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新型コロナで緊急事態の最中に情報開示を減らそうとする官邸

立岩陽一郎InFact編集長
官邸からの記者会見削減要請について書かれた文書

記者会見を減らす官邸

「閣僚記者会見の回数削減要請の件」と書かれた文書がある。宛名は内閣記者会加盟社各位となっている。出したのは幹事社の共同通信と東京新聞。日付は4月8日。

内閣記者会とは主要メディアの政治部記者が加盟する総理官邸の記者クラブの名称だ。総理会見や官房長官会見は内閣記者会が主催することになっている。

文書には官邸側からの要請として次のことが書かれている。

  • 菅官房長官の記者会見について従来の一日2度から1度に減らしたい。
  • 会見に出席するのは1社「ペン記者」一人とする。

「ペン記者」とはいわゆる取材記者のことで、撮影が専門の写真記者は別という意味だろう。つまり、質問者を制限するということだ。

その理由としては、新型コロナウイルス対応で官房長官の業務が増大していることと、官邸内での感染拡大を防止することが挙げられているという。

この文書は幹事社が加盟各社に対してその旨を伝えるもので、幹事社としては、「緊急事態宣言が発令されている状況だからこそ、政府が情報発信し、記者が質問する機会を確保するべき」と申し入れたという。ただし、「(官房)長官室の意思は固い印象を受けます」とも書かれている。

官房長官会見は現状でも十分な質疑が行われていないことが度々問題になっている。そうした中で会見の数を削減することは、この未曽有の危機にあって政府が情報の開示を制限しようとするものだ。文書によれば、官房長官のかわりに官房副長官か内閣広報官が対応すると言っているという。官房長官は内閣のスポークスパーソンだ。その責任は重く、それが故に官房長官の会見に意味が有る。誰でも良いというわけにはいかない。

こうした動きは他にもある。報道によると、参院自民党が国会での厚労省への質問を自粛することを党内で申し合わせたという。対策に追われる厚労省に負荷をかけないことが理由だという。

こうした政府、与党の動きは、同じ理屈から出ている。それは、政策は説明より重要というものだ。それは説明などするより、政策に専念して欲しいという一見わかりやすい理屈となる。

世界から評価されていない日本の対応

政府首脳の会見、国会という国民への説明責任の場の何れの役割をも軽視する行為だが、それに対して、政策と説明は車の両輪といった理屈でのみ反論する気は無い。しかし、説明の無い政策は結果的に機能しないという現実は示しておきたい。

あまり知られていないが、日本の新型コロナウイルス対策は世界からあまり高く評価されていない。それは高橋浩祐氏がYahoo!ニュース個人在日アメリカ大使館、日本の新型コロナ検査不足を指摘「有病率を正確に把握するのは困難」で書いている通り、在日アメリカ大使館の「幅広く検査をしないという日本政府の決定によって、新型コロナウイルスの有病率を正確に把握することが困難になっている」との告知に示されている。世界で最も感染者数の多いアメリカが、日本にいるアメリカ人に向けて安全のため、帰国するよう促しているものだ。

こうした疑問の声は以前からあった。CNNテレビは3月21日(米東部時間)の番組で、日本駐在のウィル・リプリー記者が、「日本のこの段階での検査の累計は韓国の一日の検査数と同じだ。これで各国がこの国を信用することはできるのだろうか?」と疑問を投げかけている。

それはアメリカだけではない。私は各国のジャーナリストとこの問題で流される情報のファクトチェックを行っているが、イタリアのメディアからは日本の状況についていくつか質問を受けている。その中には、「日本政府は感染者数の中に無症状の人を含めているか?」とか、「新型コロナウイルスの感染死以外の死者は増えているか?」という質問が有った。つまり、日本政府が発表している感染者数、感染死者数に疑問の目が向けられているということだ。

国内からも疑問の声

それは海外からだけではない。3月24日に東京オリンピック・パラリンピックの延期が決まった後に東京都での感染者数が増えた点をとらまえて、ネット上では、「感染者が増えたのは五輪延期決定で検査を抑制する必要がなくなったから」といった指摘が拡散している。

これは根拠の明確ではない乱暴な指摘だ。しかし、その一方で、なぜ日本政府が検査を抑制してきたのかについては、実は明確な説明は無い。専門家会議の尾身茂副座長は、日本の検査システムでは無症状な感染者は把握できないことを認めている。それは、クラスター(感染者集団)の追跡を重視しているからだとも説明している。それによって医療崩壊を防げているという説明もなされている。

政策についての説明が無い日本

ただ、実際には当初からそういう方針だったわけではないようだ。当初の政府の方針では、検査数の抑制ということは強調されていない。むしろ逆だ。政府が新型コロナウイルス対策を本格化させるのは2月14日に専門家会議を立ち上げてからと言えるが、その立ち上げの事前会議となった前日、2月13日の緊急対策で決められた方針では、「病原体等の迅速な検査体制の強化等」と題して、「全国に83ある地方衛生研究所の概ね全てでリアルタイムのPCR検査を実施可能とすることを目指す。また、大学や民間検査機関への外部委託も活用するとともに、検査用試薬が不足することのないよう所要の予算を確保する」としている。

新型コロナウイルス感染症に関する緊急対応

ところが、2月25日の基本方針ではトーンが変る。「感染の流行を早期に終息させるためには、クラスター(集団)が次のクラスター(集団)を生み出すことを防止することが極めて重要であり、徹底した対策を講じていくべきである」と、13日で記された「検査体制の強化」から「クラスター対策」による集団感染の解明に重点が移行する。

新型コロナウイルス感染症対策の基本方針

私は方針変更の是非を問題にしているのではない。なぜ方針変更が行われたのかを説明して欲しいのだ。広範な検査を行うことで医療崩壊が起きるという説明については異論も有る。日本とは桁違いに多くの検査を実施しているドイツや韓国で医療崩壊が起きているとは聞かない。WHO事務局長上級顧問で英キングス・カレッジ・ロンドン教授の渋谷健司氏は検査の抑制に否定的な見解を示している。

東京は手遅れに近い、検査抑制の限界を認めよ

オリンピック・パラリンピックの延期と検査数を関連付ける言説の拡散については、一笑に付して済ませる話ではない。それは人々の中に政策への不信感を生み出し、それは必ず政策の遂行を阻害する要因となる。

安倍総理は何度も「お願い」を口にしたのだが

冒頭の内閣記者会の文書は4月8日に各社に配布されたものだ。その前日には安倍総理が非常事態宣言を発している。その会見の肝は、あらゆる立場の人々への活動の自粛だ。会見冒頭の言葉で、安倍総理は「お願いします」を10回近く口にしている。それはなぜか?全ての人が協力しなければ、政府の非常事態宣言は効果を生まないからだ。では、情報を抑制していて「お願いします」を繰り返すだけで、人々は「お願い」を受けるだろうか?私は無理だと思う。

そういう意味で、政府与党の情報開示に後ろ向きな姿勢は、そのトップである安倍総理の意向に逆らう行為だとも言える。情報は出さない、要請には従えというのでは人々は動かない。最悪の事態を回避するためには、情報開示に後ろ向きな姿勢は許されないと考えるべきだ。

今まさに、内閣記者会はその性根が問われている。文書に記した「緊急事態宣言が発令されている状況だからこそ、政府が情報発信し、記者が質問する機会を確保するべき」はジャーナリストの勝手な理屈ではない。人々の思いだ。情報開示を抑制する政府は国の内外からけして信用されない。日本をそういう国にしてはいけない。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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