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ウクライナ侵攻をロシア側のロジックで考察してみる

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
記事に登場する主な国々(提供:イメージマート)

 ロシアがウクライナに侵攻して世界情勢大激動。主権国家に当事国の政府が助けを求めたわけでもないのに(反対に嫌がっている)軍事力を行使して切り取りにかかるなど途轍もない暴挙であるのはいうまでもありません。でも、何で国際世論が大炎上すると百も知りながら踏み切ったのでしょうか。どうやらロシアのロジックでは一定の正当性があるようなのです。

原点はベロヴェーシ合意と独立国家共同体移行

 現在のロシア連邦は旧ソ連を構成する15の共和国の1つでした。ソ連は1922年、主要構成4カ国による結成条約により成立。名目上は共和国の自由意志での集合です。第二次世界大戦後の冷戦下では東欧の数カ国を衛星国として従え、アメリカを盟主とする西側と対峙。1991年のソ連崩壊に先立って、まず衛星国が相次いで離脱します。

 91年のソ連崩壊は結成に参加した4カ国のうち、3つに分割されて消滅した「ザカフカース共和国」(現アゼルバイジャン、アルメニア、グルジア)を除くロシア、ベラルーシ、ウクライナの3首脳が「ソ連をやめる」と決め(ベロヴェーシ合意)、新たに独立国家共同体(CIS)へ移行するとしました。15共和国のうちソ連結成時は独立国であったのに第2次世界大戦中のドサクサでソ連へ吸い込まれたという特殊な歴史を持つバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)以外の12共和国が独立した上でCISに加盟したのです。

ロシアが感じる周辺国への親疎

 こうした歴史を現在のロシア連邦の視点から「自らに近い」ととらえる地域は以下の順です。

「1」(もっとも近い) ロシア連邦(旧ソ連のロシア共和国)自体

 ただしロシア共和国内でも若干の親疎があります。ある程度の自治を認められた「自治共和国」が直轄よりは遠くなるのです。欧州寄りの地域に限ると、チェチェン・イングーシ、ダゲスタン、北オセチアなど。ここは「1.5」としておきます。

「2」(次に近い) ソ連を構成してきた12共和国=CIS加盟国

 うち欧州寄りの地域に限るとロシア以外はベラルーシ、ウクライナ、グルジア(現ジョージア)、モルドバ、アルメニア、アゼルバイジャン。

「3」 バルト3国

「4」 衛星国のうちソ連の強い影響下にあった主権国

 東ドイツ、チェコスロバキア、ハンガリー、ポーランド、ブルガリア、ルーマニア

「5」 西側でなく、といってソ連とも一線を画していた主権国家

ユーゴスラビア、アルバニア

「6」 西側ながらロシアの潜在的恐怖を感じている主権国家

スウェーデン、フィンランド

旧衛星国は後難を恐れてNATO入り

 ソ連崩壊とはロシア側からすれば「ソ連という枠組みをやめてCISに衣替えした」となります。ゆえに「4」「5」およびムチャしてソ連構成国へ組み込んだ「3」が「ソ連から離れていく」は容認しました。

 もっともロシアにとって気持ちのいい話ではなく、言い換えれば離れた国は後難が恐ろしい。というわけで1990年に東西統一して消滅した東ドイツ以外は旧ソ連陣営へ対抗する米欧の軍事同盟NATO(北大西洋条約機構)加盟に雪崩を打ちます。

 1999年にポーランド、チェコ、ハンガリー、2004年にスロバキア、ルーマニア、ブルガリア、バルト3国、09年にアルバニアが加盟。内戦に突入して四分五裂した旧ユーゴからは04年にスロベニア、09年にクロアチア、17年にモンテネグロ、20年に北マケドニアが加盟します。これで「3」「4」「5」のうち旧ユーゴの一部を除いたほとんどがNATO入りしたわけです。

自国内の分離活動は絶対に許さない

 他方、ロシアが「我々のものだ」と考える順番は「1」「2」……の順。ですから「1.5」に類するロシアの自治共和国の分離独立は絶対に許しません。代表的なのがチェチェン。バサエフ野戦司令官らが率いる独立運動が前世紀末に燃えさかった際には派兵して猛烈な攻撃を加えて退け、親ロ政権を後ろ盾てています。

