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「魔法使い」岸田政権が少子化対策で打ち出した医療保険へ「支援金」を乗せる制度がはらむ矛盾を徹底検証

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
「明日は今日よりも良くなるよ」(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 岸田文雄政権が掲げる「次元の異なる少子化対策」の財源(年約3.5兆円増)の内訳がようやくハッキリしてきました。なかでも公的医療保険(社会保険の1つ)に合わせて納める1人1月約500円の「支援金」制度の新設が大きな波紋を呼んでいます。

 国会で首相は負担増ではないかという質問に対して「全体の取組を通じて見れば社会保障にかかる国民負担率は上昇しない」と答弁。国民負担率とは所得に対する税と社会保険料の割合で、少子化対策で減税する気はないので「支援金」分だけ率は上がるはず。

 どうやら賃上げと歳出(国の支出)削減で負担率を減らし、その範囲内で支援金を捻出するという論理のようです。そんな魔法のような仕組みは可能でしょうか。徹底検証します。

歳出削減は2兆円以上

 まず賃上げは政府が決めるものではありません。国家公務員給与と最低賃金がせいぜいです。

 歳出削減も国の予算全体でなく社会保障分野限定のはず。なぜならば他は防衛増税の原資になるはずだから。しかも「歳出削減」自体が少子化の財源(1兆円規模)となっているため、支援金の総額約1兆円と合わせて少なくとも2兆円以上の規模を毎年削らないとバランスしません。ここをあいまいにしているのに注意しなければ。

 うち税(一般会計)に占める社会保障関係費は毎年6000億円程度自然に上がっていて減らす余地などほぼゼロ。としたら高齢者の窓口負担(今は1割~2割)を現役並みの3割にするとか医療機関の収入である診療報酬(公定価格)を引き下げるかぐらいしか思いつきません。窓口3割にしても劇的な削減には到底及ばないし、診療報酬下げに至っては来年度「医療従事者の賃上げ」による本体の引き上げが濃厚です。

「甘い見通しで予算を組む」を前提にする「既定予算の活用」の面妖さ

 ちなみに「歳出削減」「支援金」とともに財源1兆円規模を予定している「既定予算の活用」も面妖。予算の未執行分や社会保険料の自然増などを想定するというもハッキリいって変です。

 未執行が、しかも兆単位となれば「甘い見通しで予算を組む」を前提にしないと発生しません。予算編成における厳密性の原則に思い切り反します。近年、繰り越しや決算剰余金が多額に上っているのは確かとはいえ、それが異常なのであって当てにすべき持続可能は財源ではないはず。しかも剰余金の最大半分は防衛費に使われています。なお残り半分は借金返済に回すと財政法が定めているから余地などどこにもありません。

 社会保険料も継続的に「自然増」するか甚だ疑問。支出は自然増するけど収入は? 突っ込みどころ満載です。

「給付と負担の均等原則」と「仕送り」をごちゃ混ぜ

社会保険料は税金と異なって「給付(もらう)と負担(払う)」がハッキリ対応しているのが原則。医療保険ならば病医院でかかった分(自己負担を除く)を負担していると。

 ならばここに少子化対策の負担を乗っけるのは場違い。正当化する説明としてよく持ち出されるのは「子どもが増えれば将来の社会保障制度の担い手が増えるのでトータルで考えれば合理的だ」というもの。

 でこの論理は上記の「給付・反対給付均等の原則」へ「世代間扶助」(仕送り)をごちゃ混ぜにしています。そして、この混在こそ現役世代が給与明細を見るたびに溜め息をつかせる社会保険料の高騰の原因と既になっているのです。日本が抱えるもう1つの難問「高齢化」にともなう「仕送り」。ここがなければ医療保険料は現在の約半額で済むはずです。

「失われた30年」で急激に増えたのが社会保険料

 少子化の原因とされる現役世代の国民負担率の高さ=手取りの減少を「失われた30年」(給料が増えなかった時代)で観察すると、年収800万円未満の雇用者で急激に増えたのが社会保険料で1.5~約2倍。税(所得税と住民税)負担が横ばいだから際立ちます。

 雇用者の負担は労使折半ゆえ「半分で済む」と喜べる半面、経営者は重い負担に苦しんで新規雇用や給与アップに二の足を踏む大きな原因ともなっているのです。

高齢者への仕送りでヒーヒー言っている保険者に少子化対策費を加える

 主に中小企業が入る保険者(医療保険引受人)たる「協会けんぽ」の収入は保険料と公費(税か国債。16.4%)で支出の実に約4割が高齢者医療への拠出金。やっと黒字の綱渡りを強いられています。

