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プーチン大統領を戦争犯罪で裁くのが難しい理由と「時効なし」という彼にとって憂慮すべき落とし穴

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
国際法廷は彼を裁けるのか(写真:ロイター/アフロ)

 ロシア軍が撤退したウクライナの首都キーウ周辺のブチャなどで400人を超える多くの市民の遺体が見つかり、ゼレンスキー大統領は「ジェノサイド(集団殺害)だ」とロシア軍を強く非難しました。プーチン大統領を戦争犯罪人として裁くべきとの声も高まりをみせています。

 仮に戦争犯罪を問うとしたらどこがどのように。実際問題として可能かどうか、などを検討してみます。

国際刑事裁判所の仕組み

 国同士の戦争や国内の紛争を裁く国際機関が「国際刑事裁判所」(ICC)。2002年、オランダのハーグに常設されました。対象は、

(1)多くの人を意図して殺す(ジェノサイド=集団殺害)

(2)混乱に直接関係ない一般人を殺害したり迫害する(人道に対する罪)

(3)捕虜や捕まえた対立する相手を弾圧する(伝統的な戦争犯罪)

(4)武力で領土を侵す(侵略犯罪)

の4つ。

 裁かれるのは個人で罪の性質上、軍人や政治家が多くあてはまります。

 「裁判所」といっても裁判官だけではなく捜査して起訴(裁判にかける)するかどうか決める検察官も所属。捜査員(警察に相当)はいません。

 対象は加盟国で、そこから依頼があったり、検察官の職権で捜査を行うかどうか決めます。非加盟国であったとしても国連安全保障理事会(安保理)が決議すれば付託できる仕組みも持つのです。なおICCが動く以前に国内法で罪に問える仕組みがあれば、そちらが優先されます。

 裁判は2回まで(2審制)で最高刑は終身刑。時効はありません。

 (3)は第2次世界大戦以前から存在した概念。(2)と(4)は戦後のドイツのニュルンベルク裁判(45年~46年)と日本における極東国際軍事裁判(1946年~48年)で登場した概念です。(4)は当時「平和に対する罪」とされていました。

 (1)は1948年の国連総会が採択した「ジェノサイド条約」に基づきます。(2)や(3)と適用範囲が重なる場合は裁判所の判断となるのです。

一番適用できそうな「侵略犯罪」での訴追は無理

 ではプーチン大統領が訴追されてしかるべき対象を探っていきましょう。

 パッと思い浮かぶのは(4)の「侵略犯罪」です。国連の集団安全保障でもウクライナ当局から依頼されての集団的自衛権の行使でも何でもないのは明白で誰がどこからみても侵略です。

 ただこの条項は「何をもって侵略か」で長い間もめてきた経緯があります。その結果「当事国いずれもが加盟国である」または「安保理からの付託(依頼)がある場合」に限定されています。加盟国にも2種類あって国内手続きを終えた完全な「締約国」と調印までに止める署名国があってウクライナは後者。裁判所の権限行使=管轄権を認めています。対してロシアは署名国でしたが16年に撤回していて未加盟。ゆえに「いずれもが加盟国」は満たさず、安保理は常任理事国のロシアが拒否権を持つので付託されません。よって無理です。

最も可能性が高い「伝統的な戦争犯罪」

 残りの(1)(2)(3)は発生国(今回はウクライナ)が管轄権を認めればICCが扱えると決まっているので可能。捜査も開始されました。

 もっともジェノサイドは「集団の全部または一部を破壊する意図」の立証が難しくハードルが高い。現時点で最も可能性が高いのが(3)の「伝統的な戦争犯罪」です。文民など非戦闘員や学校・病院への攻撃など。実行犯に相当する軍司令官や兵士をまず追及して最終的に最上級の指導者である大統領へとたどり着けるかがカギ。

