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新型コロナ・ファクトチェック)麻生大臣が国会「民度のレベルが違う」発言で触れなかった不都合な真実。

立岩陽一郎InFact編集長
参議院予算委員会で答弁する麻生財務大臣(写真:つのだよしお/アフロ)

新型コロナに関する安倍政権の対応が批判にさらされる中、麻生太郎財務大臣が存在感を増している。6月30日には公明党の斉藤鉄夫幹事長と会談し、衆院解散・総選挙の時期について意見を交わしたことが報じられており、あらためて政権ナンバー2の地位を示した形だ。その麻生大臣は度々その発言が国外で問題視されているが、6月にも国会で、日本の新型コロナウイルス感染死亡者数は少ないとして「(諸外国とは)国民の民度のレベルが違う」からと発言している。民度とはそもそも根拠不明な説明だが、実は、その主張の前提となる事例について麻生大臣は不都合な真実には触れていなかった。

麻生大臣のこの発言があったのは6月4日の参議院財政金融委員会。自民党の中西健治議員の新型コロナに関する「世界の中の日本」について問われた際に答弁したものだ。その発言は以下の通り。

「死亡率が一番問題なんですけど。調べてみたら、人口比で100万人あたり日本は7人。死亡者ですよ。こういうのは結果は死亡者ですから。戦争も何も最終的には死亡者が何人でその戦争が勝ったか負けたかという話になるわけですから。フランスは228人。アメリカが824人。イギリスで309人。日本は7人。『なんか、お前らだけ薬を持っているのか?』ってよく電話かかってきたときに言われたものですけれども、私どもとしては、そういった人たちの質問には、『お宅とうちの国とは国民の民度のレベルが違うんだ』ていつも言ってやるとみな絶句して黙るんですけれども。それをすると後の質問が来なくなるんで、それが一番簡単な答えなので、『クオリティーが違う』と言っていましたけど、このところその人の電話も無くなりましたから、なんとなく定着しているのだと思うんですけども」。

参議院財務委員会で答弁する麻生大臣(6月4日)参議院HPから
参議院財務委員会で答弁する麻生大臣(6月4日)参議院HPから

この後、次のように話している。

「(日本は)島国ですから、連帯的なものも強かった。いろんな意味で国民が政府の要請に対して極めて協調したことなんだと思いますけれども。いろんな意味で暴動が起きたわけでなし国民性が結果論として良かった」。

参議院中継チャンネル 

つまり、麻生大臣の主張は、日本は他国に比べて新型コロナウイルスによる死亡者数が少ないのは、日本人は民度が高く、政府の罰則なしの緩い外出自粛要請にも素直に従った結果、他国に比べて死亡者数が少なくなっているということだ。

この発言はイギリスのフィナンシャル・タイムズ紙が記事にするなど、世界で報じられている。

これについて先ず、麻生大臣の語った100万人あたりの感染死亡者数について確認してみたい。麻生大臣は「フランスは228人。アメリカが824人。イギリスで309人。日本は7人」と例を挙げて日本が如何に感染死亡者が少ないかを語っている。

こうした数字は政府の専門家会議もオクスフォード大学の集計したOur World in Dataを基に示しているので、そのデータから確認した。数値は6月4日時点をとっている。麻生大臣の発言はそれより前の数字ということも考えられるが、さほど大きな数字の変動は無いと見て良いだろう。

Our World in Data(6月4日)
Our World in Data(6月4日)

それによると、日本は7.14で四捨五入をすれば7人となり、麻生大臣が語った通りだ。しかし、フランスは444.61、イギリスは585.22、アメリカは323.79となっていた。四捨五入すると、フランスは445人、イギリスは585人、アメリカは324人となる。アメリカについては324人の3を8と読み違えた可能性が有るが、何れにしても、数字はオクスフォード大学の集計とは大きく異なるものとなっていた。ただし、何れの数字を見ても、日本の7人は極めて少ないことは明らかであり、麻生大臣の発言が事実を曲げたものとはならない

ところで、その同じ数値で日本以外の東アジア、東南アジア各国の人口100万人あたりの感染死者数を多い順位に列挙すると次の様になる。何れも発言のあった6月4日の数字だ。

アジア各国・地域の100万人あたりの死亡者数(筆者作)
アジア各国・地域の100万人あたりの死亡者数(筆者作)

つまり、7人である日本より100万人あたりの感染死亡者が少ない国はインドネシア、韓国、マレーシア、台湾などかなりの数にのぼることがわかる。中国も日本より少ないが、中国の公表数字には異論も有るのでここでは考慮しなくても良いだろう。何れにしても、アジアも含めて考えた時、100万人あたりの感染死亡者数が日本より少ない国が有ることは事実だ

つまり、欧米だけを例に挙げて感染死亡者数を語るのは、都合の良い数字を並べたものでしかない。国会での大臣の発言は重い。特に麻生大臣は副総理という政権ナンバー2の立場でもある。そういう地位の政府高官が不都合な真実を避けて都合の良い話だけをすることは日本全体が誤解されかねない。

ファクトチェックの結果を書くなら、麻生大臣の発言は、日本が欧米主要国に比べて100万人あたりの感染死亡者数が少ない点においては必ずしも誤りとは言えないが、「世界の中の日本」について問われて、日本より100万人あたりの死亡者数が少ないアジアの状況には一切触れずに、「お宅とうちの国とは国民の民度のレベルが違うんだ」や「クオリティーが違う」といった発言につなげており、ミスリードとの判定になる。

この麻生大臣の発言では、「国民の民度のレベルが違う」という点がクローズアップされた。この発言はファクトチェックの対象となる事実ではなく、あくまで麻生大臣の主張と理解できる。その為、ファクトチェックの判定対象とはならない。

ただ、この発言は海外で報じられており、付言しておく。この「民度」は英訳が不可能だったと見えて、フィナンシャル・タイムズ紙は「mindo」とローマ字で表記し、「経済、社会、文化のレベルや生活水準」と説明している。このため、以下にそれを考える際の参考となるリンクを掲載しておく。この議論をすること自体が麻生大臣の「民度」論に与するものと受け取られかねないとの指摘は有るが、それらの指標を見て欲しい。そのどれをとっても日本は必ずしもレベルが高いわけではないことは一目瞭然だ。

1人当たりのGDP

教育水準

ジェンダーギャップ指数

報道の自由度

インファクトはFIJの新型コロナ国際ファクトチェック・プロジェクトに参加しており、この記事にはFIJの藤直哉リサーチャーが協力している。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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