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男子バレーファイナル6最終節。下剋上のカギを握るのは「引退覚悟」から這い上がったセッター

田中夕子スポーツライター、フリーライター
梅野をレギュラーに抜擢、下剋上を狙う東レ。(写真は2015年の天皇杯)(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

崖っぷちから連勝

 負けたら終わり。まさに崖っぷち。

 レギュラーラウンドの順位でポイントが加算するファイナル6を、5位の東レアローズが勝ち抜き、ファイナル3に進出するためには1つも負けられない。特に16、17日に大阪で行われたレギュラーラウンド1位のパナソニックパンサーズと、2位のサントリーサンバーズの連戦は、ポイント数を縮めるためには絶対負けられないどころか、3-0か3-1で勝利し、3ポイントを獲得することが必須条件。

 そのプレッシャーを楽しむことができる選手にとってはこれ以上ない舞台だが、そのプレッシャーに押しつぶされる選手もいる。

 きっと以前の梅野聡ならば、間違いなく後者だっただろう。

 事実、戦前の予想に違わず、試合開始早々に0-4と先行したのはパナソニック。しかもバックライトのルジェ・アントニンが止められ、レフトの星野秀知が止められ、失点のうち2本はブロックポイントによるもの。パナソニックパンサーズのファーストサーバー、深津英臣の巧みなサーブ戦術の遂行ゆえの結果ではあるのだが、セッターからすれば試合開始直後の連続失点は、決して小さなダメージではない。

 だが不思議なほど梅野は落ち着いていた。

 リードされて、躍起になるのではなく、相手ブロッカーが揃ってもルジェ、星野の対角に入るアウン・トゥにはふわっとした軌道のトスを上げ高さを活かす。スピードで振り回すのではなく、しっかり踏み込んで高い打点から叩く2選手の強打が中盤から効果を発し、第1セットを33-31とジュースの末に逆転で勝利した東レは、3-0でパナソニックに勝利を収めた。

 試合後、「両外国人を気持ちよく、しっかり打たせることを心がけた」と言う梅野に対し、パナソニックのミドルブロッカー、白澤健児は「クイックは藤井(直伸)選手と比べて多くない印象だが、振られて1枚にされるというよりも、2枚ブロックが揃った時にディフェンスできなかった」と振り返った。

 攻撃力のある選手をいい状況で打たせる。至ってシンプルなことであるのは間違いない。だがそれこそが、エリート街道からの挫折を経て、梅野がつかんだ新たな形だった。

エリートゆえのプライドが招いた挫折と劣等感

 中学、高校時代から全国制覇も経験し、日体大では1年時からレギュラーセッターも務め、全日本インカレも制した。

 174cmで手が長いわけでもなく、目を引くようなジャンプ力があるわけでもない。だがボールの下に素早く入って同じモーションからハンドリングを活かし、左右にボールを飛ばす。セッターとしての巧みな技術を武器に、自らのポジションを築いて来た。

 セッターとしてのキャリアが長く、実績もある。そうなれば「自分のやり方が正しい」と思うのは当然でもある。いかに相手ブロックの枚数を減らしたか、裏をかくような攻撃ができたか。

 過去の自分、を梅野自身はこう振り返る。

「まずはブロックを振りたい。だから自分のトスがまず先に来るんです。自分の形はこれだ、と自信を持っていたし、俺はこのリズムで上げるからそれに合わせて入ってくれよ、と。アタッカーに合わせよう、アタッカーを活かそう、という発想とは真逆でした」

 当然ながら壁に当たる。学生時代と同じようにやればVリーグでも通用するだろうという少なからぬ自信は、すぐにへし折られた。出場の機会やチャンスをつかみきれずにいる中、2つ下の藤井直伸が東レに入り、入団直後からチャンスをつかむ。

 それまでのカテゴリーで結果を残してきたのは自分で、セッターとしての技術も劣っているとは思えない。余分なプライドが邪魔をして、周囲からのアドバイスも素直に聞けない。そんな自分に対し、藤井はスタッフからのアドバイスも素直に受け入れ実践する。どんどん上達していく藤井と自分の間に大きな差が開いたことを認めざるを得なくなった。