 主に大企業が作る健康保険組合は「裕福でしょ!」との理由で収入は原則保険料のみ。それでいて高齢者医療への拠出割合は協会けんぽとほぼ変わらないため半分近くが赤字。

 要するに高齢者(65歳以上)への仕送りで社員(65歳未満)がヒーヒー言っている状態です。そこへ新たに少子化対策への「仕送り」を加えようと。当然この状態で「歳出削減」のメスなど入れようもない。「国民負担率は上昇しない」など夢物語です。

仕送られる側もギリギリ

 では仕送られる側にある国民健康保険後期高齢者医療制度がウハウハなのかというと真っ赤とまでいわずともギリギリしのいでいるのが現状だから救われません。

 後期高齢者医療制度は75歳以上の全員が加入。公費5割、「仕送り」4割、75歳以上1割が負担です。とはいえ何しろ75歳以上の1人あたり医療費は現役の約5倍。年を取ると病気になりやすい上に、重い病気=高い医療費にかかりやすいから。

 国民健康保険は本来農業者や自営業者を対象として発足したものの、近年は年金暮らしの65歳以上74歳未満(=前期高齢者)も多数を占めます。収入基盤は極めて弱く保険料は3分の1程度で同額が公費、さらに同額の「仕送り」で運営する仕組みです。

 低所得者が多数なために本来の財源であるべき保険料収入が厳しさを増していて赤字体質を何とか制度変更などでやりくりしています。

「社会保険料の自然増」が達成できても「自然増」が吸収するだけ

 要するに「給付・反対給付均等の原則」と「世代間扶助」(仕送り)をごちゃ混ぜにした政策だと現役世代は過重負担に悩まされ、高齢者もカツカツで誰も幸せにしないのです。「支援金」はどう言いつくろっても同一政策の子ども版。ならば結果も同一でしょう。

 だいたい医療費の歳出削減などできっこありません。他ならぬ政府の試算で費用は25年に7%、40年に8%増(18年比)とされているからです。これが「出」の「自然増」。給与が上がり続けて政府があてにする「社会保険料の自然増」が達成できたとしても「出」に吸収されるだけ。

 そこで「豊かな高齢者には応分の負担を」という発想が出てきます。でも文字通り「豊か」といえる者は少ない。貯蓄だけみても中央値は1世帯1000~1500万円。多いようで65歳から平均寿命(男性約81歳、女性約87歳)までの約30年の蓄えとして決して十分とはいえません。しかも貯蓄ゼロが約2割いると推測され、年金収入を含めても大半が「豊か」とはほど遠いのです。

過去10年で予算倍増し、いろいろやった結果が今

 予算を倍増すれば出生数や出生率が上がるのかという別の側面も。実は少子化対策関係予算は過去10年で倍増しています。その間、消費増税もあって、いろいろやったのです。「子ども・子育て支援新制度」「夢を紡ぐ子育て支援」「少子化危機突破のための緊急対策」「ニッポン1億総活躍プラン」「子育て安心プラン」などなど(覚えていらっしゃいますか?)。でも結果はご存じの通り。

 子育ての方は公費や社会保険料で給付はそれなりです。保育所補助金、義務教育国庫負担金、高校授業料無償化、育児休業制度、児童手当など。出産適齢期でズッシリ重い負担が社会保険と税なので、ここを軽減しないとどうにもならないはず。

財源は所得税か金融所得課税あたりが的確な気が

 理屈の上では所得税こそ的確な気がします。議論されているN分N乗方式では大部分を占める共働き世帯や適齢期時年収330万円以下(税率10%)への恩恵はゼロに近い。「大金持ちに10人ぐらい生んでもらおう」と振り切るならば別だけど。

 「それはムチャだ」ならば大金持ちの最高税率45%を引き上げて出産世代へ再分配したらいいのでは。あるいは雇用者に問答無用で課す源泉徴収+年末調整制度を改めるとか。岸田さんが当初唱えていた金融所得課税の見直しも悪くない。

 アベノミクスには賛否両論あります。ただ賛成派にしても既に10年を経たから新たな状況で政策変更しても故安倍晋三元首相への冒とくにはなりますまい。「明日は今日よりも良くなると感じられる国を目指す」と言ったのは岸田首相本人。そう信じられたら子どもも生まれる気がするのですが、誰も期待していない現状ではどうしようもありません。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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