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同じ「壁」でも「106万円」と「130万円」は別の話。対象や違いをわかりやすく解説

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
悩ましい(写真:イメージマート)

 政府は親や配偶者の扶養に入りつつパートなどで働く者が社会保険料の負担回避のため「働き控え」する大きな原因となっている「年収の壁」を気にせずにすむ対応策を発表。今月から順次実施されています。

 さまざまな壁のうち焦点は主に「106万円」と「130万円」。ただこの「壁」は独身者や自営業者、正社員などは「何の話?」と知らないケースが多々ある半面で当事者にとっては切実という意識の差が出るところです。なるべくわかりやすく焦点を絞って解説を試みました。

106万円で「減る」「減らない」対象は

 106万円の壁とは主に非正規雇用者(パートやアルバイトなど)がその年収を超えると親や配偶者などの扶養から外れて自ら公的保険料(医療や年金など)を支払わなければならなくなって手取りが減るという問題です。働き先が加入している社会保険制度に強制加入させられるというのと同じ意味。会社はおおむね「法人」で、法人は加入が義務付けられています。

 ただし「減る」「減らない」対象は以下のような条件で変わってくるのです。

親や配偶者が会社員や公務員である。自営業者であったら関係ない。

・「従業員数101人以上」の会社で働いている。100人以下では関係ない。

週20時間以上働いている。時給が高額といった理由で20時間未満であれば関係ない。

・昼間に通っている大学生、専修学校生、高校生は対象外。

・2ヵ月を超えて20時間以上働き、かつ次月以降も継続する見込みであれば3ヵ月目から社会保険に加入する。

 うち「従業員数101人以上」は大きな分かれ目。問答無用の大企業ならば適用されるに決まっているからある意味悩まなくていい。微妙な場合は働く際に確認する必要があるかもしれません。

 ここでいう従業員数とは正社員・正職員の数でも、全雇用者(非正規も含む)でもなく「社会保険の被保険者数」です。

「+αあり」で必ずしも「働き損」ではない

 新たに本人負担となるのは社会保険料はいずれも労使折半となります。なので医療保険料は大きな出費ではないでしょう。問題は年金保険で折半でも相当な額。ただし扶養に入っている場合は老後にもらえる年金が基礎年金部分(建物で例えるならば1階のみに対して法人が義務づけられている「厚生年金」は1階+2階(報酬比例部分という)という仕組み。

 つまりその場の手取りが減ったように感じても実際は老後に2階部分が増えます。細々しているので詳細は省略しますが、医療の方も手厚くなるのです。「+αあり」と認識していたら必ずしも「働き損」とはいえません。

厳しいのは労使折半の「使」分の増加

 政府は「106万円の壁」対策として「壁」解消に努めた会社へ1人最大50万円を助成すると決めました。原資は雇用保険料(企業のみ負担)。「働き損」と感じない程度に働く時間を増やしたり給料を上げたりしたケースを想定するようです。

 会社にとって「働き損」部分のケアは出費であるも、人手不足の折から、その分いい仕事をしてくれれば助かりもします。厳しいのは労使折半の「使」分の増加。そう考えると50万円はそこそこ妥当かと。期間は年金制度の法改正を見込む25年までの暫定措置です。

「130万円」は純粋に負担増

「130万円の壁」は「106万円の壁」とは性質が大きく異なります。制度の延長線上になく別の話だからです

 まず対象。「従業員数101人以上」で働いている者は壁ではありません。「106万円の壁」の次に新たなる「130万円の壁」がやってくるわけではないのです。むしろ逆で「106万円の壁」では関係なかった「従業員数100人以下」で働く者のみに訪れます

 この規模だと週30時間以上働かないと労使折半の社会保険には原則入れません。それは変わらない。何が違うかというと働く時間に関係なく「自営業者と同じ扱いになる」という点です。

 扶養から外れるという点は「106万円の壁」と一緒。会社の保険だと給与から天引きされるのに対して「130万円の壁」を超えた者は以下の義務が発生するのが異なります。

・新たに公的医療保険(国民健康保険)を市長村の窓口などで支払う(口座振替可)。

・新たに基礎年金(=国民年金)を金融機関などで納める。

 親や配偶者の扶養に入っていたら国民健康保険と国民年金は本人負担なしで使え、老後の年金額も同じです。つまり「106万円の壁」にはあった+αはなく、純粋に負担増となるのです。労使折半でもないから全額持ち出し。金額は年間約36万円。131万円になった瞬間に130万円が131万円-36万円=95万円へと7割強へと縮むというわけです。

政府の拡大策と最低賃金との兼ね合い

 したがって政府は「130万円の壁」突破が「一時的」とみなせれば原則連続2年まで扶養に止まれる緩和策を用意しました。たぶんに激変緩和措置の色彩が強く、「だったらバリバリ働こうか」という動機付けには少々弱い。

 実は政府はこれまで、純粋に働き損を生じる「130万円の壁」の該当者を減らすべく+α付きの「106万円の壁」を拡大してきました。22年9月までは「501人以上」を現行の「101人」とし、24年10月からは「51人以上」まで引き下げる計画です。

 とはいえ依然として「106万円の壁」は残るというか対象者が増えるという課題は解決できません。+αありとわかっていても扶養の保険料負担なしの方がいいという方は今後「週20時間」を短くして範囲内に収めようとするでしょう。

 というのも最低賃金が上がっているから。全国平均で時給1004円、東京だと1113円となりました。

 1年を週に換算すると約52。大ざっぱな計算だと1004円×20時間×52週で約104万4千円。東京ならば1113円×20時間×52週で115万7千円と「壁」を突破するのです。

 最低賃金とは法律で「これ未満で働かせてはならない」と義務づける金額。ゆえに調整しようとしたら働く時間の方しか選択肢がなくなります。

「働きたくても働かない」か「働きたいのに働けない」か

 であればそもそもの論点である「壁」自体をなくせばいいという議論はこれまで散々なされてきたのです。「壁」を設けた最大の理由は専業主婦の存在。かつて「働く夫と家庭を守る妻」という役割分担が当然であった時代がありました。背景には夫が正社員として同じ会社で定年まで年功序列の安定した収入があるという前提に基づく現象です。

 でも今やそんな状態は存在しないに等しい。1980年に1100万を超えていた専業主婦世帯は22年だと539万世帯へと半数以下へ激減。対して80年は600万程度であった共働き世帯が22年は1262万に上っています。

 社会保険のうち年金の本人負担がない「3号被保険者」はイコール専業主婦(夫)。現在4割が何らか働いているのです。つまり「働く専業主婦」という言語矛盾が常態化しています。

 「壁」付近で逡巡する方が増えたというのが「壁」問題の本質ならば「働きたくても働かない」選択をするか否かに置き換えてもよさそうです。ならば撤廃こそ上策といえましょう。

 ただし他方で男女の役割分担が根強く残っているのも事実。家庭のさまざまを一手に抱え込んで「働きたいのに働けない」女性にとって「壁」は恵みで正当な権利です。「勤労者皆保険」を実現したいという岸田首相の手腕が問われます。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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