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元号もまた「象徴」化した「平成」という時代

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
はてさて……(写真:アフロ)

 いよいよ平成もわずかとなりました。

崩御と即位が同時という大変さ

 2016年8月8日のビデオメッセージ「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」で筆者が「そうしたお考えであったか」と得心した個所があります。

 「天皇の終焉に当たって」「様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行する」のが「非常に厳しい状況下」で「こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来する」という部分でした。

 皇室典範4条は「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」とあり、元号法は「元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める」と定めます。崩御は弔事で新天皇即位は慶事。これが「同時に進行する」のですが、実際には弔辞が先行します。当事者であった今上天皇が「こうした事態を避け」たいとお思いになっていたと知ったのです。

 昭和天皇のご不例から取材現場は混迷を極めました。崩御を意味する隠語「Xデー」に備えつつも命数を読むような記事は当然書けず、かといって「その日」がいつかは決定的に重要なニュースだから取材せざるを得ません。鉄則たる現場への直接取材もできませんから皇居周辺に張り込むぐらいしか手はなかったのです。

安心して即位を祝える環境へ

 同時に悩ましかったのは崩御および即位がどうなされるか暗中模索を続けた点です。何しろ先例は1926年の大正天皇崩御で、ずいぶんと前(昭和天皇崩御は89年)であった上に、さまざまな儀式は明治憲法下でなされていて現憲法にそぐわない可能性も多々ありました。

 今回は「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」制定で、退位=崩御ではないため元号に関わる話題などを取り上げられる環境が生じました。昨年後半からしきりと報じられた「平成最後の……」というニュースは退位=崩御では報じられなかったのです。

 今上天皇は、なおお健やかに過ごされるでしょうから新天皇即位の慶事も安心して伝えられます。今回は新憲法下での先例があるので混乱も避けられましょう。

代替わりの元号は誰が定めるのか

 改元をきっかけに象徴天皇制のありようも比較的冷静に論じられました。既に「平成」改元の手続きをほぼ踏襲すると決まっているので、おおむね以下の順です。細かいところを削除しているのでおおざっぱなのをお許し下さい。

1)「候補者名の考案」。首相が選んだ有識者(=考案者)がそれぞれの案を内閣官房長官に提出する。

2)「候補名の整理」。内閣官房長官が検討、整理して首相に報告。

3)「原案の選定」。内閣が数個の案を選定して原案とする。衆参両院議長および副議長にも意見をうかがう。

4)「新元号の決定」。閣議で決定する。これに先立って「元号に関する有識者の懇談会」でも議論される。

 この過程で天皇および皇太子はいっさい関わっていません。現憲法下では当然ですが、元号とはそもそも天皇が定める性質のもの。特に明治以降の一世一元になってからは。というか君主(天皇、皇帝や国王でも置き換え可)の治世を意味するのが元号のはずです。ここに天皇の代替わりに改元する大きな矛盾がうかがえます。

 時事通信2018年4月29日配信「新元号の選定本格化=作業は秘密裏に進行」に興味深い秘話が掲載されています。「平成の代替わりの際、政府の作業を取り仕切った石原信雄元官房副長官によると」「閣議で『元号を平成に改める』との政令を決定し」「『もう変更はない』と確信し」てから「宮内庁に電話で『陛下のお耳に入れてほしい』と新元号を伝えたという」。もう変更の余地はないけど国民への発表前に事務方トップ(官房副長官)が天皇に伝わるよう手配したというのです。

 「憲法違反だ」とも「そもそも勅定されるべき案件なのだから当たり前だ」とも「それぐらいはいいじゃないか」とも受け取れます。グレーゾーンが存在するのは確かですね。

 今回は閣議決定後に首相が内奏(直に伝える)する方向のようです。

 山中伸弥京都大学教授が起用されて話題となった「元号に関する有識者の懇談会」が重要な変更をするというのは考えられず、事実上のお飾り。NHK、新聞協会、民放連の会長3人が起用されるのは平成改元時も同じ。おそらく妙な特ダネ合戦をしないよう重しにしているのでしょう。もっとも特ダネを手にしても記者が自粛するとは考えられません。会長の名すら知らないでしょうし。

