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首相肝いりの「異次元の少子化対策」財源に狙われる聞き慣れない「子ども・子育て拠出金」の姿に迫る

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
狙われています。(写真:イメージマート)

 3月30日付「日本経済新聞」は自民党が少子化対策で党内の主張を盛り込んだ59項目におよぶ「論点整理」を政府に示したと報じました。そのなかで「党幹部」の話として「必要な予算総額が年8兆円規模」と試算したとも。

 同党の茂木敏充幹事長は財源について「保険料について検討」と発言。これらを前提に5日の衆議院厚生労働委員会で山井和則議員が「機械的に計算し」たら「年間で約10万円の負担増になりかねない」と質問。加藤勝信厚生労働相は「8兆円」は「党が出したものの全部」「やれば」で、かつ全額(社会保険料)で捻出すれば」という「数字なんだろう」と答弁。否定しませんでした。

 実は社会保険料とともに検討されているのが「子ども・子育て拠出金」増額。あまり触れられていないので本稿の主題とします。

カネに色は付いていないから税だろうが保険料だろうが手取りに響く

 まず社会保険料の「そもそも」論。正社員ならば毎月給料から天引きされています。率の高い順に年金・医療・介護(40歳以上)など。労使折半(半分は会社や団体が持つ)なので会社負担の半分を除くと山井氏の試算で手取りに反映されるのは年約5万円となります。

 現在の社会保険料は年収400万円で約60万円、800万円で約120万円。税金(所得税と住民税の合算)が400万円で約25万円、800万円で約90万円ですから既に税より高いのです。

 消費税だと約4%に相当し、猛烈な反対論が噴出するのが不回避なので手取りのみを気にしていて天引きされているのに気づきにくい社会保険料の方で……が本音でしょう。でもカネに色は付いていないから税だろうが保険料だろうが手取りに響くのは同じ。

 もちろん建て前はあります。少子化の進行とは社会保険の担い手の減少と同義で、公的保険制度を守るにはそこから対策費を捻出すべきだと。

「関係ねーだろ」との反応は決してわがままではない

 ただし保険料で少子化対策を、とお達しがあっても支払う側は「関係ねーだろ」と感じるのが自然。決してわがままな反応ともいえません。保険とは負担と給付がセットになった制度だから。年金保険を支払うのは老後のため、医療保険は病気やケガのため。出産や子育てのためといえそうなのは雇用保険と育児休業給付のように明確であるべきです。

 何の保険料をどう上げたらつじつまが合うかを59項目ごとに整合性を持たせるのは至難の業。しかも年金保険は2017年の18.3%(厚生年金)を天井に「ここまで。100年安心」と約束しているから上げるなど以ての外。

医療も介護もつじつまが合わない

 残る医療と介護は少子化対策に回す余裕もないはずです。今後も本来の目的自体で増える試算を他ならぬ政府が公表しているので。介護保険の加入(負担)が40歳以上となっている理由は自身および自身の両親への必要性(給付)を意識し始めるから。雇用保険の目的は元来失業リスクのケアとなります。

 そもそも社会保険料をアップさせたら出産・子育て世代の所得減にも直結するわけで少子化に拍車をかける究極の逆効果を生み出しかねません。

近年はバブル期以上の過去最高の税収がある

 といって増税に抵抗感があるのも当たり前。一般会計税収の総額はバブル期の1990年に記録した60.1兆円を頂点に長らく下回っていたのが2018年に60.4兆円と過去最高を更新、2021年には67兆円に達しています。我々は十分に納めているのです。

「拠出金」を財源とする徴収側のメリットは

 そこで密かに狙いが定められているのが「子ども・子育て拠出金」(以下「拠出金」)。2015年に「児童手当拠出金」から名称変更されました。旧称が実態をより反映していて主に児童手当の財源として用いられてきたのです。

