上げないどころか、再選にマイナスに働く可能性も有る。しかし大統領は自身の再選の為に、人種的な対立を煽る戦術を明確にしているようだ。

バイデン氏がハリス副大統領候補を発表した翌日の8月12日、トランプ大統領は次の様にツイートしている。

郊外の主婦は私に投票する。彼女たちは安全を求めており、低所得者世帯が彼女たちの周辺に入ってくることを可能にしてきたプログラムを私が止めたことを歓迎しているからだ。バイデンはそのプログラムを更に拡大する。コーリー・ブッカーをその責任者にして」。

トランプ大統領のツイート
トランプ大統領のツイート

ここで「郊外の主婦」とは白人女性を指し、「低所得者世帯」が黒人世帯を指していることは、アメリカ人なら直ぐにわかる話だ。また、コーリー・ブッカー氏はバイデン氏と民主党の大統領候補を争った黒人の上院議員だ。つまりトランプ大統領は、この選挙を明確に白人VS黒人と位置づけたということだ。人種対立を煽ることで、自身の基盤と考える白人の中流、低所得層への支持を浸透させる狙いが有るのだろう。

それがトランプ大統領にどのくらいプラスになるのか?現状の低い支持率を考えれば、ある程度有効と考えられる。アメリカの大統領選挙は有権者による直接選挙ではない。各州に議員数に応じて配分される選挙人の獲得数で勝敗が決まる。前回でもそうだが、ニューヨーク州やカリフォルニア州のような多様な人種で構成される州ではトランプ大統領は勝てない。しかし中西部などには白人が圧倒的に多い州がいくつもある。そこでの選挙人の獲得を確実にするという戦法はその是非はともかく、一定の合理性は有る。

残念なのは、この人種の対立が、そうした白人の多い州では少なからず支持を得る状況が生まれていることだ。それは2016年の選挙後に私自身が取材して回った感触でも言えるが、その背景には、2045年に人口に占める白人の割合が50%を割るという米国勢調査局のデータが有る。

「自分たちは多数派ではなくなる」という白人の、特に低所得者の危機感は、2016年より更に強くなっている可能性が有る。トランプ大統領の陣営は、その白人の不安感に働きかけることで勝機を見出す戦術なのだろう。

ただし、陣営とは別に、トランプ大統領には個人的に、もう1つの別の戦略も立てているようにも見える。それは選挙の無効だ。既に記者会見でもそうした発言は出ている。

その標的は、新型コロナ対策として各州で導入が進められている郵便投票だ。これは投票所の密を無くすために投票を郵便を使って行うもので、投票日の消印を得て投函すれば良い。ワシントン・ポスト紙の調べでは8月7日の時点で、既にアメリカの有権者の76%が郵便投票を行える状態だと言う。

トランプ大統領は7月30日の会見で、「(選挙の)延期を望んでいるわけじゃない。選挙はしたい。しかし同時に、選挙結果が出るのを3カ月も待った揚げ句、投票結果がどこかへ行ってしまって選挙が無効になるなんて嫌だからね。(このまま選挙をすれば)そうなる」と発言。郵便投票を導入するなら、選挙を延期すべきとの考えを示している。

延期ができないとわかって今度は、郵便局への新型コロナ対策費の支出を許可しないと言い出している。アメリカの郵便局は国営だ。大統領がそれを逆手にとって郵便投票制度に揺さぶりをかけているというのが大方の見方だ。

加えて郵便投票では「詐欺的行為が出回る」との発言も繰り出し始めた。これについて8月13日の記者会見で記者団に、根拠を示すよう再三求められたが、根拠は示していない。

トランプ大統領の会見(8月13日) ホワイトハウスのwebサイトから
トランプ大統領の会見(8月13日) ホワイトハウスのwebサイトから

では、どういう「詐欺的行為」が出回っていると大統領は主張しているのか?その日の記者会見で次の様に話している。

ロシア、中国、北朝鮮、イランといった国の情報機関は、(アメリカの郵便の中身を)読み、時には書くことで、投票用紙を入手して偽造し、それは大変なことになる」。

つまり郵便投票によって出た投票結果はそれらの国による詐欺的行為の結果になると主張している。こうした発言は何を意味するのか?仮に自身が選挙人の獲得でバイデン氏に敗れた時、選挙の無効を訴えて争うということを示唆していると考えるのが自然だろう。

何れにしろ、こうした諸々の発言は大統領の苦境を示しているとも言える。トランプ大統領は8月15日、次の様にツイートした。

民主党は2020年の選挙が詐欺的な混乱になることを知っている。誰が勝つかわからない!」。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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