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「セクハラ罪はない」 バカバカしい(?)閣議決定はなぜされるのか

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
過去には「政府はUFOの存在を確認したことはない」という閣議決定も(写真:アフロ)

 「セクハラ罪という罪はない」(麻生太郎財務大臣の記者会見発言)や「クソ野郎」(矢野康治財務省官房長の国会答弁)といった発言に対して「現行法令において『セクハラ罪』という罪は存在しない」(矢野官房長の発言は)「信用失墜行為の禁止を定めた国家公務員法に抵触しない」という答弁を閣議決定しました。閣議決定とは行政府トップに位置する内閣(=政府)の統一見解です。

 こうしたニュースに関して「閣議決定するようなことか」という反応が多くなされているという情報に接しました。そこで、こうした経緯がなぜ生じるのか。妥当性はどうかという点を考えてみました。

そもそも答弁書の閣議決定の仕組みは

 一部に「バカバカしい」という批判もあるそうですが、一義的に主観の問題なのでいったん置いておきます(後述します)。案外と誤解されているのは答弁書の閣議決定は内閣の義務だという点です。

 公正を期すために参議院の公式サイト(http://www.sangiin.go.jp/japanese/aramashi/keyword/situmon.html)に沿って述べていきます。

「議会(注)には、国政の様々な問題について調査する権限があり、国会議員は、国会開会中、議長を経由して内閣に対し文書で質問することができます。この文書を『質問主意書』と言います。(中略)。議長の承認を受けた質問主意書は、内閣に送られ、内閣は受け取った日から7日以内に答弁しなければなりません。原則として、答弁も文書(「答弁書」といいます。)で行われます。(中略)

 答弁書は、複数の行政機関にまたがる事項であっても、必ず関係機関で調整され、閣議決定を経て、内閣総理大臣名で提出されます。このため、内閣の統一見解としての重みがあります」。

※注:「議会」とは衆議院と参議院を指す。坂東太郎による

 「セクハラ罪」「クソ野郎」を問題視したのは逢坂誠二衆議院議員(立憲民主党所属)で質問主意書の題は「セクハラ罪という罪に関する質問主意書」「国会における財務省官房長の野卑な発言に関する質問主意書」です。法律にしたがって内閣に送られたのですから閣議決定するのは当たり前で「するようなことか」という議論は感情の問題を差し引けば起こり得ないのです。

 次に質問主意書の「特徴」について。参議院によると「国政一般について問うことができる」「法律案と異なり議員1人でも提出できる」が挙げられています。以下やや長くなって恐縮ですが具体的な意義についての説明をお読み下さい。

 「議員が国政について内閣に問う場合、例えば、委員会では、各議院規則で定められた委員会の所管事項外の場合には詳細な答弁は期待できません。また、本会議や委員会での質疑の場合、原則として所属する会派の議員数に比例して質疑時間が決まるため、少数会派の議員や会派に属しない議員にとっては必ずしも望んだ質疑時間が確保できない場合もあります。これに対し質問主意書は、議院の品位を傷つけるような質問や、単に資料を求めることは認められないなど一定の制約はありますが、広く国政一般について内閣の見解を求めることができます。また、議員一人でも提出することができるので、所属会派の議員数等による制約もありません」

別段珍しくない質問主意書の提出

 内閣は首相と首相が任命した国務大臣によって構成されます。閣議とはこれら全員による会議で毎週火曜日と金曜日に首相官邸内の「閣議室」で行われるのです。全員一致で「決定」がなされます。

 質問主意書への答弁書については閣議案件のうちの国会提出案件に属します。毎回かなりの数の案件をこなしているのです。1回の閣議でどれほどの案件を抱えているかは官邸のサイト(https://www.kantei.go.jp/jp/kakugi/index.html)で容易に確認できます。

 1月22日に始まった今国会(通常国会)で衆参合わせて執筆時点(5月28日)において質問主意書はすでに400を越えています。近年、増加傾向であるのは確か。しかし主意書の答弁書はすべて閣議決定するので「セクハラ罪」「クソ野郎」が話題になるのはメディアとして伝えるべき、あるいは面白い(決して不真面目な意味ではない)と判断したからです。答弁書をいちいち報道しているわけではありません。

 ここまでをご理解いただいた上でペンディングしておいた「バカバカしい」かどうかの材料を拾ってみます。まず「セクハラ罪」から。質問主意書は

・現行法令で「セクハラ罪っていう罪はない」という理解でよいか。

・セクシュアル・ハラスメントが強制わいせつなどの犯罪行為に該当することはあるのではないか。該当することがあるのであれば「セクハラ罪」という呼称を持たないものの、セクシュアル・ハラスメントに対する刑事法上の罪に該当するのではないか。