平成は1989年から2019年という偶然の一致

 代替わりごとに元号も改められ、それが一時代を画する(「明治時代」といった用い方)とすれば、やはり天皇が時をも支配しているという見方もできます。それを「時代錯誤」「排外主義」「天皇主権の残滓」と目くじらを立てる向きもありますが、果たしてどうでしょうか。

 「平成を振り返る」といった報道が多くなされたのでもわかるように元号にある種の歴史的な意味を探ろうという気持ちを多くの国民が抱いているのは確かなようです。平成は1989年から2019年まで。妙な言い方で恐縮ですが1年ずれたらちょうど西暦の区切りと一致します。ただの偶然ではあっても何らかの感懐を生じてもおかしくありません。

 一方で、崩御ではない改元なので落ち着いた環境で迎えられますし「次の元号は何だ」といったクイズめいた話題も可能でした。何しろ「昭和」が決定的な重みを残したので平成はかなりカジュアルです。大正天皇のような悲劇性もありません。西暦はすぐにわかっても「今は平成何年?」と即座に思い出せない日本人も増えました。

昭和の冠の多さと平成の少なさ

 昭和は長かったのもあってか、名を冠する言葉が多数あります。昭和維新、昭和基地、昭和恐慌、昭和新山、昭和元禄など(企業・学校・団体名と町名は除く)。また「38豪雪」のように昭和の年数で語り継がれる災害も。生まれを「昭和一ケタ」と特定する使い方もされました。

 対して平成は平成生まれ、平成の大横綱、平成の大合併など数えるほどで、それも昭和との関連性で生じています。例えば平成の大横綱は主に貴乃花光司を指すのに対して、昭和は双葉山と大鵬など複数がイメージされるし、大合併は明治にも昭和にもなされているから元号は区別に用いられるにすぎません。

 「平成生まれ」は、この言葉の初出時点で「平成生まれ」は物心が付いていないので主に昭和生まれが編み出しました。「昭和一ケタ」(1926年~)も最後の89年生まれも今後は一緒くたに「昭和生まれ」と今後「平成生まれ」にからかわれるぞといった自虐が含まれていたのです。でも新元号世代をそう警戒?する「平成生まれ」はほとんどいないでしょう。

 1995年からの不景気を「平成不況」と呼ぶ者もいますが、むしろ「バブル崩壊」や「失われた○○年」の方が人口に膾炙?しているようです。平成最大の天変地異であった東日本大震災も「3・11」(さんてんいちいち)などと別称されます。11日と西暦2011年の下一ケタが一致するためでしょう。

 こうしてみると「平成」という元号もまた天皇と同じく「象徴」化したのかもしれません。次代も同じように日本国の特徴ないしは誇りの一種として残っていきそうです。

後世は明治以降の歴史を元号で区切るか

 ところで、50年後、100年後に明治以降の時代はどう区分されるでしょうか。現在は明治時代と大正時代は比較的使われるのに対して、あれだけ存在感のある元号なのに「昭和時代」とはあまり言いません。

 代わりにしきりと用いられるのが「戦前」「戦後」。平成もまた戦後の一部です。その意味で2018年12月の天皇誕生日で陛下が語られた「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」は示唆に富みます。戦後=戦争のない時代が維持できたという喜びが感じられるからです。

 後世は江戸時代の開国(1853年~)から敗戦(1945年)あたりをまずくくり、それ以降の「戦後」を別の名称で表すかも。50年後、100年後も「戦後」では長すぎるでしょうから。

 元号のないアメリカでも西暦に何らかの意味を持たせようという習いがあるのはご承知の通り。80年代、90年代、ミレニアム、21世紀など。西暦もまたイエスという宗教指導者の生誕にまつわる紀年法だから宗教的色彩を帯びているともいえる半面、生誕日と正確に一致していないし、使用が確認されるまで500年以上用いられてもいないからアバウトな存在でもあります。

 元号が時を支配するかしないかという議論はそのまま西暦にも当てはまります。ただ西暦は数を重ねるだけなので中立的に感じるだけでしょう。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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