トランプにどう対抗するか 米ジャーナリスト1600人が集結
トランプ政権誕生から半年を迎えた6月22日~25日、米・アリゾナ州でジャーナリスト1600人が一堂に会する大会が開かれた。米国では記者に対するSNSによる脅迫や、書いた記事をフェイクニュース(嘘のニュース)だと決め付けての批判が常態化しつつある。トランプ大統領は、メディアに情報を提供した政府の役人を見つけ出して処罰することも指示している。記者への監視や個人攻撃にどう対応するべきか──熱気を帯びた会場を訪ねた。
「ジャーナリストはどう身を守るのか」
大会を主催したのはIRE=米国調査報道会(Investigative Reporters & Editors)。全米に5000人の会員を持つジャーナリストの団体だ。大会はホテルを借り切って3泊4日で開かれた。新聞、テレビ、通信、ネット雑誌の記者、大学の研究者、フリーランス、ブロガー、データ処理の専門家などが参加。メディアを敵視するトランプ政権への危機感から、参加者数は過去最大規模の1600人超となった。200を超えるセッションがホテルの各会議場で行われ、参加者は缶詰で議論を交わした。
今回の大会で特徴だったのは、「ジャーナリストはどう身を守るべきか」「情報源をどう守るか」といったセッションだ。
記者のスマホを盗み見るFBIの技術 対抗策学ぶ
その1つに顔を出すと、講師はFBI(連邦捜査局)の元捜査官だった。長年、スパイの摘発を担ってきたトーマス・リフトン氏。
リフトン氏は、ジャーナリストは情報源(取材対象者)を守れるのかという観点で講義。自身が所属していたFBIではどうやってジャーナリストの情報源を割り出すか?その驚愕な手口を明かした。
「まず、自分は常に狙われていると思った方が良い。例えば、携帯端末でのやり取りなどは基本的に避けるべきだ」
リフトン氏によると、FBIには、記者が携帯端末に打ち込んだテキストを入力と同時に読み取ることができる機械があるという。読み取りを防ぐ方法はジャーナリスト側にはほぼないとし、情報源とのやりとりを携帯端末で行うべきではないと話した。
電話での会話も注意するというのは当然だろうが、1つ「なるほど」と思わせる話があった。
「情報源と電話で話していて話が終わっても、2人で同時に切ってはいけない。FBIがあなたを監視対象にした時、必ず情報源と疑われる人間もモニターしている。その2人が同じタイミングで電話を切れば、それは有力な証拠となる。少なくとも、情報源を追及する材料になる」
FBIも盗聴には裁判所の令状が必要だが、同時に電話を切ったというエピソードは、令状を請求する材料になるという。令状が出て盗聴が可能になれば、把握は更に容易になる。参加者はみな真剣な表情で耳を傾けていた。セッションの後、リフトン氏に、日本でも情報機関と呼ばれる存在は、そういうことをやるのだろうかと尋ねた。
「日本の情報機関だって同じことをやる。やろうと思えばこのくらいのことはやれるし、既にやっているかもしれない」
当初は取材に浮かれていたトランプ大統領が急変
別のセッションものぞいてみた。CNNのデスクを務めるイスマエル・エストラーダ氏が、トランプ大統領の豹変ぶりを実際のニュースを使って説明していた。
それは、トランプ大統領が候補者だったときの集会の様子をとらえた映像だ。「CNNの記者さん、こっちに来て」とトランプ大統領が記者に向かって声をかけている。この映像は未公開で放送されていない。CNNの取材班を見たトランプ大統領が大喜びで集会場に来た有力者を次々に紹介している。上機嫌だ。
CNNは取材後、この集会の様子を「300人余り入る会場で200人しか人が入っていなかった」と報じた。その報道の直後、トランプ大統領の態度は一変する。得意のツイッター批判を始めるのだ。
「CNNの記者は本当にひどい…集会は満席で、人が前に押しかけて大変だった。それなのにCNNは嘘を流して参加者を少なく言っている。フェイクニュースだ」と怒りをあらわにした。
エストラーダ氏は、「事実をありのままに報じたもので、訂正すべき内容が全く見つからない。批判をどう受け止めれば良いのかわからないというのが正直なところだ」
