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「夏の甲子園」タイブレーク導入記事でわかる「だから朝日新聞は嫌われる」

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
時に美談と化す「公開虐待」とも(ペイレスイメージズ/アフロ)

 2018年1月11日付「朝日新聞」朝刊1面に「タイブレーク 夏の甲子園でも」という記事が掲載されました。23面にも「球児のため 現場の意見尊重」という柱(見出し)で意義を強調しています。その内容がどうにも奇妙なのです。

 ここでいうタイブレークは延長12回まで勝負がつかなければ13回から無死一・二塁の状態を人為的に作り出して点を入りやすくさせる=決着がつきやすいという制度で今年の全国高等学校野球選手権大会(通称「夏の甲子園」)地方大会から導入すると日本高等学校野球連盟(高野連)が決めたという内容でした。

早期決着で負担減とは限らない

 では何が「球児のため」なのでしょうか。記事によると「投手の肩、ひじへの負担など選手の健康管理の観点」からだそうです。ただタイブレーク導入が切り札にならないのは広く知られています。記事も「早期決着を図る制度」と一応正直。無死一・二塁にすれば早々に決まるとも限らないし、同一投手であればわざと創出された大ピンチに対応しなければならず体力的にも精神的にも大きな負担となります。

 プロ野球で最終の1回だけを抑えるクローザーが初回から6イニングほど担って試合を作る先発と同等以上の評価を得ているのも、ラストイニングがそれほど重いと証明しているともいえましょう。記事にも花咲徳栄高校(埼玉県)の岩井隆監督の「投手が打たれたときのダメージが大きくなる」という私見が紹介されています。

投球回数制限や休養日に関する奇妙な言い訳

 記事には竹中雅彦高野連事務局長の「選手の健康管理は永遠の課題。休養日(の増設)はもちろん、投球回数制限なども将来的には考えていかなければならない」というコメントも載っています。順番が逆ではないでしょうか。「負担」「健康管理の観点」ならば「投球回数制限」が真っ先に来るべきです。タイブレークでも決着がつかなければ再試合というのも変わりません。なぜサスペンデッド(一時停止)試合を導入できないのでしょうか。

 もう1つの有力な軽減策である休養日の増設も記事によると「会場の甲子園球場はプロ野球の阪神戦でも使用されるため、夏は雨などで大会日程が3日順延すると休養日が消滅してしまう」という難点を示しています。何で雨で順延するかといえば甲子園がドーム球場ではないから。場所を大阪ドームにするとか、甲子園以外の球場を併用するとか、やり方はいくらでもあるはずです。「甲子園でないと寂しい」という気持ちはあるでしょう。でもそれは「健康管理の観点」とは別物のはずです。しかも夏の甲子園の暑さは殺人的。健康を害して当然というほどに。

 抜本的な解決策を先送りしてタイブレーク導入を錦の御旗のごとく掲げて「球児のため」「新たな名勝負に期待」といった見出しでごまかしているようにしか思えません。

「夏の甲子園」の主催=当事者なのをすっとぼけ

 記事は高野連の決定を報道機関たる朝日新聞社が客観的に伝えるという形を取っています。これもおかしな話。朝日は「夏の甲子園」の主催社ではないですか。当事者として何を努力したのかサッパリわからない内容です。

コールドゲームの説明も是非

 「新たな名勝負に期待」と題するコラムは安藤嘉浩編集委員の筆によります。そのなかで「指導者や都道府県高野連には『甲子園をかけた夏の地方大会は、とことん試合させてあげたい』という声が強かった」という一文が。本当でしょうか。では地方大会で導入されている点差によるコールドゲーム(天候の方ではない)をどう説明するのか。「とことん試合させて」もらえない制度ですよね。

 そもそも論として「夏の甲子園」のオールトーナメント制はどうなのでしょうか。言い換えると「負けたら終わり」。2017年プロ野球ペナントレースで優勝した広島(セリーグ)が88勝51敗、福岡ソフトバンク(パリーグ)が94勝49敗と50ぐらい負けられるのと比しても圧力のかかる仕組みです。地方大会は初戦で約半数が「夏の終わり」を告げられるという残酷な現実があって点差が開けば5回で打ち切られてしまうのです。野球という球技は他と異なって「投手」というポジションが圧倒的な意味を持ちます。地方大会だと弱小チームでも好投手1人がいれば守備がよほどザルでない限り結構勝ち抜けるのです。だからエースを連投させざるを得ません。

