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「隠れ辺野古容認派」 ここに来て語られるようになったある有権者グループの存在

立岩陽一郎InFact編集長
米軍基地前にたてられた沖縄知事選挙の掲示板(撮影:ニュースのタネ)

「辺野古移設に賛成しているわけではないが、それを言っていたら、いつまでたっても普天間基地は返還されないんじゃないかって、そう思っている人は多いはず」

選挙戦の取材で訪れた那覇で会った友人はそう語った。長年タクシー運転手をしている古い友人だ。自分もそうだと話した。

9月30日に投開票が行われる沖縄知事選。佐喜真淳前宜野湾市長と玉城デニー前衆議院議員との事実上の一騎打ちとなっている。

佐喜真候補、玉城候補ともに普天間基地の返還を求めている。ただし、政府が進める名護市辺野古への移設についての判断については異なる。玉城候補は明確に反対を表明している。一方、佐喜真候補は是非を明らかにしていないが、政府と対立するのではなく話し合いによって普天間基地の返還を進めると話しており、事実上、辺野古移設を容認していると見るのが自然だ。

友人は投票については、どちらに投票するかは決めていないと語った。ただし、「『普天間』以外の政策を見て判断する」と語った。

読谷村に住む友人も、「辺野古に移すのはベストじゃないさ。でも、ベターなんじゃないか。だって、本当に普天間は危ないわけさ」と語った。アパートを経営している。

「(他人には)言うわけないさ」と言う。

「政府の言っていることはおかしい」とも言う。しかし、このまま普天間基地が固定化すれば、やがて事故が起きて大惨事になると感じている。

「(ヘリコプターが)大学に落ちているからね。もう一回落ちてみな。大変なはずよ」

こうした人たちは、世論調査で「辺野古への移設について」と問われたら、取り敢えず「反対」と答える。しかし、投票する際には、必ずしもその答えに縛られない。

隠れ辺野古容認派と言うのかな。そういう人は多いはずよ」と読谷村の友人が苦く笑った。

「隠れ辺野古容認派」。新聞社の世論調査には現れない有権者のグループだ。

これは実は既にアメリカで起きたことだとも言える。「隠れトランプ派」の存在だ。2016年の大統領選挙では、世論調査で「トランプ支持」と答える人は多くなかった。それは、「トランプ支持」を語ることが「常識の無い人」、「まともでない人」、「差別主義者」などとマイナスで見られる風潮があったからだ。

実は、沖縄でも既にそれに似た風潮が出ているという指摘がある。今年2月に行われた名護市長選挙だ。辺野古移設反対を掲げて三選を目指した現職は世論調査では優位にいるとされた。しかし敗れた。

匿名を条件で取材に応じた地元新聞の記者は、「調査結果と逆になった。ショックだった」と明かす。

今回の知事選では、一部の世論調査で玉城候補を佐喜真候補が追う展開と出ている。つまり接戦だが、玉城候補が佐喜真候補をリードしているということだ。

「今回の知事選挙でも、名護のようにならないとは限らない」、と記者は語った。

「世論調査はまったくあてにならない。そう思っている新聞記者は私だけじゃない」

この記事を掲載して1時間ほど経って別の沖縄の友人から電話を受けた。沖縄県警の元幹部だ。

「私も、この記事にある隠れ容認派かもしれない」

警察OBという点で、容認派であっても不思議ではない。しかし、「隠れ容認派」だという。

「やはり普天間基地の危険性を知っている人間として、より良い選択をしないといけない」

しかし、今回の選挙では誰にも投票しないという。

「移設容認だからと言って、心から賛成しているわけではないから」だと言った。

「辺野古で、本土から警備実施で来ている若いのが、『土人』って言っただろ。あれは許せない。ああいう発言が出てくるような状況で、政府の言いなりになるわけにはいかんのだよ」

その昔、今の天皇陛下が皇太子として沖縄に来た際、警備を担当し、「皇太子殿下のお命は、私の命にかけてお守りする」と語っていた警察官は、そう語った。

「今、普天間の小学校では、子どもたちが防空壕に避難する訓練をしているんだよ。戦争が終わって70年が過ぎて、子どもが防空壕に逃げる訓練をしているところって、本土にあるのか?」

「辺野古容認なんて、したくないに決まっているんだ。それでも、防空壕に逃げる訓練なんか、子どもにさせちゃいかん。それを本土の人にわかってほしいんだよ」

そう言って絶句した元幹部。その複雑な思いを記録しておきたい。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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