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小泉初入閣報道に欠けている本当に重要な話

立岩陽一郎InFact編集長
第四次安倍内閣の閣僚集合写真(写真:ロイター/アフロ)

小泉進次郎議員の初入閣騒動は、日本のメディアの欠陥を物語って余りある。入閣するかしないかで盛り上がり、入閣した後は安倍総理の後継候補と騒ぎ立てる。そこからは本当に必要な報道が完全に抜け落ちている。

閣僚人事が発表された9月11日の朝、アメリカのCNNテレビは東京電力福島第一原発の汚染水問題を取り上げた。アメリカ時間では夜のゴールデンタイムのニュース時間だ。その中で、汚染水をタンクに貯め続ける状況が限界に近付いていること、海洋への放出が検討されていること、しかし菅官房長官は何も決まっていないと言い続けていることなどを伝えていた。更に、汚染水の海洋への放出については各国から厳しい目が向けられており、特に日韓関係の火種の1つとなっていることも伝えていた。

この汚染水への対応は、東京電力が独自に判断できるものではない。極めて政治的な判断であり、直接的には環境大臣の仕事となる。つまり、環境大臣はかつてない重要な判断を迫られるポストとなっているわけだ。小泉議員の去就が注目なのではない。その極めて重要で、後述するように困難なポストに小泉議員が就いたことが注目されるべきだ。

汚染水と言われているものは、メルトダウンを起こした福島第一原発の炉心を冷却して放射性物質を含んだ水だ。このうち放射性セシウムなどは除去されるが、トリチウムは除去されずに残り、それを敷地内に次々に建造しているタンクに貯めこんでいる。トリチウムを水から分離する技術は無いが、タンクで貯め続けることも困難だ。

この汚染水への対応は長く議論されてきた問題だ。原子力規制委員会は汚染水を薄めた上で海洋に放出することに既に言及している。専門家の中にはトリチウムは放出しても危険性が無いと主張する人もいる。しかし、それを否定する専門家もいる。当然、漁の再開を目指す漁業関係者には痛手になる。

こうして考えると、小泉新環境大臣の今後は茨の道が予想される。仮に、海洋への放出を決定すれば、地元に説明するのは環境大臣の責務となる。福島の漁業関係者や住民から若い大臣が突き上げを食らう姿が容易に想像できる。

更に言えば、反原発を主張して今も人気のある父親、つまり小泉純一郎氏に対するけん制ともなる。汚染水を放出する決定を下す以上、原子力村の一員としてのイメージが広がるからだ。

つまり、今回の小泉入閣は、安倍総理の後継云々という甘い話ではない。むしろ、そうした厳しい状況を考えての判断だと見た方が自然だ。勿論、小泉新大臣が汚染水への対応を先送りすることも可能だ。しかし、「先送り」は小泉大臣の常日頃の言動に反する。安倍総理はそれも見越している筈だ。先送りすれば政治家としての力量に失望が広がり、決定を下せば福島の人々から強い反発を受ける。安倍総理、菅官房長官としては、「さて、お手並み拝見」と言った心境だろう。

勿論、別の方法もある。汚染水を蒸発させるという案だ。蒸発させるとトリチウムは大気中で拡散する。海洋の汚染は回避できるが、各地に散ることになる。1979年に起きたアメリカのスリーマイル島原発事故の時は汚染水を蒸発させている。因果関係は不明だが、風下の住民に高い割合でがんが発生したとの報告がある。

入閣イコール安倍総理の後継候補という解説は政治記者や評論家の好む話で、テレビの情報番組はそれを垂れ流していたが、環境大臣が直面する厳しい状況を視野に入れた分析が無ければ単なる与太話に過ぎない。

勿論、永田町や官邸を取材していない私には、安倍総理の考えなど全くわからない。しかし私がここに書いていることは否定できない事実だ。それらを考慮せずに環境大臣人事を決めたとは思えない。そして、汚染水問題は喫緊の課題だ。

もっとも、汚染水を貯め続けるという判断も当然有る。また、汚染水の放出を認めるかわりに東京電力に原発を止めさせるという判断も有るだろう。それは、少なからぬ犠牲は出るが、脱原発を求める人々からは支持されるかもしれない。何れにせよ、環境大臣の判断が政府の決定に大きく影響することは間違いない。

小泉環境大臣の今後を、安倍総理の後継話という与太話ではなく、福島第一原発或いは原発全般への対応という観点から注目する必要がある。当然それは厳しい目で、となる。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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