NECが、次々にチーム強化の布石を打っている。

NECロケッツ(NECグリーンロケッツ、NECレッドロケッツの総称)のリブランディング。

マイケル・チェイカ元ラグビー豪州代表HC(ヘッドコーチ)の招集。チアリーダーチームの創設・・・。

仕掛け人は、スポーツチーム運営のプロフェッショナルである梶原健(かじはら・たけし)氏。

NECの新組織「スポーツビジネス推進本部」の本部長、NECロケッツの代表に就任した梶原氏は、千葉県初のプロバスケットボールチーム「千葉ジェッツふなばし」の創設者だ。

全バスケ球団トップの売上高6億円、平均観客動員数約3500名(2015年度シーズン)。5期連続経営黒字――。

倒産危機など幾多の荒波を乗り越え、Bリーグが開幕するまでの6年間で確実に実績を残してきた梶原氏が、NECロケッツの改革に着手する。

「ラグビーのNECグリーンロケッツにおいては、日本選手権を連覇(‘04、‘05)した時代の強さを取り戻すべく、チームの強化、環境の整備を含めて行っていきます」

「1年目はチームの変化を広く発信をして、2、3年目には優勝争いができるようなチーム作りを準備しています」(梶原代表)

■梶原氏が明かす「強いチームの共通点」

チーム運営における梶原代表のポリシーは「ポリシーがないこと」だという。

千葉ジェッツ、そして2019年から参画してJ1昇格に貢献したアビスパ福岡においても、固定概念にとらわれず臨機応変に対処してきた。

しかし「絶対にぶらさない」という核心がある。

「経験上、強いチームには共通点があります」

「フロント、監督、コーチ、選手まで、理念や戦い方など『何を目指すのか』について全員が同じ認識を持っているチームが、必ず強くなります」

「ですからチームがどこを目指すのかという部分に関わる『理念』『ビジョン』『行動規範』は絶対にぶらしません」

一般的に理念は「大切にしている価値観」、ビジョンは「将来像」を指す。

NECは6月17日、その核心部分を成す理念、新スローガン、新エンブレムをリブランディングの第一弾として公表した。

「これまで関わってきた人達の想いを継承しつつ、チームがどこを目指すのかという理念、ビジョンは定め直しました」

新エンブレムも再定義した理念、ビジョンに紐付く。

エンブレムのロケット中央には、NECブランドステートメントに記された指揮棒(TACT)があり、それを軸にして周囲にチーム、サポーター、コミュニティが配置されている。

「チームはサポーター、コミュニティがあって初めてロケットとなって目的地に飛び立つことができる――それをエンブレムにも表しています」

「理念、ビジョンから生まれたエンブレムが付いた練習着、ユニフォームを着ることで、選手が日常的に意識できるよう工夫しました」

NECグリーンロケッツの新エンブレム。注:ラグビーのホームタウン、チーム名はリーグの正式承認をもって決定予定。(画像:チーム提供)
NECグリーンロケッツの新エンブレム。注:ラグビーのホームタウン、チーム名はリーグの正式承認をもって決定予定。(画像:チーム提供)

■元豪州代表ヘッドコーチをディレクター・オブ・ラグビーに。

2020年のアビスパ福岡時代に打診を受けた梶原氏は、ラグビー界で話題となった元豪州代表ヘッドコーチ(HC)の招聘にも関わっている。

2022年開幕予定の新リーグで、NECのディレクター・オブ・ラグビー(DOR/強化部門の総監督)を務める人物は、2015年ラグビーW杯で豪州代表を準優勝に導いたマイケル・チェイカだ。

「NECの歴史から紐解いてチームの戦術を策定するようなスタイルで、理念共有型という意味で私たちとマッチしています」

「ラグビーに対する熱さはありますが、非常にクレバーで、ビジネスの知見も持っている。状況判断における柔軟性もあります」

驚きの発表は続き、6月30日には、トップリーグ(ラグビー国内1部リーグ)では異例となる専属チアリーダーチーム「Sparkles」(スパークルズ)の創設、オーディション開催を発表した。