ジャーナリストの安全の確保に取り組んできたコロンビア大学ジャーナリズム大学院のブルース・シャピロ氏はこう解説する。
「記者を萎縮させる行為が、ソーシャルメディアによって簡単に行える状態となっている。しかも、それを大統領が行うという極めて異常な事態が起きている」
「メディア監視」実はオバマ政権から始まっていた
シャピロ氏は、記者への政府の監視はトランプ政権より前から行われていると語った。
「実は、ジャーナリストが政府の監視対象になっているとの報告が急増するのはオバマ政権(2009年~2017年1月)からだ。オバマ政権下で、ジャーナリストへの情報漏洩で逮捕される政府職員が相次いでいる。これは即ち、ジャーナリストが監視対象になった結果とみていい」
「ただし」と、シャピロ氏は続けた。
「その流れはトランプ政権によって更に悪い方へ向かっている。トランプ大統領のメディア敵視発言によって、政府がジャーナリストを攻撃したり、監視したりすることへの敷居がさらに下がってしまった」
こうした流れを参加者はどう受け止めているのだろうか。熱心に聴いていた若い参加者に話をきいた。アディエル・カプランさん。今は小規模なネット・メディアでジャーナリストをしており、今年からコロンビア大学ジャーナリズム大学院で学ぶという。
「昔からジャーナリストが逮捕される国があるっていう話を聴いていて、本当にそういう国のジャーナリストは大変だと思っていた。でも、実は自分の国もそうなんだと聞いて、ちょっとショックを受けている。多くのジャーナリストがこの国に逃れてきて活動を続けているのに、この国が危険になったら、ジャーナリストはどこに行けば良いの?」
それでも、未来に希望が有ると話した。
「これだけのジャーナリストが全米から集まり、皆で互いの技能を高めている。こういう機会を生かしていけば、ジャーナリストは負けないと思う」
「記者は消せども、記事は消せず」 41年前の事件を噛みしめる大会
大会を主催したIRE事務局長のダグ・ハディックス氏は、こう語る。
「トランプ大統領はメディアへの敵視を隠さない。そのことで、大統領の周辺もジャーナリストを攻撃してよいのだと受け取りかねない状態になっている。極めて危険だ。今、我々はもう一度、原点に立ち返らなければならない」
原点とは何か。
41年前の6月、この大会の開かれているアリゾナで、地元紙の記者が亡くなった。車に仕掛けられた爆弾で爆死したのだ。記者は地方政治とマフィアの癒着を取材していた。この日に情報源に会う予定になっていたという。マフィアや政治家にとって、不都合な真実に近づこうとしたため殺されたと見られる。
事件の捜査は進まず、迷宮入りかと思われた。その時、全米からアリゾナにジャーナリストが集まった。警察も行政も動かない中、1つ1つ証拠を固め、最後に犯人を割り出した。「アリゾナ・プロジェクト」という名で米国のジャーナリストに語り継がれている。
このプロジェクトは、当時発足したばかりのIREが主導したものだった。そして40年以上経って再びこの地にジャーナリストを集めたのには意味があった。それは、当時の合言葉、「You can kill journalists, but you cannot kill stories(記者は消せども、記事は消せず)」を今一度思い出すこと。
「その言葉を今再び、みなで噛みしめようということ」ハディックス氏は大会の狙いを説明する。
ハディックス氏は今後の米国のジャーナリズムについて明るい展望を見ているのだろうか?
「希望と不安が半々というのが正直なところだ。もっと厳しい状況が来るかもしれない」
と、そこまで言って考え直したかの様に、言葉をつないだ。
「でも、この大会を見て欲しい。これだけの人が参加してみながつながりを持っている。ジャーナリストというのは米国憲法に守られた存在だ。ジャーナリストが健全な民主主義に不可欠だということを米国民は理解している。それは変わっていない。だから、私たちはそれを信じて、更に前に向かっていかなければならない」
【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています】