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東京マラソン開催。パリ五輪をかけたMGC出場者がほぼ出揃うなか「一発勝負」が未だ叶わぬ「大人の理由」

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
盛り上がり、喜んだ末に一悶着か(写真:Michael Steinebach/アフロ)

 去る2月26日に開催された大阪マラソンの記憶も鮮やかななか5日には東京マラソンが行われます。いずれもパリ五輪切符をかけた一発勝負の「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」(10月15日開催)出場権を得られる「指定大会」。大いに盛り上がりそうです。特に男子の「指定大会」はこの東京が最後なので。

 ところで大阪マラソン男子で20位以下の3選手がMGC出場権を獲得との報を受けて「なぜ?」と不思議に思われた方はいらっしゃいませんか?

 実はマラソンの五輪代表選考はかねがね不透明と批判されてきた歴史があるのです。その経緯をたどりつつ、解消をはかったはずのMGC制度でもなお払拭できない「大人の理由」を探ってみます。

5大会から代表3人を選んでいた時代の悶着

 日本代表を選ぶ国内の主なマラソン大会はたいてい「代表選手選考競技会」の冠がついていました。この「代表」は時に世界陸上競技選手権大会やアジア競技大会をも指すのですが、やはり「五輪代表」(男女各々3人)となると重みが違ってきます。

 かつてその冠を戴いた大会は以下のようでした。

【男子】4大会

福岡国際、びわ湖毎日、別府大分、東京国際、(北海道は参考レース)

【女子】4大会

東京国際女子、大阪国際女子、名古屋国際女子、北海道

 ここに「世界選手権上位成績者」が加味さたるので、合計して5大会が対象。理論上は男女とも5人の有力候補が出る可能性があるわけです。でも枠は3人。下手すれば「代表選手選考競技会」に優勝しても出られないという不都合が生じます。

 著名な例が1992年のバルセロナ五輪の女子代表選びでの悶着。残り1枠を「世界選手権4位」か「大阪国際女子2位」の選手かで難航しました。大阪2位の者の方が順位もタイムも上。したし格式は世界選手権の方が高い。結局後者が選ばれたものの後味の悪さが残ったのです。

マスコミ各社の棲み分け

 試合数を減らせば問題解決なのにできなかったのは主催したマスコミ(新聞社と系列放送局)が、「代表選手選考競技会」の看板がないと読者の獲得や視聴率の向上にメリットがなかったからでしょう。事実、マスコミと試合の組み合わせをみると納得できる根拠があります。(注:全国紙の系列は便宜上在京キー局で表現)

・朝日新聞&テレビ朝日……東京国際女子と福岡国際

・毎日新聞&TBS……別府大分

・毎日新聞&NHK……びわ湖毎日

・読売新聞&日本テレビ……東京国際(隔年)

・産経新聞&フジテレビ……東京国際(隔年)と大阪国際女子

・中日新聞&東海テレビ……名古屋国際女子

・北海道新聞&北海道文化放送……北海道

増紙と視聴率とCMとの好相性

 マスコミが手放さなかった理由は日本でのマラソンが屈指の人気競技だから。新聞社は主催をテコに増紙が図れます。テレビにとっても「おいしい」コンテンツ(番組内容)。約3時間も視聴率がかせげる上に、この競技の単調性が却ってCMが入れやすいとの利点に早変わりするからです。

 それでも時代は変わります。上記の競技会はいずれも上位記録者中心であったのがマラソン人気が次第に大規模市民参加型へと移ったのです。2007年からスタートした東京マラソンが大きな成功を収めて以来、各社棲み分けの構図が大きく崩れます。

「3大会+世界選手権」から3人までと縮小するも

 男子の大会は別府大分(毎日)のみが残ってびわ湖毎日(毎日)は22年から大阪マラソン(男女大会)へ統合され読売と共催。隔年で読売と産経が主催した東京国際は毎年実施の東京マラソン(男女大会)へと統合されて読売と産経の共催へと変更されたのです。

 福岡国際(朝日)は名称こそ維持するもエリートマラソンを維持できなくなって朝日が主催から外れました。

 女子の大会は大阪国際女子(産経)が存続し名古屋国際女子(中日)は12年から市民も参加する名古屋ウィメンズへと衣替え。残る東京国際女子はゴタゴタの末に東京マラソンへ吸収され朝日は共催にも残っていないのです。

