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教員不足は給特法問題だけでない。全員部活化、人材確保法、抑制期に始めた初任者研修、免許取得科目増など

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
無理ゲーだ!(写真:イメージマート)

 政府は7日、来年度予算案の基本方針(骨太の方針)を決める経済財政諮問会議を開き、教員の負担や、それにともなう担い手不足を少しでも改善させるために残業代が出ず、「定額働かせ放題」などと批判されている1971年制定の教員給与特措法(給特法)の見直しを含めた待遇改善を盛り込みました。

 同法に関してはさいたま地裁が21年の民事訴訟の判決で「もはや教育現場の実情に適合していないのではないかとの思いを抱かざるを得ず」と付言しているという事実もあるのです。

 本稿では給特法を入り口に特に国民教育に欠かせない公立小中学校の義務教育現場で教員が抱える問題点を掘り起こしてみます。

勤務内に夏休みなど自由な時間がある?

 雇用される労働者を保護する労働基準法は時間外や休日出勤などへ残業代を支給するのを命じているのに対して教職公務員だけは給特法で月給の4%を「教職調整額」として代わりに払うと決めています。当時の平均残業時間月約8時間に相当する割合です。そうした理由は「教育職員の職務と勤務態様の特殊性に基づ」く「特例」(第1条)があるから。

 では特殊性とは何かを法制定過程から探ると、例えば勤務内に夏休みなど自由な時間があるなどが記録として残っているのです。確かに児童生徒の夏休み≒先生も休みという時代はありました。

 また政令で教員の残業自体を「実習」「学校行事」「職員会議」「非常災害」以外に命じられないともしているのです。

 今やこれが守られているなどという現実は存在しません。まさに「教育現場の実情に適合していない」のです。

かつては「顧問なんて来ていたっけ?」

 最たるものが部活動の顧問といえます。どうやらこの「仕事」を命じられたのでなく教師が自主的に行っているとの解釈。でも現実は明らかに異なっているのです。

 特に中学生の部活に関しては世代ごとに自身の体験からの推測が異なってきます。1960年代半ばぐらいまでに生まれた方は「部活って皆やっていたっけ?」のはず。野球部のような熱心な一部を除いてやっていなかったり、いい加減であった者が多いはず。同じく「顧問なんて来ていたっけ?」と思い出しましょう。

 この世代までは本当にそうでした。給特法ができて10年くらいは。なぜならばこの時期(70年代前後)日本は教育が主要国中で後れを取っているという認識でカリキュラムを濃密にする「現代化カリキュラム」を進めていたから。放課後を楽しもうという発想自体が希薄でした。

80年代から「全員部活」となったわけ

 一転するのが80年代以降。「現代化カリキュラム」の詰め込み一辺倒で約7割の児童生徒が「ついていけない」状況へと陥ったのです。生じた「落ちこぼし」は80年代に大きな社会問題となる校内暴力の一因ともなって政府は「荒れる学校」対策として科目数削減へと転換します。

 と同時に「荒れ」を防ぐ一策として部活動が大いに推奨されるのです。特にスポーツ系は顧問がしごくというような形態で管理していこうという流れといえます。顕著な「荒れ」が沈静した後も「全員部活」路線は変更されず今日に至るのです。

 ちなみに今年注目されている「ブラック校則」の多くも「荒れる学校」時代に起源を持っています。

人材確保法も優位性を失いつつある

 「教員は他の公務員より恵まれている」との根拠にされる人材確保法も優位性を失いつつあるのも見逃せません。

 一説によると当時の田中角栄首相が教育充実を目指して「先生の給料を倍にしろ」といったとかいわないとか。さすがに倍は無理としても1974年成立の人材確保法で給与は25%も引き上げられたのです。

 では現在、給与面で恵まれているかというと微妙。その後ジワッと減少傾向にあるに対して一般公務員は若干上がっていて差はほぼなくなりつつあります。

 教職公務員は昇給しにくい仕組みでもあります。学校教育法が必置とするのは校長、教頭、教諭の3段階。他に副校長、主幹教諭、指導教諭などを「置くことができる」ものの置かなくてもいい。これが例えば国家公務員だと1級から11級(○○省の部長クラス)までとチャンスが際立って多いのです。

近年、教員採用数は増えている

 そんななか叫ばれる教員不足。でも現状、教員採用試験(教採)に合格して教職に就く者は増えています。

 小学校は1980年代に入るまで毎年2万人以上を採用して倍率は3倍強。以後急速に減少して1万人程度まで縮小します。倍率は5倍超。90年代に入ると顕著な減り方を記録し、20世紀末まで3000人台となり倍率は10を上回ったのです。

