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コロナ禍になすすべない安保理の惨状

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
米中だけでやってくれ(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルスへの対応を話し合う国連安全保障理事会(安保理)の非公式会合が4月、初のテレビ会議形式で開かれました。「国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任」を負う(国連憲章24条)安保理が世界的大流行で役割を果たすのは当然のように思われますが、結果は事実上の「内容ゼロ」。

 国際世論がもう少し厳しく批判すべき出来事と筆者は重く受け止めていて今回、考察に及んだ次第です。

緊急事態宣言から安保理決議という先例

 「極めて不完全ながら他に代わりがない国際組織」。国連を一言で表すればこんな形です。何しろ総会決議ですら法的拘束力を持たないので。唯一、法的拘束力を有し、強力な措置を加盟国に義務づけられるのが安保理。

 イギリスのブラウン元首相が有効な対策のため一時的に「世界政府」を設立すべしと呼びかけました。現状、それに近い役割を果たせるのは安保理ぐらいしかないのです。

 安保理は第二次世界大戦を枢軸国(日独など)と戦った連合国が終戦後も連携していこうと発足した経緯があるので軍事同盟的な色彩が強い安保理に強大な権限が付与されています。ゆえにその役割は一義的に戦争や紛争といった武力衝突の抑止や制裁です。

 ただそうした血なまぐさい係争の背景には貧困や今回のような疫病、政治腐敗、禁止薬物などの課題が多く隠されています。発足直後から安保理はアメリカ陣営と旧ソ連共産陣営の冷戦という主義主張の違いに端を発するにらみ合いが続きましたが91年のソ連崩壊で消滅。新たな時代の「国際の平和及び安全」に対する脅威として公衆衛生も取り上げるようになったのです。

 最初は2000年。議長国がアメリカの時でアル・ゴア米副大統領が議長を務たのです。アフリカでまん延していたエイズを脅威とみなし、最終的に展開中の国連平和維持活動(PKO)要員へ対策を促す決議を全会一致で採択しました。11年もエイズへの国際的な支援を決議。

 14年の西アフリカにおけるエボラ出血熱への対応は今日と似ています。すでにWHOが緊急事態宣言を出した後の会合で医療支援や専門知識を備えた要員の提供などを加盟国に求めたり、デマなどが飛び交わないよう情報提供を呼びかけたりする決議を行ったのです。前2回には決議本文に盛り込まれたかった「国際平和と安全への脅威」(=安保理の案件)が明記されました。

枝葉末節な米中のさや当て

 ところが今回は決議に至りません。理由も「14年の時より深刻でない」といったものではなく常任理事国のアメリカと中国とのさや当てでまとまらなかったというから安保理の鼎の軽重を問われても仕方ないのです。

 安保理の対応で一番重いのが「決議」で法的拘束力を持ちます。次が「声明」で議長声明と報道声明。ともに拘束力を有しないも前者が公式文書で後者はそうと記録されません。

 グテーレス国連事務総長はかねてより新型コロナ禍対応に「紛争地全体の即時停戦」を提唱。理事国フランスなども同様の決議案を準備していて、その線でまとまるという推測があったものの結局は「話し合った」という事実以上の何も決まらなかったのです。

 どうやらアメリカが「中国から来たウイルス」と決議案に含めるなど少なくとも中国が感染源であるとの何らかの表現を盛り込むべきと主張したのに対し、中国側が「その件を問題視しても政治的な解決にはならない」と反発して調整がつかなかったもようです。

やはり常任理事国の拒否権が原因か

 今回の出来事で再三再四指摘されてきた安保理の機能不全がまたもあらわとなりました。根本的には常任理事国の存在と拒否権です。

 安保理はアメリカ、中国のほか、イギリス、フランス、ロシアが常任(=永久)理事国で、10カ国の非常任(=任期2年)理事国を加えた15カ国で構成されています。決議を含め何らかの決定をする場合、常任理事国のうち1国でも拒否すれば全部パー。今回は常任理事国同士の対立であるため、どちらに他理事国が支持しても何も決まらなかったので、採決にすら移れなかったのです。

 オンラインでの会合が成果を得るのを一層難しくしたという指摘もなされています。15理事国の代表(基本的には国連大使)が一堂に会して行う話し合いは各大使が国益を背負っているので、いきなりガチンコ勝負だと決まるものも決まらないので、たいていは裏でさまざまな根回しをしてまとめていきます。例えば常任理事国に「反対ではなくせめて棄権に止めてくれないか」とかき口説いたり。

 もっとも今回のビデオ会議でも、この「裏工作」めいた機会も設けてはいました。ふだんからテレビ会議に習熟している方は「根回しも含めてオンラインでできる。何て古くさい」と思われるでしょう。その通り、古くさいのは事実。ただその背景には常任理事国制度という独自の変数が働いているのを見逃せません。

 常任5カ国はたいていの議題で割れるのが通例です。つまり拒否権による「すべて白紙」のリスクがつきまとう変則組織といえましょう。ところがその点を突いて「拒否権をなくそう」「常任理事国を増やそう」という動きが出ると、その話題だけは5カ国が一致して反対します。こうした「安保理改革」自体も安保理の同意が必要で、そこで拒否権が発動されたら何も変わらないのです。かくして発足以来、1965年に非常任理事国を4カ国増やした以外の目に見えた改革はなされないまま。

「国連中心主義」の日本は?

 安保理決議は経済制裁や軍事制裁といった強力な権限が行使できます。今回もおそらく「紛争地全体の即時停戦」に本心から反対する国はないはずです。貿易摩擦を引きずる米中が本筋そっちのけで互いを揺さぶる場を安保理に求めた結果、なすところなくコロナ禍を傍観する羽目に陥りました。

 そうした角逐は米中だけで存分にやっていただきたい。新型コロナウイルスによるパンデミックが「国際平和と安全への脅威」なのは明らかで、14年決議という先例もあります。国連内での影響力誇示が目的ならば本末転倒で、むしろ国連システム全体の信頼性を失う愚挙といえましょう。

 日本は岸信介内閣以来「国連中心主義」を外交の柱としており、緒方貞子さんらが呼びかけた「人間の安全保障」を支持・支援しています。だとしたら今日の安保理の惨状へ一言ぐらい文句をつけたらいかがでしょうか。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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