 五輪代表の選び方は男女とも世界選手権入賞(8位まで)した日本人の最上位者が内定。残りを「国内の3つの選考大会で日本人3位以内」を対象とし日本陸連設定記録を突破すれば優先的に選ばれ、残りは順位やレース展開などから「総合的に」判断すると変わります。その「3つ」が男子の福岡国際、東京、びわ湖毎日(現大阪)。女子は大阪国際女子、名古屋ウィメンズと2015年開始のさいたま国際(読売新聞主催)が該当。

 新聞社の単独主催が減少したのは「増紙」どころか紙の新聞が時代遅れとなって減る一方となり維持する利点も見出せなくなったからでしょう。

 ただし男女とも「3大会+世界選手権」のなかから3人を選ぶという非対称は以前より縮まったとはいえ残存し不透明さが拭い切れません。そこで19年から始まったのが「一発勝負」のMGCです。

MGCスタート

 MGCは過去の「代表選手選考競技会」の多くをMGCチャレンジ「指定大会」へと格下げし、各大会にMGC出場基準(順位とタイム)を設けてクリアした者に出場資格を与えます。先週の大阪マラソンと5日の東京マラソンも該当する大会です。10月に実施され男女とも上位2人が24年パリ五輪の代表に決定します。

 指定大会も若干の追加・変更がなされています。今回は男子が既存の別府大分、大阪、東京、福岡国際に加えて北海道が昇格していて、防府読売マラソン(読売)も含めて6大会。女子はさいたま国際がエリート部門を断念したので外れて既存の東京、大阪国際女子、名古屋ウィメンズが残り、北海道と東京(東京国際女子を継承)が入ります。大阪マラソンの女子はMGCチャレンジ「指定大会」のうち唯一グレード(G)2。他はすべてG1。

ややこしいワイルドカード出現で30位以下でも「合わせ技1本」

 このG1~G3という新たな枠組みもややこしい。おおよそ数が増えるごとに基準が厳しくなると考えてよさそうです。

 男子の防府読売(歴史は古い)がG1認定されたのは同じ読売主催のさいたま国際が消えたのと関係ありそう。

 ところで先の大阪マラソンでずいぶんと順位が低い選手まで「MGC出場を決めた」と報道されてなぜと思った方もいるでしょう。ここにはワイルドカードという新制度が使われています。例えば大阪で32位であった大六野秀畝選手は世界陸連公認大会の1つであるアムステルダムマラソン日本人1位で大阪ともども設定記録を突破したため「合わせ技1本」で出場権を獲得したのです。

 かねてから1枠の対象となってきた世界選手権もワイルドカードに組み込まれ8位以内ならばMGC出場権獲得。

摩訶不思議な「MGCファイナルチャレンジ」

 MGCが頂点の大会となってワイルドカードも加わったため指定大会の順位が必ずしも決定的要素とはなりません。現にほぼ似た規定で行った前大会におけるMGC出場者は男子34人・女子15人でした。

 でもあいまいさは残っています。せっかく「一発勝負」で文句なしとする制度を作ったのに五輪出場決定は3人枠中2人。摩訶不思議。残りの1人はMGC後の「指定大会」(男女とも約3レース)で相当高めの設定記録ながら、それを上回ったMGC出場歴のある選手の最上位を選ぶのです。該当者がいなければMGC3位が内定。名づけて「MGCファイナルチャレンジ」。

 なぜMGCに一本化しないのかとの問いに対して制度が決まった後の瀬古利彦日本陸連マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは「いわゆる大人の理由」と口を濁しました。どこにいる「大人」のいかなる「理由」でしょうか。

消化試合を「絶対に負けられない戦い」へ

 MGCは主催こそ日本陸連ですが共催には朝日、産経、中日、毎日、読売(50音順)と「指定大会」の主催新聞社などがズラリと顔を並べています。五輪決定者が自ら主催・共催する大会で権利を得ていれば大いに囃すでしょうが、そうならない可能性も十分高い。またMGCに一本化すると後の「指定大会」(五輪開催前まで)は少なくとも五輪代表選出という賑やかしができなくなるのです。いわば消化試合。

 でも「ファイナルチャレンジ」があれば別。「残り1枠。厳しいタイム設定とはいえリベンジ可能。絶対に負けられない戦い!」と謳えます。

 この「大人の理由」で困るのは選手。例えばMGC3位は不安からどれかを走ろうとするかもしれません。4位以下はむろんチャンスととらえてエントリーするでしょう。問題は「ファイナルチャレンジ」が五輪直前である点。無理して好タイムを出して切符を手にしても疲れから本大会で結果が残せなければ本末転倒です。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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