年少扶養控除なぜ消えた 高収入世帯の児童手当特例廃止で錯綜する「手当の意義」

これが「モデル世帯」(写真:アフロ)

 政府は2日、児童手当制度のうち、現在モデル世帯(配偶者を扶養し、子どもが2人いる4人世帯)で年収960万円以上の家庭に支払っている月5000円の「特例給付」を1200万円以上の世帯で廃止するとした児童手当法などの改正案を閣議決定しました。浮いたお金(約370億円)で保育所を整備するなど待機児童(約14万人)対策に充てるという方針です。

 1994年策定の「エンゼルプラン」以降、少子化対策を国は打ち続けてきました。近年も「控除から手当へ」と銘打った年少扶養控除の廃止や所得制限導入とあれこれしてきたのに人口維持に必要な合計特殊出生率(女性が一生の生む子どもの数)2.07人に遠く及びません。そこで「特例給付」まで一部なくして他の財源にしようというわけです。

 この決定に「金持ちに月5000円など微々たるものだから賛成」から「子どもの権利を親の収入で線引きするのはおかしいから反対」などさまざま。そこで過去の少子化対策の経緯を踏まえながら「論点はどこか」を探ってみました。

崩壊した民主党政権の「1月2万6000円。所得制限なし」

 今日の状況を理解するに当たって、まずは09年9月に発足した民主党政権が掲げた目玉政策「子ども手当」からさらっておきます。

 0歳から中学3年までの子を育てる保護者らに子ども1人あたり1月26000円を給付する制度です。もっとも当初から財源に課題を抱いていて半額(13000円)からスタート。「社会全体で子育てする」という理念から所得制限もなくました。それまでの旧児童手当の金額が月5000円から10000円の範囲で所得制限もあったのと比べると大幅拡充。

 それでも満額を支払うとかかる年約5兆円規模の財源にメドが立たず、11年に旧児童手当の復活で合意。翌年から所得制限も認めました。

年少扶養控除廃止と子ども手当の担保

 最大の壁である「財源問題」を少しでもクリアすべく民主党政権は11年1月から16歳未満の子どもを対象とした「年少扶養控除」を廃止しました。控除とは課税対象金額から差し引ける仕組みで、なくなれば負担増。まず所得税から始めて、12年から住民税にも及びました。実質増税分で子ども手当を維持する苦肉の策です。

 では手当で「行って来い」になるかというと現行(12年から)の「3歳未満が15000円」「第1子・2子は以後中学卒業まで10000円」「第3子以降は小学校卒業まで15000円」「中学生一律10000円」でザックリ計算すると、たいていの人は控除廃止による節税効果消失より若干お得ですが所得税は累進税率なので高所得者は損するケースも出てくるのです。

所得制限復活と「特例給付」制度発足

 さらに12年6月スタートの所得制限復活でモデル世帯で年収約960万円以上だと手当が受け取れなくなりました。代わりに登場したのが冒頭の「子ども1人月5000円」の特例給付です。

 もう少し踏み込むと960万円の収入から必要経費を引いた736万円が所得限度額です。内訳は唯一収入を得ている者の限度額が一律622万円。ここに扶養家族1人38万円が加算されます。モデル世帯だと622万円+38万円×3人=で736万円。それ未満であれば上記に示した手当が受け取れ、超えたら月5000円となってしまいます。

 ……実は他の計算式も存在しますが(※注)これ以上詳述するとマニアックすぎるので「ボーダーかな」と思ったら勤め先の担当者か市区町村の窓口へまずはGO!。特に扶養されている側がパート・アルバイトをしていたら要注意です。いわゆる103万円の壁で所得税の支払い義務が生じたら児童手当法上の扶養親族からはずれ(38万円加算が1人分消え)限度額が下がってしまいます。

1200万円は豊かなのか。傍観は命取りでは

 今回の閣議決定が「1200万円以上の収入があれば月5000円くらいの負担増は大丈夫なはず」との論理で組み立てられているのは間違いなさそう。

 でも1200万円から所得税・住民税・社会保険料などを引くと手取りは850万円程度。モデル世帯だとこの金額で配偶者と子ども2人を養うのです。遺産などなく裸一貫でここまで来た方の多くが住宅ローンなどを抱えていましょう。