単なる「高校生の部活」を散々利用

 高野連は日本学生野球憲章の「学校教育の一環」を金科玉条のように唱えています。ならば「単なる高校生の部活」でなければおかしい。実態がそうでないのは明らかです。私立高校を中心に自校を宣伝する格好の「媒体」と化しているし、阪神鉄道の乗客増や新聞社の拡販目的で始まったのを知らない人はいないでしょう。

 さらに公共放送のNHKが受信料を使ってタダで甲子園の試合をすべて全国中継しています。憲章がそんなに大事ならば同じ憲章の「部員の健康を維持・増進させる施策を奨励・支援し、スポーツ障害予防への取り組みを推進する」を高野連はただちに実行すればいいだけの話です。

 ……などなど思っていたら15日8面の「社説」で「タイブレーク 選手の健康が一番だ」が掲載されてあ然。「球趣をそぐとの声もあるが、第一に考えるべきは高校生の健康である」とその意義を説きます。「第一に考える」ならば休養日や球数制限が先という意見を社説子も予見していて「むろんこれで万全という話ではな」くて「休養日を増やす」のを高野連は「考えていくという」とどこか他人事。そもそも誰が「これで万全」と思い違えているのでしょうか。

識者に抜本策を語らせてアリバイ工作

 球数制限については「ダルビッシュ投手は(1月)6日付本紙朝刊のインタビュー記事で、学年に応じて投球回数を制限することを提案していた」と外部の識者(野球に関してダルビッシュ選手は識者といっていいでしょう)の意見を引用するのみです。

 このダルビッシュ選手のインタビューは当日、筆者も「ずいぶん唐突な記事だなあ」と不思議でした。「僕は1年生なら5回、2年生なら6回、3年生なら7回と、学年別に投球可能なイニングに制限を設け」ると私案を示して「タイブレークも悪くはありませんが」と前置いた上で「ベスト」を「イニング制限です」と結論づけています。「投手の分業制」を「高野連がルールを決めるべき」とも。

 識者に進歩的な意見を語らせて引用する一種の自作自演は「我々はよくわかっています。でも外部の意見です」というアリバイ工作と断じられても仕方ありません。

他社へ責任転嫁

 そしてこの社説の極めつけというか真骨頂と指摘すべきかという個所は「課題に直面しているのは野球だけではない」といきなりゴールポストを広げて「ことしのサッカーの高校選手権大会は、決勝進出の2チームが5日間で4試合を戦うという極めてハードな経験をした。関係者からは『体力の回復には最低でも24時間かかる。こうした日程は再検討する必要がある』との声があがった」とサッカーも同じだと話し始めた部分。「ラグビーもやむなく」とラグビーにも言及。

 ちなみに全国高校サッカー選手権は読売新聞が後援で放送するキー局は日本テレビ。全国高校ラグビーの主催社は毎日新聞。

 要するに「他社も似たようなものだ」と責任を拡散して「競技の違いを超え、スポーツの意義と健康の大切さについて、認識を深めていきたい」と一緒くたにして上から目線で締めています。おいおい。誰が「競技の違いを超え」ようなどと考えているのだ。問題はあくまで高校野球のあり方ではないでしょうか。

 この手法で思い出しませんか。2014年8月に朝日新聞が過去の慰安婦報道を取り消した一件です。ダルビッシュ選手の立ち位置に秦郁彦氏を持ってきて「他紙の報道は」なる見出しで「1980年代後半以降の読売新聞、毎日新聞、産経新聞の記事を調べ」て何だかんだみたいな責任転嫁と取られてもおかしくない文章を書いています。

偉そうに振る舞わないでもらいたい

 「高野連には逆らえない」という業界事情を筆者は汲む側にいます。「たかがタイブレーク」とは書けないでしょうし、何もしないよりタイブレーク導入の方がマシというのもわかります。

 それならばそれで「本当はもっと大切な変更があるとわかっているのだ私らは」みたいな言い訳をせず、事実のみ淡々と報じればいい。識者を用いたアリバイ工作や他紙を巻き込んで論点をぼかすのが気色悪いのです。こういう人がクラスや職場にいたら嫌われますよね。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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