といった内容です。

 答弁書は「現行法令において『セクハラ罪』という罪は存在しない」「セクハラが刑法の強制わいせつ等の刑罰法令に該当すれば犯罪が成立し得るが、成立するのは強制わいせつ等の罪であり『セクハラ罪』ではない」といった内容です。

 まあ涙が出るほど当たり前の答えですね。これをもって質問主意書そのものが無駄であったといえるのかも。一方で答弁書の内容云々ではなく改めて麻生発言の是非、特に「犯罪でなければ何をやってもいいのか」という疑問を提起したので価値があるともいえなくもありません。

 「クソ野郎」はどうでしょうか。質問主意書はこうした「野卑な発言」を国家公務員法第99条の「職員は、その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない」(=信用失墜行為の禁止)に相当するのではないか。「議院の品位」を傷つけてはいまいかと問いました。答弁書は官房長の以前の発言についての報道で発言の一部のみを引用され、批判された点について述べたものであり信用失墜行為の禁止に抵触しないとし、「議院の品位」は国会法の定めで国会の運営に関するため、政府として答える立場にないとしています。

 後段の「議院の品位」は三権分立の建前上当然でしょう。前段も妥当といえば妥当。逢坂議員がマスコミ向けに仕掛けたパフォーマンスと非難してもいいし、記事になっただけ野党としては立派だとほめてもいいというところでしょうか。何しろワンサカある答弁書のなかからニュースとして取り上げられたので。

過去にみられた「これはどうか」という質問主意書

 「セクハラ罪」「クソ野郎」の質問主意書と答弁書だけを考察すると確かにバカバカしい部分は存在します。ただ背景にあるセクハラ被害は深刻で、主意書を肯定的に受け取るならば、そこに焦点を当てたといえなくもないのです。

 その意味でバカらしさをあえて問うならば「格上」がいくつも見受けられます。報道すらされなかったものは除き、最近に限定してみると昨年、小西洋之参議院議員(民進党=当時)の「安倍総理の存在そのものが国難であることに関する質問主意書」が挙げられましょう。衆議院解散の理由として首相が挙げた「国難」そのものの妥当性を問うのかと思いきや憲法の趣旨も知らない首相の存在こそ国難ではないかと難癖に近い内容でした。

 逢坂議員が白い目で見られるのも仕方ないかと思わせた主意書もあります。「未確認飛行物体にかかわる政府の認識に関する質問主意書」というものでニューズウィーク誌の記事をもとに「政府は、地球外から飛来してきたと思われる未確認飛行物体の存在を確認したことはあるか」「地球外から飛来してきたと思われる飛行物体の攻撃を受けた場合、存立危機事態として認定される可能性は排除されないという理解でよいか」と驚きの質問。「政府としては、御指摘の『地球外から飛来してきたと思われる未確認飛行物体』の存在を確認したことはない」「我が国に飛来した場合の対応について特段の検討を行っていない」という答弁書を作らせたのです。

 先の参議院のサイトに書いてあった「複数の行政機関にまたがる事項であっても、必ず関係機関で調整され」という個所に注目してみます。「セクハラ罪」「クソ野郎」は財務省、「国難」は内閣官房、「未確認飛行物体」は外務省に割り振られ、官僚が必死に起案しなければなりません。何しろ「7日以内」の縛りがあります。

 「セクハラ罪」でしたら財務省だけでなく法務省や厚生労働省と合議したかもしれないし、「未確認飛行物体」も念のため防衛省あたりに問い合わせたかも。こういっては何ですが閣議では大臣が花押(署名)するだけでしょうから、おかしな質問主意書でも大真面目に取り組まなければなりません。主権者が選んだ国会議員の正規ルートでの質問に行政を担う官僚(公務員)が土日祝日もなく対応するのは当然か、はたまた税金の無駄遣いか、議論の分かれるところです。

 割と意味があったと多少評価されている「安倍昭恵総理夫人の『公人』・『私人』問題に関する質問主意書」はどうでしょうか。上西小百合衆議院議員(無所属)が提出しました。「総理夫人とは、公人ではなく私人である」という答弁が物議を醸したのをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。

 もっとも質問内容がちょっと……。いきなり「ウィキペディアで調べてみますと」と脱力のスタート。何を示しているのかわからない名詞や指示語のオンパレードです。答弁書も「具体的に意味するところが必ずしも明らかではないが」の連発。一読すると小バカにしたような書きぶりですけど質問と対比させていくとむしろ答弁書(を起案したであろう官僚)が謎の日本語を必死で推理して仕上げた労作といった趣です。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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