 さらに保育所の利用者負担額は高く、高校の就学支援金も支給されず、大学生の代表的な奨学金事業を行う日本学生支援機構の審査も落とされる可能性が高いとなれば、なかなか厳しい。

 どうせ高額所得者の話だとたかをくくっていると後々「限度額下げ」が襲ってくるかも。労働時間制限外にできる「高度プロフェッショナル制度」(年収1075万円以上)導入の際にも議論されたケースで、いったん認めてしまうと徐々に財政難を理由でハードルを段々低くされかねません。

 すでに政府内では現行の「家族で最も高い収入を得ている者の金額」という児童手当の対象を世帯収入(夫婦の合算)に改めようと検討中。共働きが当たり前の時代ですから影響は大きいでしょう。

 著名なマルティン・ニーメラーの詩「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」になぞらえれば、

彼らが最初、年少扶養控除を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は損をしなかったから

所得制限が導入されたとき、私は声をあげなかった 私は高額所得者ではなかったから

彼らが特例給付を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は給付の対象ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

となりかねないのです。

錯綜する「誰の何のための手当か」

 所得制限という概念の是非を巡る議論の根幹には児童手当が出産奨励か子育て支援か、はたまた貧困対策か、ないしは経済政策なのか目的があいまいで整理できていないという課題が横たわっています。

 出産奨励や経済政策ならば所得制限を設けるのはおかしい。少子化は生物学上の両親(2人)から2人が生まれれば維持、3人で増加。第3子を優遇する児童手当の狙いはまさにそこでしょう。とすれば親にカネがあろうがなかろうが関係ない。現時点で出生意欲と親の収入との因果関係は証明されていないし、裕福な方が子だくさんの余裕があると仮定すれば、なおさら無意味です。

 経済対策を消費の喚起とみなしたら「子ども手当」創設の際に挙がった「手当は貯蓄か遊興費に充てられて子育てに回らない」という批判が考慮の材料となりましょう。金持ちだからパーッとカネを使うとは限りません。そうしないから裕福なのかもしれないし。反対に貧しいから遊興費に使わないともいえない。他方、何であれ消費が喚起され好況になれば家庭収入も税収も増える蓋然性があるわけで所得制限する・しないの根拠が不明瞭です。

 子育て支援と所得制限の関係は賛否両論。煎じ詰めれば「子育てはカネか」というところに帰着しそうです。貧困対策としたら制限は至極妥当といえましょう。

 現制度が従来の「家族が子育てする」から「社会全体で子育てする」へ転換したのであれば高所得者だけ「家族が子育てする」に当てはめるのは逆行しているともみなせるのです。

 児童手当を「子どものための助成」と厳密に解釈すると義務教育を富裕層は有料にせよという声は聞かないので所得で線を引くのは奇妙。

 なお日本より手厚い支援をしているフランス、ドイツ、スウェーデンなどはいずれも所得制限はありません。

 だいたい「モデル世帯」が架空の話だという批判も。すでに子が2人いる(少子化に陥っていない)世帯をモデルにして何が語れるのか。年金問題でも注視されるポイントです。

待機児童が解消しない理由

 最後に特例給付廃止の代わりに整備する保育所などについて。待機児童解消は本当にできるのか。01年の「待機児童ゼロ作戦」から幾星霜。叫び続けては達成されないのです。

 その間、国も保育所等(認定こども園や地域型保育事業を含む)は増やしていますが、利用者数も年々右肩上がりで追いつかず。共働き増加もさることながら、近くに施設ができたから今まで泣く泣く仕事を休んで育児をしてきた方が預けて働くようになるという因果関係も結ばれています。

 財務省は消費税を10%に上げる際に増収分の一部を「保育の無償化」とともに「待機児童の解消」へ使うと掲げました。「保育の無償化」は19年からスタート。いいことですけど需要を掘り起こすという面で「待機児童の解消」が遠ざかるというジレンマも抱えるのです。

 要するに施設さえ作れば何とかなるものではなく、男女ともにどういう働き方をする(させる)かや社会や組織がいかに受容するか、保育士の処遇は、といったトータルな政策が打ち出されない限り解決は覚束ないのではないでしょうか。

※注:所得額から法令が定める控除額(例えば医療費控除約10万円など)さらに一律8万円を差し引いた金額で算出した数字が限度額を下回ると制限内とみなされる場合もある