 検察が容疑が固まったと判断したら裁判官へうかがいを立て、認められると逮捕状が発行される段取りとなっています。

ICC未加盟と外交特権の壁

 では執行して容疑者(今回はプーチン大統領と仮定する)を身柄拘束できるかというと現状ではほぼ不可能です。最大の壁は前述のようにロシアがICCに加盟していないという点。まずロシア国内に止まる限り手も足も出せないでしょう。

 一時的にせよ国外に出て、滞在先が加盟国であれば当該国は身柄を取って裁判所に引き渡す義務が生じます。ただ国家元首は外交特権を有していて非加盟国の元首たるプーチン大統領の逮捕はできないしICCからの要請もかないません。

 このあたりはかなりの程度、慣習法上の権利解釈に基づくため、滞在国の判断で身柄を絶対に押さえられないかというと「絶対」ではない。前述のようにICCは捜査員がいないので当該国の一義的には警察に依存するしかないのです。

「出禁」「指名手配」「和解できない」というデメリット

 ICCの裁判に「欠席裁判」はあり得ません。被告の出廷が必須です。したがって法廷へ召喚(呼びつける)できなければ判決も下せません。当然、服役も不可能。

 よって身柄が押さえられない以上、プーチン大統領に法的な処罰は与えられません。ではICCは無力なのでしょうか。

 案外そうでもなさそうです。戦争犯罪の容疑者として指名手配中の者がトップに君臨する国は、少なくとも加盟国による国際会議からは「出禁」を食らいます。不用意な外遊で逮捕されるリスクも常にまとうのです。加えて「プーチンの戦争」と呼ばれる今回の事態は彼自身の退陣なくして変わらないでしょう。現在なされている強烈な経済制裁も解かれず鎖国状態へ陥りかねません。

 ウクライナと停戦ないしは和平で合意すれば当事者間の和解成立に似た環境になるので内容次第では一定の国際的地位を回復できるかもしれません。ただし判断があくまで検察官の職権によるケースだとウクライナが許したとしても逮捕状を引っ込める直接的な理由にはならないのです。

終身大統領か継戦でしか逃れられない

 プーチン大統領が祖国で確固たる地位を占めた大きな要因はチェチェン紛争での勝利と05年後半からの原油高で資源大国として経済をよみがえらせた点が挙げられます。ウクライナ情勢を中途半端に終わらせ、かつ経済封鎖で景気が大きく後退すると彼を押し上げた「軍事」「経済」両方の面目を失います。

 となれば「出禁」の「指名手配」犯をトップに据えたままでいいのかという世論がロシア国内で巻き起こっても不思議ではありません。ここでICCの「時効なし」が焦点となってきそう。

 近年、戦争犯罪で裁かれた元国家元首のうちセルビアのミロシェビッチ大統領は選挙に勝てず政権を失った後に国内で別の容疑で逮捕された後、国際法廷に身柄を移されました(裁判中に病死)。スーダンのバシル大統領はICCから逮捕状を発付された後も加盟国(ウガンダなど)を含んだ外遊中も逮捕されていません。結局、約10年後のクーデターで失脚し、やはり国内で別容疑で逮捕、有罪判決後にICCへ引き渡されたのです。

 この例からわかるようにプーチン大統領は死ぬまでその座に止まらないと安全ではありません。まだ69歳なのでさらに15年ぐらい居座る必然がありそう。

 忠誠を誓う後継ぎに委ねるのは簡単でなさそうです。初代のエリツィン大統領はカネがらみの問題を抱えたまま自らの余生を保証すべき人材としてプーチン氏を後継指名しました。プーチン最大の難問は「エリツィンにおけるプーチン」を自身のケースで見抜けるかどうか。最初はいうなりを装っていても「この男のクビさえ差し出せば経済が好転し出禁も解かれる」との誘惑にかられないと断定できる眼力を持っていると、少なくとも当人が信じ切っていないとなかなかできません。

 あるいは今の戦争を何が何でも勝利するまで継続するか。ただこの選択は戦争犯罪人としての資質を一層高めるリスクしかないし、国内の団結を得られる効果の半面で不満分子につけいるすきを与える恐れも強まります。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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