「理詰め」の上位概念に居座る土下座の抑圧力

「謝罪の究極形態」とも(写真:アフロ)

 大麻取締法違反で起訴された元KAT-TUNの田口淳之介被告が7日保釈された際、報道陣を前に行った「すごい土下座」が話題となりました。この「土下座」という拝礼の形が謝罪に多用されてきたのは20年ほど前から。いまやインフレ状態です。背景を探ってみました。

 なお本稿では近年問題視されている「土下座強要」については触れません。とても長くなるからです。機会があれば(残念ながら今後ありそうです)改めて。

元来は服従や拝礼の形式

 動物行動学者のデズモンド・モリスさんによると霊長類は威嚇したければ背を伸ばして身体を高く、大きくみせ、服従する時はうずくまったり悲鳴をあげるといいます。「威嚇」はサッカーでPK戦にもつれ込んだ時のGKがみせるアレか。あるいはバンザイ。そして「服従」の一形態が土下座なのでしょう。

 古来より土下座は身分制の時代、上位者とくに支配者への従属の形として拝礼したのが始まりとされています。心から服している場合は純粋な敬意の発露ですけど嫌々とか「何でい、あんな奴」が本音の場合、方便としてやり過ごせる人はともかく、そうでない大半は屈辱を抱く反応です。

 明治以降、皇族や華族といった例外を除いて身分制は消滅しました。ですから神仏など人間を超越した「完全なる存在」を敬う宗教儀式(祈願)以外に、はいつくばってまで恭順すべき対象などないはず。

 和辻哲郎が『土下座』で描いたような互いの感謝を共有するような座礼も残ってはいるでしょうが近年話題の土下座は該当しそうにありません。

 京都三条大橋のたもとにある高山彦九郎の銅像は待ち合わせのランドマークとして著名で今でも「土下座前」などと俗称されています。本当は高山は尊皇思想を広めた人物だけに御所(当時は京都)を遠くから拝んでいる姿なのですが見た感じ土下座なのですね。

ハラケン・ハマコー、片山議員……

 言い換えると土下座は対象に「あなたは私の支配者です」との敬意を創出するテクニックに使えます。とはいえ頭をこすりつけて哀願するような姿は行う側に強い屈辱を覚えさせるでしょう。それでも平然と実行してきたのは戦後だと政治家の選挙時です。原健三郎元衆議院議長や浜田幸一元衆議院予算委員長などが著名。存命中の方でパッと思い出すのは2009年の政権交代選挙で静岡7区から出馬した片山さつき候補。事務所開きの時に支持者へ土下座しました。

 片山氏のケースも含め議員(地方議会議員も含む)の土下座は多く演説会や総決起集会、後援会総会のハイライト。多くは接戦が予測される状況下で夫婦そろってや果ては子どもまでが「力を与えて下さい」「ご支援を」との意を込めてなされます。多くが支持者に囲まれる環境だから拍手の嵐が巻き起こり大声援が飛び交い涙ぐむ者さえ出るのです。新規開拓というより支援を1票でも逃がさない団結と守りの効果が期待されています。

 日本ならではの「義理と人情」を鼓吹するだけではなく、礼を尽くして嘆願する形式として効果的です。屈辱的行為であるのは皆わかっているため「なかなかできない」「そこまでやるか」と思わせる狙いもありましょう。

 本来、政治とは言葉です。ゆえに土下座は「言葉にならない」という表明に他ならないから邪道なはず。ここに土下座の妙が垣間見えます。理詰めを放棄するのみならず、感情に訴える他のあらゆる方法さえ放棄して、さらにその上位に存在する(かの如く感じさせる)概念で黙らせてしまう力を持つ形式。

 言語空間での勝負をあきらめて見た目はすごいけど何を意味するのか実は全然わからない装いゆえに反論もできません。何しろわからないのだから。それで挽回(当選)できるならば正道を行く候補者を抑圧(落選)しているとさえいえるのです。

 あえて理屈をつければ「支配する」「される」関係の擬制を現出している……あたりでしょうが、だとすれば「法の下の平等」を標榜する民主政治の対極を演出している危険な営みといえましょう。

転機となったミドリ十字社長らの謝罪

 「謝罪の土下座」が増えてきたのは前世紀末頃から。1996年、薬害HIV訴訟の原告団らと面会した被告企業のミドリ十字社長らが「大きな苦痛と深い悲しみを与えたことを反省する」などとあいまいな言葉で謝罪し、収まらずに詰め寄った原告らに最後は土下座し「申し訳ありません」と繰り返しました。

 99年、茨城県東海村で臨界事故を起こしたJCOの社長も村民の避難先で土下座して謝りました。住民が聞きたかったのは事故原因や安全対策のあり方でしたが説明はあいまいなまま終えたのです。

 2011年の福島第1原発事故でも同じような光景が。住民の避難所を訪れた東京電力社長が土下座して心からおわびと帰郷へ全力を尽くす旨を訴えました。しかし生活補償など具体的な要望には明確に回答せず。

