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米メディア400超がトランプ大統領に反撃 それが意味するものは何か

立岩陽一郎InFact編集長
記者会見をするトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

トランプ政権は発足の当初から様々な疑惑を指摘されてきたが、11月の中間選挙を前に更に疑惑は深まっている。その一方で、大統領は疑惑を報じるメディアを「フェイクニュース(嘘のニュース)」と揶揄し、「フェイクニュースを流すメディアは米国民の敵だ」などとする主張を展開している。こうした中、大統領から敵視されてきた米メディアが反撃に出た。(池純一郎/コロンビア大学客員研究員)

8月16日、全米の新聞などが報道の自由を訴える共通テーマで論説を一斉に掲載した。掲載を呼び掛けたのは地方有力紙ボストン・グローブ紙で、同紙によると、参加した新聞社・団体は400超にのぼる。ボストン・グローブ紙は140年以上の伝統を持ち、カトリック教会の組織的な腐敗を暴く大スクープを筆頭に周到な調査報道で知られている。

この日の同紙社説は「ジャーナリストは敵でない」と題されている。「腐敗した政体は、自由なメディアを、政府が牛耳るメディアに置き換えようと常に試みてきた」、そう書き出すこの社説は他紙の論説とあわせてサイト上に掲載された。同紙が一斉掲載を呼びかけるきっかけとなったのは、メディアを「米国民の敵」と呼ぶトランプ大統領の発言である。

大統領のツイートを集計している専門サイト「トランプ・ツイッター・アーカイブ」によると、トランプは大統領就任から8月16日までの間に4300超のツイートを発信し、うち280ほどでメディアについて「フェイクニュース(嘘のニュース)」などと攻撃している。「米国民の敵」という表現を大統領は就任直後から口にしていたが、最近になって再びツイッター上でも繰り返すようになった。いわく、

「ロシアとの首脳会談は大きな成功をおさめた。米国民の真の敵であるフェイクニュース・メディアを別にすればだが」(7月19日付ツイート)

「フェイクニュース・メディアは、私が彼らのことを米国民の敵と呼ぶのを嫌がる。それが本当のことだと知っているからだ。(…)彼らは意図的に分断と不信感を作り出し、戦争すら引き起こしかねない!彼らは実に危険で病んでいる!」(8月5日付ツイート)

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(メディアを「米国民の敵」と断じるトランプ大統領のツイート)

ボストン・グローブ紙の呼びかけに応じて論説を掲載した新聞社・団体は、2016年の大統領選挙でトランプが圧勝した州も含め全米各地に散らばっている。発行部数はさまざまだが、いずれもトランプ大統領の発言を厳しく批判している。

「私たちは報道機関として、健全さを求める呼びかけに賛同する。トランプが私たちに敵というレッテルを貼るとき、彼は過激派に対して直接行動や暴力の可能性へ道を開く招待状を出しているも同然だ」(ミズーリ州『セントルイス・ディスパッチ』)

「自由世界のリーダーがメディアに対する人々の信頼を掘り崩し続けるならば、米国内においても世界においてもその影響は巨大だ。かつて米国は、自由で開かれた政府を世界に対する模範として掲げた。(…) もはやいわれなき批判を座視していることはできない。われわれの自由な社会におけるジャーナリズムの役割はきわめて重要で、これ以上の浸食は容認できない」(ネブラスカ州『シューアード・インディペンデント』)

「自由なメディアを支えることは、真実を支えることに等しい。その真実とは、不正に手を染める人々が忌避するものも含めた、あらゆる真実である」(ミネソタ州『ダルース・ニュース・トリビューン』)

「私たちの新聞は、チェックされない権力と不当な特権との敵である」(イリノイ州『シカゴ・サンタイムズ』)

トランプ大統領が「米国民の敵」と名指しするのは、政権批判をためらわないメディアである。一方で大統領とその政策方針を支持するメディアには一貫して友好的だから、彼が「敵」と呼んでいるものは「私の敵」「政権の敵」に他ならない。今回の呼びかけに応じた新聞の一つが次のように述べているのは急所をついている。

「トランプが真摯なメディアと呼ぶものは、何事にも疑念を抱かず、何を調査することもなく、真実を追い求めようとしないメディアだ。(…)ジャーナリストは結果がどうなろうと真実を追求する。トランプはそれを恐れている」(アラバマ州『アニストン・スター』)