 この「拠出金」を財源とする徴収側のメリットは以下の通り。

・まさに「子ども・子育て」を対象とするため相性がいい。

・労使折半が原則の社会保険料と異なって全額事業主(会社)負担ゆえ増やしても労働者の手取りに影響しない。

・まだ金額も料率も小さい。言い換えると上げる余地が大きい。

・税ではあるが社会保険的でもあって「税か社会保険か」の二項対立から免れる。

などなど。経営者は知悉している半面で雇用側の認知度ほぼゼロという「謎の負担」といえましょう。ゆえに負担をここへ帰着させようと動いても国民がピンと来ないまま成立という可能性大です。ただしそうなった場合のデメリットも当然発生します。以下に詳述。

「社会保険的計算で定められる税」が抱える大きな矛盾

 「拠出金」(年約7000億円)は年金特別会計子ども・子育て支援勘定に繰り入れられるため形式上は「税」です。ただし徴収は社会保険的。社会保険は給与幅を数十通り(医療保険だと50段階)に分けた「標準報酬月額」に決められた料率を掛けて算出します。「拠出金」も同じ算定で行われ、日本年金機構などから医療・年金と一緒に毎月事業主へ「本月分保険料」として納入が告知されるためです。

 こうした「社会保険的計算で定められる税」という性質はその時点で大きな矛盾を抱えます。税であるならば大原則の「公平・中立・簡素」への疑義あり。国民年金加入者には課されず(不公平)、正社員のみを計算対象とし(中立性への疑義)、税なのに社会保険料と一緒に納める仕組み(簡素でなく複雑)だから。

 といって社会保険料とみなしたら前述のように負担と給付がセットになっているべきなのに全く勘案されていません。

 それでもなお事業者(全額負担者)が大声を上げてこなかったのは低率で「まあ仕方ないか」と不承不承納得していたという面が大きい。ただし近年はドンドン料率が上げられてきて、さすがに「むむむ」という感じです。

既に凄まじい勢いで上がっている「拠出金」料率

 具体的に「拠出金」料率の変化を見てみましょう。旧児童手当拠出金時代は0.09%であったのが07年に0.13%、現在の名称に変更された15年に0.15%、翌16年から20年の5年間は毎年上昇(0.2%→0.23%→0.29%→0.34%→0.36%)と怒濤。子ども・子育て支援法は料率の上限を0.45%とするため、財源探しに必死の政府はまずここ(0.45%)を一挙に目指しましょう。

 これで終わりとも思えません。上限は17年まで0.25であったのを改正して今日に至った過去があるから。過去10年で倍増させた実績を残しているのでドーンと来そうな雰囲気です。

正規雇用をためらう動機に

 確かに「拠出金」は事業者の全額負担だから雇用労働者の手取りには影響しません。でも狙い撃ちされたら巡り巡って雇用に悪影響を与えるのは必至といえます。

 算出式が正社員に義務づけられた厚生年金加入者を単位にしている以上、事業者(会社)は「拠出金」の増加に対応するため正規雇用をためらうはずです。ここが「公平・中立」原則を欠いている制度の欠陥。

 そもそも少子化を招いた主因として非正規雇用の増大と低賃金でした。正社員化をためらう要因を増やせば少子化をむしろ促進させます。

賃上げに水を差し財源としての魅力も薄い

 また政府は賃上げせよとやっきですが、目出度く給料が上がっても多くはイコール「標準報酬月額」の等級も上がるため社会保険料も増大します。これは少子化対策をしなくても自然と起きる現象です。労使折半だから労働者側はそれでも手取りが増えるのに対して半分を支払う事業者の負担はズシリ。

 ここに「拠出金」の料率上げを加えたら賃上げをしたくてもできなくなるか小幅に止める(同一等級の範囲内とする)かの選択を迫られます。

 さらにいえば、こうした弊害が十分に予測される半面で「拠出金」から8兆円の財源などとても捻出できないという悲しい結果しか導けないのです。倍増しても+約7000億円。ケタが違います。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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