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丸山「戦争で」発言にも三分の理ぐらいあるのか

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
返してほしいのは山々だが(写真:ロイター/アフロ)

 丸山穂高衆議院議員の「戦争で」発言が大炎上。そもそもこの人は国連憲章2条4項の「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」をご存じなかったのでしょうか。正確な条文はともかく国連加盟国は国と国との「戦争」を禁止していることくらい……。

 いわゆる護憲派から「9条も知らないのか」と批判されていますが、9条を改正して国軍を持ったとしてもダメ。国会議員という地位もさることながら、衆議院沖縄北方問題特別委員会委員として、いわば国会を代表してビザなし交流で国後島を訪れた元島民(戦争で故郷を失った方々)らへ「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか反対ですか」と問う無神経さ。酔っ払って記者団が渡航者へ取材中に質問する間抜けさ(飛んで火に入る何とやら)。突っ込みどころ満載で、現にマスコミから袋叩きにされています。どの論調もごもっとも。

 ただここまでダメダメだと丸山議員の発言に「三分の理」とはいわないまでも1%ぐらいは首肯できるところはないかとも思い、あえて無理やり試みてみました。

自衛権の行使はできないか

 北方領土はロシアが不法占拠しているから取り戻すために個別的自衛権を発動するというのはどうでしょうか。一応憲章51条に認められている権利だし、専守防衛の範囲内ではないかと。その場合でも「戦争」という言葉は不適切ですが。

 しかし敗戦後70年以上経って、いきなり攻め込めば国際社会に支持される可能性はゼロです。しかも日ロ間には旧ソ連時代に結んだ日ソ共同宣言(1956)があります。これで両国間の戦争状態が終結し外交関係を回復しました。北方領土問題も2国間に平和条約が結ばれたら歯舞群島及び色丹島を日本に引き渡すとの同意も得たのです。また国連憲章とりわけ前述の2条に掲げる原則を指針とすべきとし紛争は平和的手段によ決すると確約しました。また同宣言のお陰で日本はソ連が持つ安保理での拒否権を行使しない約束を取り決めて同年に国連へ加盟できています。

 何の約束もなければともかく2島に限っては返還の道筋だけは細い糸ながら明文化されています。平和裏での解決も憲章2条にひもづけて誓っているわけですから殴り込んだら元も子もなくなりそうです。

ロシアもクリミアを編入したではないか

 丸山議員がそれを考えたとは思えませんけど、2014年の編入事件はヨーロッパでは第2次世界大戦後初めて武力を背景にした他国領のぶんどりでした。クリミアを保有するウクライナが親ロのヤヌコビッチ政権崩壊で政治的空白を招いたのに乗じてエイッと持っていってしまったのです。

 丸山発言の「ロシアが混乱しているときに、取り返すのはオーケーですか」と似ていなくもありません。もっとも日本はまさに憲章2条の「領土保全」の原則が侵されたと米欧と足並みそろえて非難しています。ロシアは許さないが日本はOKという都合のいい話はありません。

 だいたい「ロシアが混乱」とはどのような状態を指すのでしょうか。多少混乱しても相手は核大国。むしろ混乱していた時の方が怖いかも。1918年、日本はロシア革命に乗じてシベリア出兵を敢行しました。まあ近代ロシアでこの時以上に「混乱」した時期はないでしょう。結果はおびただしい戦死・戦傷者の山と戦費を使ってなすところなく撤退しています。

戦勝以外に取り返せない

 丸山発言の「(戦争しないと)取り返せないですよね」「戦争しないとどうしようもなくないですか」という部分です。ここだけはわずかに理が感じられます。

 というのも第2次世界大戦までの戦争の多くは係争地や植民地獲得で外交交渉が行き詰まって行われたぶんどり合戦であったからです。つまり紛争解決の最終手段。その結果を話し合いで覆したのは極めて珍しく沖縄の施政権がアメリカから日本に引き渡されたようなケースはごく稀です。大戦前の常識ならば「戦争しないとどうしようもな」かったかもしれません。

 むろんここでも現在は国連憲章の戦争禁止条項が許さないものの、ここはあえて目をつぶって(つぶれませんけど)憲法9条も無視して(できませんけど)ロシアに宣戦布告して取り戻すしかないというかつての常識を是として考えてみます。

 それには戦勝が絶対条件です。第2次日露戦争を仕掛けたとして「ロシアに勝つ」とはいかなる状態を意味するのでしょうか。一方的に北方領土へ進軍して奪還したとしても、そこでロシアが降伏するなどあり得ない。それこそ個別的自衛権を行使して反撃してきます。

 1904年からの日露戦争は中国大陸が主戦場でした。奉天会戦や日本海海戦での勝利もさることながらロシア国内でも第一革命の発端である血の日曜日事件が起きてロマノフ王朝の権威が失墜し厭戦気分が蔓延。時の氏神となったセオドア・ルーズベルト米大統領の講和勧告を受け入れて終戦に至っています。でも北方領土進出はずばりロシア領(とロシアは思っている)への攻撃だしプーチン大統領がおめおめと引き下がるはずもないでしょう。

 日米安保条約も期待できません。2010年、クローリー米国務次官補は記者会見で北方領土を「現在は日本の施政下にないため、第5条は適用されない」と述べていますから。5条とは「日本国の施政の下にある領域」での武力攻撃には日米が「共通の危険に対処するように行動することを宣言する」という内容。該当しないと明言しています。ロシアと日本北端の小島(千葉県程度の面積)を巡って戦火を交えるなどまっぴら御免というわけです。

 先の大戦で日本の軍事指導者は対中国、対米戦争における「勝利」とは何かをあいまいにしたまま戦って負けました。「ロシアに勝つ」とはモスクワ陥落ぐらいまで進まないといけないのでしょうか。だとしたら絶対無理。逆にロシア軍が日本本土へ進攻してくる恐れが十分にあります。

 要するに丸山発言のうち「(戦争しないと)取り返せないですよね」はミリ単位ぐらいの理は認めてあげていいとしても「勝たなければならない」という絶対条件を担保する根拠が存在しません。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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