多くの論説が自由主義を擁護するジェファーソンやジョン・アダムズの言を引いたのは、自由主義が米国建国以来の主要理念と意識されているからである。権力に対する懐疑を特徴とする自由主義のもとで政府への批判が生まれるのは避けがたい。トランプ大統領の主張はそうした米国の伝統そのものに背を向けているからこそ、メディアからの強い批判を招いた。

しかし今回キャンペーンを主導したボストン・グローブ紙は、米国社会の厳しい現実にも言及している。

「米国においてメディアが果たす重要な役割について、かつては主義主張や世代を超えた広範な合意が存在した。しかしすでに多くのアメリカ人は、もはやそうは考えていない。今月行われた調査によると、『ニュースメディアは米国民の敵である』という感覚は共和党支持者に限れば48%に支持されている。(…)アメリカ人の4分の1超は、『悪い行いをしたメディアについて大統領は閉鎖を命じる権限を持つべきだ』と答えている」

 

最近ワシントン・ポスト紙が行った報道によると、トランプ大統領は就任後の1年半で実に4200超の完全に誤った、または誤解をまねく主張を行ったが、トランプ支持層に限れば、現政権が誤った主張を行ったと考える人はわずか17%にすぎない。そこには「何を事実と信じようとするか」を巡る深い分断がある。

「オルタナティブ・ファクト(もう一つの真実)」とは、かつて大統領顧問が口にして大方の失笑を買った表現だが、いまや「オルタナティブ・ファクト」は大手を振って歩いているかのようだ、と『ボストン・グローブ』紙は嘆く。

メディアの危機は、事実を巡る党派的な分断にとどまらない。メディアが市民から縁遠くなっているという印象は、米国東部のリベラルな大学ですら教員や学生たちが当たり前に口にするようになった。メディアは自らが好む物語に沿って事実を並べ替えるが、その物語はすでに市民が違和感を抱くものになっている。そんな不満が広く共有されている。トランプ大統領がつねに標的とするニューヨーク・タイムズ紙も今回のキャンペーンに参加しているが、その社説が「自由な報道はあなたを必要としている」と題して市民にメディアとの協働を呼びかけたのは、そうした空気を反映してのことだろう。

「ボストン・グローブ紙の呼びかけに応えて、私たち『タイムズ』も大小数百の新聞社とともに、アメリカの自由な報道がもつ価値の意味について再考をうながしたいと思う。あなたがもし地元の新聞を購読していなければ、ぜひ読んでみていただきたい。かれらがよい仕事をしたと思えば賞賛の言葉を送り、もっとうまくできると考えたら批判していただきたい。私たちは一つの同じ仕事に取り組んでいるのだ」(ニューヨーク・タイムズ)

ところで全米で論説が一斉掲載された朝、トランプ大統領は次のようなツイートを連投した。

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フェイクニュース・メディアは野党だ。われわれの偉大な国にとって悪しき存在だ…しかしわれわれは勝利しつつある!」

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「ボストン・グローブ紙は落ち目のニューヨーク・タイムズ紙に13億ドルで買収され(…)、結局1ドルで売り払われた。そしていま自由な報道を標榜して他のメディアと結託している」。

あるニュースサイトが行ったファクト・チェックによると、この大統領のツイートにもさっそく誤りが含まれている。ボストン・グローブが売却されたのは事実だが、ここに書かれた買収額は間違っているし(正確には11億ドル)、「1ドル」に至っては何の根拠もないのだという。

中間選挙は11月6日に迫っている。トランプ大統領も中間選挙での共和党の勝利になりふり構わぬ姿勢を見せており、就任当初から繰り広げられている大統領vsメディアは更に激しさを増している。

16日付ニューヨーク・タイムズ紙の論説欄。今回の呼びかけに応じた他紙の論説の抜粋を同時掲載した
16日付ニューヨーク・タイムズ紙の論説欄。今回の呼びかけに応じた他紙の論説の抜粋を同時掲載した

・“Journalists Are Not the Enemy” (Boston Globe 8.16)

Trump Twitter Archive

・“President Trump has made 4,229 false or misleading claims in 558 days” (Washingtn Post, 8.1)

・ “NEWS FACT Checking Trump’s Blatant Lie About the Boston Globe” (Hill Reporter, 8.16)

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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