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側近の辞職でトランプ大統領が犯人捜しを指示

立岩陽一郎InFact編集長
トランプ大統領と辞職したフリン氏(写真:ロイター/アフロ)

トランプ大統領の側近で安全保障担当補佐官だったマイケル・フリン氏がその職を辞し、後任にはデビッド・ペトレイアス元CIA長官の名前などが挙がっている。側近の辞任に沈黙を貫くトランプ大統領だが、辞表が届いて最初に出した指示は、情報漏洩の犯人捜しだったという。

フリン氏の辞任の引き鉄となったのはワシントン・ポスト紙が9日に報じた、情報機関及び捜査機関の盗聴記録だ。そこには、フリン氏とセルゲイ・キスリヤク駐米ロシア大使との間で行われた複数の電話でのやり取りが記録されており、そこで、オバマ政権がロシア政府に科す制裁についてやり取りがあったことが確認できたというものだった。

●普通に行われている盗聴

因みに、当局による盗聴は米国では珍しいことではない。情報機関であるCIAは勿論だが、捜査機関であるFBIについても、盗聴は普通に行われている捜査手法の1つでしかない。贈収賄事件の捜査に使われ、現金のやり取りの現場で交わされた会話の記録が裁判所に提出されるなども珍しいことではない。

例えば、5年前に、ワシントンDC近郊にプリンス・ジョージ郡という自治体の長が収賄で逮捕された事件。裁判所に提出されたFBIの捜査記録に次のような内容がある。

「あなた、FBIよ」

「なに?」

「FBIが来ているわよ」

「捨てろ」

「何?」

「小切手だ」

「わかったわ」

シャー(トイレを流す音)

これはFBI捜査官が家宅捜索に来た時の盗聴記録だ。妻が郡長に指示されて収賄の証拠である小切手をトイレに捨てた場面。その細かいやり取りが活字になっている。こう言っては何だが、市長の収賄を立件する程度の事件でも盗聴は使われている。

盗聴についてはその事実を連邦議会の情報委員会に報告することになっている。しかし透明性が確保されているかというと定かでなく、盗聴について市民の側から監視している人権団体「ACLU」も、全てを把握できているとは思わないと話している。

このため、ロシア大使の会話が盗聴されていたということについて批判の声は聴かれない。逆に、14日朝のNBCテレビのニュース番組では、キャスターが、「情報機関にいたにも関わらず、ロシア大使の電話が盗聴されているとも知らないなんて、そんな人間を安全保障担当補佐官に任命したのか?」とトランプ大統領のアドバイザーであるキャリー・コーンウェイ氏を追及している。

参考記事:情報機関はトランプ氏に何を語ったのか

●9人もの人間が自分に敵対

表向き一言も発していないトランプ大統領だが、これが大きな痛手でることは間違いない。しかし、その痛手は側近を失ったことよりも、情報機関がマスコミの取材に協力したことにあると見られている。

ワシントン・ポスト紙は記事について、その内容を知り得る9人に確認をとったと明らかにしている。トランプ大統領からすれば、情報機関の9人もの関係者が大統領である自分に敵対したことになる。フリン氏の辞任後の最初の指示が、犯人捜し、つまりワシントン・ポスト紙の取材に応じた人間の割り出しだったというのは、トランプ大統領の心情を物語って余り有る。

トランプ大統領は就任後の最初の業務としてCIAを訪れ、マスコミ批判を繰り広げている。そこに込めた意味は、マスコミは敵だが我々は仲間だというものだった。それが見事に裏切られた形となったわけで、怒りを鎮めろという方が無理かもしれない。

しかしワシントンで取材している米公共放送NPRのベテラン記者は、そういうトランプ大統領の対応に批判的だ。

「犯人探しも良いが、他にやることが有ることをトランプ大統領は知るべきだ。なぜ、それだけ多くの人間が取材に協力するのか。そこには理由が有るはずで、そこに思い至らないと、自分にとって不都合な真実はこれからも出てくる。それはこの国が健全な民主主義国家でることの証なんだ」

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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