 謝罪企業は原因究明や具体的な釈明、今後の補償など一番聞きたい課題にはたいてい正面から答えず、あいまいな文言で濁しておいて土下座ですまそうとする態度は先に述べた政治における土下座と通底します。その段階で調査中でわからないのであれば正直に過程を説明すればいいものを、それは恥であるらしく、いっそ具体的な5W1Hを下位に置いて曖昧模糊とした上位概念=土下座で覆い隠そうとしていると指弾されても仕方ないでしょう。

 この点で田口被告の土下座は若干擁護すべき部分があります。保釈段階に過ぎず裁判が控えているので詳細を述べるタイミングではないからです。裁判を受けたり罪を軽くするため被告弁護側が努力するのは正当な権利。だから語れないけど何かしなければ収まりがつかない。で、土下座と。

頭を下げるのはタダ

 不祥事を起こした者に被害者が謝罪を求めるのは当然の感情。でも最近はそれを奇貨として「謝罪の究極形態」として土下座を乱発している傾向がみられるのです。これはいくつかの点で非常に危険といえます。

 まず、本当は一番必要な自らの事情を説明して理解を求める行動よりひれ伏した方が手っ取り早いという風潮を生みかねないところ。人を死なせるなどの大事件はともかく、そこまでいかない不祥事だと土下座までしているのだから許してあげたらという圧を世間が被害者側にかけかねません。

 商人の世界には昔から「頭を下げるのはタダ」という言い伝えがあります。一般に屈辱以外の何ものでもない姿勢すら平気というマインドは確実に存在していて、今や「まずは謝罪。最強が土下座」は危機管理の鉄則にすらなっているのです。こちらが主流になれば「見かけのパフォーマンスはいらないから粛々と原因を説明せよ」という真っ当な思いが追い詰められて下手すると抹殺される危険さえあります。

 それが高じると被害者でも何でもない人への応報感情まで一挙に鎮火させる便利なツールとして土下座が乱発されかねません。

土下座のインフレ

 成功や勝利の陰に失敗や敗北が生まれるのは理です。「勝利か敗北か」で敗北ないし失敗であれば潔く認めて困らせた方がいれば原因を究明して説明を果たすのが筋なはず。土下座はそれをなざずに服従の形態を見せているだけ。多くは「謝れ!」という要求に服した結果なので換言すれば自発的な謝罪ですらないばかりか失敗の本質を覆い隠す擬態ないしは習俗にすぎません。あけすけにいえばポーズです。

 以前、特攻隊員の生き残りの方から「何で見込みのない作戦にしたがったのか」と聞き取った経験が筆者にはございます。多くから「当時は『勝つか負けるか』ではなく『勝つか死か』の選択肢しかなかった。日本に敗北という概念は存在しなかった」と答えられました。「勝つ」が不可能な以上、死ぬしかなかったと。ゆえに終戦で連合国に服従し突如「生きる」という新たな選択肢が与えられたのには戸惑ったと。

 かように日本には失敗を忌避する文化が根強く残っています。上司の不祥事を糊塗するため「死んでくれ」と頼まれた部下が自死するといった常識では考えられない行為が認められるのも残滓なのかもしれません。まして「服従したふり」のシンボルであろう土下座で不正や罪悪までチャラにできる(生き延びられる)ならば衒いなく平伏するでしょう。かくして土下座のインフレという病理がこの国をむしばんでいます。

 他方、土下座を屈辱と感じる者も一定数いるのも明らかで、そうした者は恨みを募らせます。それはそれで新たな害毒の温床となりかねません。

パフォーマンスと見抜かれてなお

 「勝利か敗北か」が明々白々なスポーツの世界でさえ土下座がみられます。1994年9月、プロ野球日本ハムファイターズの大沢啓二監督が退団のセレモニーでファンに土下座しました。最下位で終わった結果をわびたのです。2013年4月には王座防衛を果たしたにもかかわらず世界ボクシング協会(WBA)バンタム級タイトルマッチ後、亀田興毅選手がリング上で土下座。万来の観客への感謝と不甲斐ない試合運びへのふがいなさが理由とか。

 まあ大沢親分はあのお人柄なので純粋な謝罪だろうし、逆に亀田選手は戦前にモハメド・アリ並みのKO予告までしており、元来がパフォーマンス好きであったので目くじらを立てる話でもないのですが……。

 いずれにせよ「謝罪の最強兵器」とされてきた土下座もここまでインフレが進むと嘘くさいと感じる人も増えているようです。近年とかく指摘されているのがパフォーマンスではないかという疑い。既に政治家の土下座は前世紀から言われていました。他にごまかしとか卑屈といった否定的な見方もなされているようです。そのうち「土下座すればいいってもんじゃない」と変化するかもしれません。

 いやいや根強いぞという反論も。そもそも封建社会の陋習で明治後に不要論がいったん定着したのに服従から謝罪に意図を変えて昭和初期には復活したとされる土下座。田口被告のそれに賛否両論がある裏で意外と深い日本人論が展開できる興味深いテーマなのかもしれません。