「選手と共に地域でも活動できるチアリーダーチームは、ファン、地域コミュニティとのつながりという面でプラスに働く部分が非常に多いと感じています」

■NECグリーンロケッツのホームタウン

また2022年に開幕予定のラグビー・新リーグに向け、NECグリーンロケッツのホームタウンは千葉県の東葛(とうかつ)となった。

「東葛飾地域」の略称でもある「東葛」は千葉県の北西部、ちょうどロケットにも見える6市(我孫子市、柏市、鎌ケ谷市、流山市、野田市、松戸市)となっている。

併せて、チーム名も「NECグリーンロケッツ東葛」に改称する(上記のホームタウン、チーム名はリーグの正式承認をもって決定予定)。

「東葛は流経大柏や専大松戸などラグビーの名門校があり、子ども達が参加するスクールも多いという、ラグビーの土壌のある地域です。都心へのアクセスも良く、可能性があります」

この東葛をベースとして、今後はアカデミーやユースチームの創設も視野に入れているという。

■きっかけは七夕まつりの短冊。「そろそろチームを創ろう」

インタビューでたびたび梶原氏が口にした言葉がある。「地域の子ども達」だ。

1980年生まれの梶原氏は千葉県船橋市出身。小中高とバスケットボールに打ち込み、将来の夢は「プロのバスケ選手」だった。

大学もバスケでの進学を目指していたが、高校3年時に大学卒業後のプレーヤーとしての受け皿が少ないことに挫折感を覚え、夢を諦めた。

しかしミニバスケの競技人口が日本一だった千葉県で育った梶原氏は、子ども達が無垢にバスケに打ち込む姿を見ていた。自分がそんな子どもの一人だった。

「一生懸命にバスケをやっている子ども達が大人になった時、自分と同じように環境がないから夢を諦めるのは嫌だなと思いました」

「だったらその子ども達が大きくなるまでに、自分が受け皿になる環境を創ろう、と決めたことがキッカケです」

将来、千葉にバスケットボールチームを創る。

そう決意した高校生は、地域密着がスポーツチームの鍵と知って日大理工学部に進み、大学院では都市計画や地域活性化を専門にした。

卒業後は新日鉄都市開発(現・日鉄興和不動産)に入社して、5年目の夏だった。地元の七夕祭りで、ある短冊を目にした。

「嘘みたいな本当の話なんですが、30歳のとき、地元の『ほおずき市』という七夕祭りで、『千葉県にプロバスケットボールチームができますように』という短冊を見つけました。それを見て、そろそろチームを創ろう、と思ってBJリーグ(Bリーグの前身)に『会ってください』と電話をしたんです」

そこで提示された条件をクリアし、2010年8月26日、BJリーグより2011シーズンへの新規参入が認可。高校時代から頑なに抱いてきた夢を叶えてみせた。

■「ホームタウンでラグビーを始めた子どもが、10年後にグリーンロケッツでプレーする姿を見たい」

子ども達のために。その姿勢はNECロケッツでも変わらない。

「子ども達が夢を持って目指せる環境づくり、というところは引き続き明確に行っていきたいと思っています」

「ラグビー選手からは自己犠牲の精神、壁にぶち当たっても突破していけるメンタリティ、仲間を信頼するという想いを強く感じます。そこは地域の子ども達にも是非感じてもらいたい部分です」

「今後私たちの活動を通してラグビーを始めた子ども達が、10年後にNECのユニフォームを着てプレーしてる姿を見たい―――そう思って私は活動していますし、その姿を見たときは感極まってしまうかなと思います」

仕事がリフレッシュになっているというから、スポーツチームの運営は天職なのだろう。

理工学部出身らしく物作りが好きで、そのほかの息抜きは折り紙だ。

ただその折り方が珍しい。

折り方の教本は見ずに、一枚の紙と向かい合う。たとえば「アヒル」を折りたいと思ったら、まず頭の中で折り紙を折ってみて、どうすれば「アヒル」が出来るのか考えるのだという。

今は、遠くまで飛んでいく「ロケット」の折り方に夢中なのかもしれない。 ■