 今世紀に入って一転。採用数が04年に再び1万人を回復し、近年は1万5000人以上となっています。倍率も緩和され4倍程度から現在は2倍台。

 中学校も増減の傾向はほぼ同じ。多めに採用していた80年代の倍率が5倍超であるのを急速に絞った今世紀初頭には10倍超え。その後は採用増に転じて現在の倍率は4倍程度です。

担い手の大幅な引退による減少分を埋め切れない

 ではなぜ「足りない」のでしょうか。高校も含めて児童生徒数のタイムラグを勘案すると90年代から今世紀初め(高校は10年あたり)までの採用抑制期は第2次ベビーブーマー(71年~74年生)が同時期を過ぎた後とわかります。教育の受け手が少なくなった分だけ新規を絞ったと。

 その時点で現役であった中堅・ベテランの既存数が多かったという教育の担い手の事情が加わります。第1次ベビーブーマー(47年~49年生)が定年(60歳)を迎えるのが2007年から09年。最後に大量採用した80年代の大学新卒も約10年遅れで教壇を去って行くのです。

現在、再び多くを採用し始めたのは子どもの数の増加という受け手の事情というより担い手の大幅な引退による減少分を補てんしている側面が大きいとわかります。「足りない」の多くはこの分を埋め切れていないから。

06年に文科省が抑制方針を撤廃した小学校教諭養成課程は増加

 ならば埋める程度まで採用数を増やせばいいかというと話はそう簡単ではありません。前述の通り、小学校教諭の倍率は2倍台で中学も4倍台。いうまでもなく教員は誰でも務まる仕事ではありません。「倍率が1倍台になってまで雇って大丈夫か」と牽制されているのです。

 もっとも「別に大丈夫だよ」と反論できなくもない。現時点とほぼ同数を採用していた1982年は3.7倍(小学校)、89年は5.4倍(中学校)と、少なくとも中学は有意差がみられず。この論理で深刻なのはやはり小学校といえます。

 免許取得者自体は増えているはず。80年代は地元国立大にほぼ限定されていた小学校教諭養成課程が06年に文科省が抑制方針を撤廃したため私立を中心に続々と設置されてきたので。それでもなお教採の受験者数が増えないのは、やはり労働環境が過酷で敬遠されているからと推定されます。

採用数を絞った90年代から残ったままのくびきとしての初任者研修制度

 冒頭で述べた給特法が課題であるのはいうまでもありません。ただ見過ごせないのは採用数を絞りまくった90年代から今世紀初頭にかけて新たに課されるようになったくびきです。

 最初は89年から始まった初任者研修制度。企業の試用期間に相当し、公務員は法律で6カ月と決まっているところ、教員だけは1年と長い。当時、政府(旧文部省)と激しく対立していた日本教職員組合を掣肘する目的が濃厚とみられます。理屈の上ではこの期間にダメ出しされたら免職。苦労して教採を突破しても目出度く本採用されるのは1年後。そこでクビにされたら1年後、突然無職になるのです。

 内容もなかなかに重厚。週10時間以上、年間300時間以上の校内研修と年間25日以上の校外研修をこなします。もちろん教員としての仕事をした上で、ですから新任早々から相当な重圧と事実上の長時間労働を強いられるのです。

99年から教員免許取得科目が19から31単位と大幅増

 99年からは教員免許を取得するための大学における教職科目が19単位から31単位(中学の場合)に大幅増。教育実習も2週間から4週間に延ばされます。いじめや校内暴力といった新たな現場の課題に対応するためとの目的ですが、特に養成課程でない学生が取得する動機を大いに失わせました

 比較的専門知識を有する高校や中学上級の教員は文学部や理学部などで専門性を養った者も大いに活躍できるはず。でもズシンと重たくなった教職課程を追加で取得するのはつらく敬遠される要因となっています。

「生涯有効」と聞いていた取得者を怒らせた教員免許更新制は廃止

 ダメ押しのようにやってきたのが09年にスタートした教員免許更新制。無期限であった免許が「有効期限10年」に変更され、30時間以上の更新講習を受けなくてはなりません。

 憤激したのは09年3月以前に大学を卒業して免許を取得した者(旧免許)。「生涯有効」と聞いていたから頑張ったという面もあるから。この頃はすでに教師不足が問題視されていて旧免許取得者にも登板してもらおうという期待があったものの、他の職に就いていて「生涯有効」をホゴにされた取得者が教員に転じるにしても「話が違う」更新講習なぞ何が悲しくて受けねばならないのかとそっぽを向いたのです。

 22年7月、ようやく更新制は廃止されました。遅きに失したといわれても仕方ありません。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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