ライブエイドから35年。再びのエチオピア危機で彼らにクリスマスは来るのか

危機は脱していない(写真:ロイター/アフロ)

 エチオピア北部ティグレ州で政府軍と当地を掌握していたティグレ人民解放戦線(TPLF)が11月に軍事衝突。アビー首相は28日、州都メケレの制圧と軍事作戦完了を宣言したものの数万人規模の難民が隣国スーダンなどに逃れ、深刻な人道危機に陥っています。TPLFの抗戦も続いているもようで今後が心配されている地域なのです。

 「エチオピアのアビー首相」といえば2019年のノーベル平和賞を受賞して日本でも一躍名が知れた人物。その方が内戦ともいえる軍事衝突をどうして決行したのでしょうか。

映画「ボヘミアン・ラプソディ」の名シーンにも

 エチオピア北部は1984年、百万人単位が緊急援助を必要とするほどの飢餓が発生し、イギリスBBCが伝えた現地映像に衝撃を受けたミュージシャンのボブ・ゲルドフらがチャリティー団体「バンド・エイド」を結成、イギリス系著名ミュージシャンが結集して分担歌唱した「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」が大ヒット。触発された米国勢も翌85年に「USAフォー・アフリカ」を立ち上げて同形態で「ウィ・アー・ザ・ワールド」を発表しました。

 さらに7月には英米2会場で「ライブ・エイド」が挙行されます。2018年公開の映画「ボヘミアン・ラプソディ」のクライマックスでクイーンの故フレディ・マーキュリーが畢生のパフォーマンスを披露した名場面として紹介され記憶にも新しいところ。

 約四半世紀を超えて起きた2つのエチオピア危機。背景には連綿と続く同国の対立構図があるのです。

独裁を倒したティグレ族リーダーが独裁化

 エチオピアは1974年のクーデターで帝政が廃せられ、直後に軍人出身のメンギスツが事実上、やがて形式ともに実権を握る社会主義軍事独裁政権が長期支配していました。84年の飢餓もメンギスツ時代に発生しています。

 反政府勢力として89年に結成されたのがエチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)。民族別の4つの政党による連合体です。冒頭のTPLFはティグレ族。他にオロモ族の人民民主機構、アムハラ族の民族民主運動、南部少数民族で構成された人民民主運動が加わります。

 そのなかで卓抜した指導力を発揮したのがTPLFのメレス議長。EPRDFを率いて91年にメンギスツ独裁を打倒して社会主義を放棄した新政権を樹立。開発独裁的手法で経済成長を成し遂げた半面で出身のティグレ族を優遇し、言論の自由を抑圧するなど強権的な面もあわせ持ちました。

 それでもメレス首相(当時)存命中は圧倒的なカリスマ性で何とか抑えてきたものの2012年に57歳の若さで死去すると隠れていた憤懣が浮上。最大民族オロモ族などが頻繁に反政府デモを打ち、時に暴動へと発展するなど混乱が常態化しました。

アビー政権下で権力の重心移動

 終止符を打つべくEPRDFが切り札として送り出したのがアビー現首相です。自らはオロモ族ながら母と配偶者はアムハラ族。ティグレ優先のメレス政権とその後継政権でも大臣を務めるなどバランス感覚のよさが民族対立の混乱を制するのに適しているとみなされ4つの民族政党合意の上で選挙で選ばれました。2018年、首相に選出。

 選出の経緯からアビー首相の最優先課題が民族の融和と独裁的な手法改善=民主化となります。政治犯の釈放や表現の自由の保障などに舵を切ったのです。

 ただ混乱の根源がティグレ優先に対する他民族の不満である以上、民主化プロセスはその声を一層高める方向に行くのは避けられません。かといってメンギスツ独裁を覆し長らく中枢にあったティグレ族を一転して冷遇するような措置もまた取りにくい。そこで「そもそも民族単位で談合するようなシステム自体をなくしていこう」と考えます。19年にはEPRDFを引き継いだ新政党「繁栄党」を結成し、これまでの民族ありきの決定プロセスを改めると宣言しました。しかしTPLFだけは新党に参加せず、以後急速に反政府化に傾くのです。

 民族間合意からより民主的な意思決定にするというのは取りも直さず多数決原理など普遍的な民主主義の価値観を高めていくようになる。すると数の上では圧倒的少数のティグレ族に不利と働くと容易に想像でき、かつ既得権益が脅かされるのも自明というあたりが不参加の主な理由とみられます。

 アビー政権とTPLFとの対立は今年8月実施予定であった5年ごとの上下両院選挙を新型コロナウイルス感染症流行を理由に延期したのを機に険悪化。ティグレ州政府が独自の州議会議員選挙を実施し、放置すれば統治機能の根幹を揺るがす行為として修復不可能なまでにこじれてしまいます。11月4日、アビー首相はTPLFが政府の軍事施設を攻撃したとして連邦軍に反撃を命じ軍事衝突が始まったのです。

農業近代化の遅れと終わらない民族対立

 ライブエイドと今回の衝突。25年経っても変わらないエチオピアの課題は農業の生産性にあります。首都アディスアベバ中心部など「これがリープフロッグ(カエル跳び)型発展か」というほど栄えている半面で主要産業の農業はいまだ天水と牛馬耕に頼る光景が当たり前。ここに上述した民族対立が加わると時に悲劇をもたらします。

 1984年から顕著となった大飢饉はメンギスツ独裁政権が何もしなかったがゆえに悲壮の度を増したといえそうです。75年にTPLFが結成されて反政府運動を活発化させており政権は、いわば敵のピンチであるティグレ州の飢饉に塩を送るつもりなど毛頭ありませんでした。軍事独裁ゆえに莫大な軍事費を国家予算に充てていて農業の近代化にまでカネが回らなかった点も悲惨さに輪をかけたのです。軍事衝突による農地の荒廃もまた飢饉の大きな原因となります。

 国単位で支援しようにも政権側に物資やカネを渡したら上記の理由で必要とされる地域に回らず、かといって反政府勢力へ直接支援すると内政干渉や利敵行為という烙印を押されかねません。民間のチャリティーが運動化した背景でもあります。

 2020年の危機もまた民族間のいさかいがバックに垣間見えるのです。メンギスツ政権を倒し権力の多くを手にしたTPLFがアビー政権下で冷遇され(と少なくとも彼らの多くは感じている)「憲法違反」ともいえる独自選挙と政府施設攻撃(政府見解)に打って出て手痛い反撃を食らいました。

危機は君の代わりに彼らであった

 BBCによると国連児童基金(ユニセフ)が子どもたち約230万人への人道支援が断たれていると警告を発しています。「彼ら」にクリスマスはやってくるのでしょうか。「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」の歌詞で物議を醸した"Well tonight thanks God it's them instead of you"(U2のボノが絶唱するパート)はゲルドフがきれいごとで済ませず主要国市民の無責任さを露わにしたいという意向で採用されたとされています。「(危機が)君の代わりに彼らであったのを神に感謝しよう」(筆者による拙訳)。そうであってはならないのですが、我々もまたさまざまな問題を抱えていてともすれば忘れがち。わずかな時間でも当地に思いをはせる余裕を持ちたいものです。