Yahoo!ニュース

特措法改正で注目される「緊急事態宣言」とは

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
どうする?目的は何か?(写真:ロイター/アフロ)

 ここ数日、ニュースで新型インフルエンザ等対策特別措置法改正による「緊急事態宣言」についての関心が高まっています。何やら改正で首相が伝家の宝刀を抜くみたいなイメージも出来ているなか、実際に宣言するとどうなるのか、いかなる効果を生じるか、生活への影響は?といった身近な問題を考えてみます。

宣言した場合は

 執筆時点で「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(2012年可決成立)改正案は「新型コロナウイルス感染症」を追加するといった方向とされています。したがって特措法の根幹部分は変わらないと仮定して論じます。

 同法に基づき首相が緊急事態宣言をすれば、宣言に特定された区域の都道府県知事はさまざまな要請・指示ができます。

1)不要不急の外出の自粛(要請)

2)学校や保育所などの使用の停止も含む制限(要請)。応じない場合は指示も可能

3)大勢の人が集まる催しものの開催制限(要請)。応じなければ指示も可能

 もっとも指示を出すには単に「応じない」だけでなく「正当な理由がない」などの条件が必要です。

 他は病医院が満杯となってしまうような事態に備えて必要な土地や建物の使用が場合によっては強制できます。いわゆる野戦病院。後は鉄道や物流を担う会社に治療薬などの輸送するよう要請・指示したり、医薬品や食品を確保するために保管・売り渡しなどの要請も可。この点は強制収容もできるのです。

 「他は……」の部分は伝染病が途方もなく広がったり、買い占め・売り惜しみなどで「薬が足りない!」といった事態発生に備える方策なので、そうなった場合に国民へ負の影響を与えるとは考えにくい。生活への直接的影響があるとすれば1)2)3)でしょう。

生活への影響は

 本来であれば「甚大な影響がある」となりましょう。でも現状を鑑みると実際に大きな変化が起きるかどうか微妙です。

 というのは安倍晋三首相がすでにイベントの自粛や全国への一斉休校を要請し、大半がしたがっているから。違いは首相の先の要請に法的根拠がなかったのに対し、特措法に基づいた発令となる点。法的根拠がなくて実現している現状がそう変わるとも思えません。あるとすれば知事が安心して後追いできるとか、明らかに不要不急の外出を促そうとしている団体に(いたとして)「止めてほしい」と要請するのが可能となるぐらい。

 法では床面積が1000平方メートルを超える大きめ施設への使用制限や催しの中止なども要請できます。「百貨店や映画館はすべて休業してほしい」ぐらいの要請が出たら相応のインパクトがあるかもしれません。

 もっともそこまでするのか。特措法5条は「国民の自由と権利に制限が加え」るにしても「対策を実施するため必要最小限のものでなければならない」と定め、附帯決議で特措法に基づく私権の制限も「必要最小限のものとする」。緊急事態宣言を行う場合は「科学的根拠を明確にし、恣意的に行」ってはならないと歯止めをかけているので。一斉休校要請に関して「直接専門家の意見をうかがったものではない」と安倍首相は参議院予算委員会で答弁しています。法律をバックにしたらむしろやりにくくなるかも。

 よって今回の改正について「首相は何をしたいのか」といぶかる声が絶えません。法改正を「止めろ」という命令まで踏み込むならば(「指示」に反しても罰則がない)ともかくそういうわけでもなさそうですし。

特措法での「宣言」はハードルが高い

 そもそも緊急事態宣言が特措法で行えるのでしょうか。法は「緊急事態」を、

・国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものとして政令で定める要件に限る

・全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態

とします。では「政令」にあたる施行令の「新型インフルエンザ等緊急事態の要件」を読むと季節性インフルエンザと比べて「症例の発生頻度が」「相当程度高いと認められる」と明記。年間3000人の死者が出てもおかしくない季節性インフルエンザより3月7日現在で国内感染者1157人、死者13人の新型コロナの頻度が明らかに高いといえるのか。「まん延」の定義もあいまいなままです。

 もちろん新型コロナウイルスの怖さはいまだ「未知」。潜在している感染者が多数いるとの推測も強いし、致死率が突如高まる危険性も否定できません。何しろ「未知」なので。したがって想定を最大限に見積もって万一の用意として宣言する余地を残しておきたいという意図ならばまだわかるのですが。

 それでもなお宣言発令に違和感が残るのは特措法の立法事実からも認められます。法は厚生労働省が1918年から翌年に流行したスペイン風邪(H1N1型インフルエンザ)並みの感染、致死率および死者数を念頭に作られました。致死率2%で死者約64万人です。ものすごく強力・強毒な感染症を想定しています。いかに「未知」とはいえ今回の感染症がさほどに凄まじいのか。専門家の知見が待たれるところです。

繰り返された過去の反省

 仮に宣言を出して無類の効果を挙げるとしたら日本に住まう者すべての活動を停止して「1億総逼塞」すれば、いかにえげつないウイルスでも宿主探しができなくなって退治できるでしょう。でもその反作用はいうまでもなく甚大。たちまち最低限の生活すらままならなくなってしまいます。法の目的である「国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにする」にも反するのです。

 「緊急事態宣言」を出した場合の海外の目線も気になります。効果がどうであれ「日本はそんなに悪いのか」と改めて認識させるには十分で下手すると孤立しかねません。

 「法的根拠が……」という流れには既視感も。他ならぬ特措法そのものが同じ経緯で成立しているからです。

 09年、WHO(世界保健機関)が「パンデミックだ!」と叫んだ新型インフルエンザ流行の際に政府は「行動計画」策定の状態で対応しました。自治体ごとに休校やイベント自粛要請がわかれ、誰がどのような責任を負って号令をかけるかもハッキリしません。そこで全国知事会が「法的根拠が必要」と政府に要請したのが始まりです。

 11年の東日本大震災発生も後押しします。買いだめや売り惜しみなどでモノ不足に陥ったからです。やはり非常時における行政の権限を明確にしておかなければ必要物資の供給まで滞ると危機感が増大。そこで病原性の高い新型ウイルスを「国家的危機」ととらえる特措法が誕生しました。

 今回も法的根拠のない首相の要請で混乱を生じてマスクやトイレットペーパーが品薄になるなど物資供給に問題を生じ、あわてて法改正で「根拠」を得ようとしているようにみえます。特措法が作られるまでの反省が生かされなかったのは残念としかいいようがありません。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

坂東太郎の最近の記事