ソ連を構成した12共和国は手を出していい

 そして今日の侵攻がなされた「2」。12カ国のどこかでロシア系住民らが分離独立を訴えれば積極的に支援してきました。

 1992年、モルドバの主要民族であるルーマニア系が少なく、ロシア・ウクライナ系が多いトランスニストリア地域にモルドバ政府軍が差し向けられるとロシアが派兵して戦闘状態に入ります。同地域は未承認国家(国際的には認められていない)として現在でもなかば独立状態です。

 アゼルバイジャンナゴルノ・カラバフ自治州はアルメニア系住民が多く、旧ソ連時代からアルメニアへの編入を求めてきました。崩壊後も衝突が続き、ロシアはアルメニア側を支援。結果的にアルメニアに有利な形で一応収まっています。

 グルジアアブハジア自治共和国もまた旧ソ連時代から独立を求めてきました。崩壊後に戦闘が激化。グルジア首脳はロシアが独立派を支援していると非難。1994年の停戦と共にアブハジア共和国創設を宣言します(未承認国家)。

 ほぼ同時期、同じグルジアの南オセチア自治州(ソ連時代)が93年に独立宣言。2008年にはグルジア軍の攻撃を受けたとしてロシアが南オセチア側で介入したのです。同時にアブアジアの拡大にも手を貸しました。現在でもロシア軍が駐留しています。

 そして2014年のウクライナクリミア編入。まずは半島のクリミア自治共和国などがウクライナからの独立を議会の圧倒的多数で決め、続く住民投票で賛成多数でロシアへの編入を求めます。呼応した形でロシアが編入を認める「条約」を交わしたのです。

ソ連は「崩壊」でなく自らの意思で試みをやめただけ

 このようにロシアはCIS加盟国(後の脱退も含む)に関しては主権は尊重してもロシアに助けを求める地域があって、それを正当と認めれば応じて当然という姿勢を取り続けてきました。西側が「ソ連崩壊」と呼ぶのに対してロシアは「自らの意思でソ連(という試み)をやめてCISに替えた(だけ?)」が基本認識。

 今回のウクライナ侵攻もクリミア編入時に発生したドネツク州とルガンスク州の「人民共和国」への助っ人を演じています。「人民共和国」を承認したのがロシア以外は「南オセチア共和国」と「アブハジア共和国」というロシア介入で独立状態を保っている未承認国家というのもつじつまピッタリ。

NATO不拡大の主張は本心か

 今回の侵攻でロシア側はしきりとNATOの拡大を止めよと訴えています。なぜでしょうか。それは本心でしょうか。

 確かにNATOは旧ソ連を仮想敵としていたから後継国たるロシアにとって基本的にうっとうしい。でもソ連は消えて久しい。前述のように衛星国などは後難を恐れてだし、08年にウクライナとグルジアが将来におけるNATO加盟に合意したのも動機は似たようなものです。つまりロシアが怖くなければそうはしなかったとも。

 ロシア自体もCIS加盟国のNATO入り反対についてかつてはさほど強硬ではありませんでした。むしろ2002年に設置された「NATOロシア理事会」で他の加盟国と対等の地位を得ているのです。

 NATO自体も集団的自衛権を保持するという点では変わらないとはいえ、そうならなければ行使しません。ソ連という仮想敵を失った後は外交手段を用いた加盟国の紛争抑止、仮に実戦に突入しても危機管理や平和維持を主体とした軍事力の使用をうたっています。1994年にNATOが創った地域安定化のための枠組み「東方パートナーシップ」にもロシアは加盟。隣り合う敵同士でなくNATOへの発言力も枠組みもロシアは持っているのです。

 となればNATO不拡大は単なる口実、とまではいわなくても絶対性を帯びているとは言い難い。やはり本音は「ソ連を構成してきた12共和国に手を出すな。出していいのはロシアだけだ」ではないでしょうか。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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