 このまま選手としてのキャリアも終わり。引退して教員になろうと考えたが、どうせ辞めるならばこれが最後になってもいいから、もう一度試合に出る場がほしい。何より、このままでは終わりたくない。そう思って飛び込んだのがスウェーデンだ。かつて海外に渡った選手を頼り、情報や人のネットワークを得て、17年にヒュルテ・ハルムスタッドへ。

 その場所で、梅野にとって大きな転機が待っていた。

海外で学んだ「当たり前の大切さ」

大きな転機を与えてくれたスウェーデンでの出会い。「泣きそうなぐらい怒られたけれど、ペラ(写真左)に出会えたから今の自分がある」と今も慕う(写真/本人提供)
大きな転機を与えてくれたスウェーデンでの出会い。「泣きそうなぐらい怒られたけれど、ペラ(写真左)に出会えたから今の自分がある」と今も慕う(写真/本人提供)

 これまでと同じようにセットアップしようとすると、「逆足を軸にしろ」と言われ、ブロックの裏をかこうと急いで上げたクイックのトスが低くなると「お前はいつも何を聞いているんだ。上げに行くんじゃなく、待って、跳んでから上げろ」と怒声が飛んでくる。

 チームの監督であり、日本の豊田合成トレフェルサでもコーチを務めたペールエリック・ダルクヴィストの指導は、いつも容赦がなかった、と梅野は笑う。

「海外に行ってもまず、自分のスタイルでやろうとしたんです。でもトスが低くなれば向こうの選手は日本人のように器用なかわし方ができるわけじゃないから、まともに打って止められる。そうするとすぐ怒られるんです。『入って来い、じゃなくて持って行くんだ』と。めちゃくちゃ怒られて、それを受け入れてやっていくうち、自分のスタイルなんてどうでもよくなる。当たり前のことを当たり前にやりきることがどれだけすごいか。それは間違いなく、ペラから学びました」

 Vリーグに入るまでのキャリアが、自分の価値だと思っていた。だがそれはあくまで過去のことで、もっとよくなる、もっとよくなれ、とまるで学生時代のように基本から指導を受ける日々は常に新鮮だった。日本にいる頃は「シンプルで面白くない」と思っていた豊田合成のバレースタイルも、いかに勝つための確率を上げる効率的なもので、それに徹する難しさがいかほどか。自分がスウェーデンで体感して初めて理解した。

 試合に出続けただけでなく、スウェーデンリーグも制覇。新たなバレーボールの楽しさにも触れ、契約延長も含め今季も海外でプレーすることを望んだ。だが、オファーのタイミングが合わず、プレーするチームが決まらない。

 今度こそ引退して教員になるしかない。そんな梅野に手を差し伸べてくれたのが、大学時代の恩師であり、古巣の東レだった。

レギュラーセッターとして優勝も経験。スウェーデンでの経験を武器に、今までのスタイルを崩し、新しい形で再び日本の頂点を目指す(写真/本人提供)
レギュラーセッターとして優勝も経験。スウェーデンでの経験を武器に、今までのスタイルを崩し、新しい形で再び日本の頂点を目指す(写真/本人提供)

 自分で辞めたチームにまた戻る。どんな顔をすればいいのか、戸惑いがなかったわけではない。だが、覚悟を決め、再び飛び込むと多くの人たちが自分のために尽力してくれたこと、今までも支えてくれていたことを実感し、「感謝しかない」と振り返る。

 チャンスが訪れたのはそんな時だ。レギュラーセッターの藤井が試合中のケガで離脱を余儀なくされ、当初はファイナル6も筑波大在学中の酒井啓輔をセッターに据えて戦う予定だったが、小林敦監督はファイナル6のプレッシャーを酒井に背負わせるリスクを考慮し、梅野を抜擢。本人も「予想すらしなかった」という選択がチームにとっても吉となり、ファイナル6を2勝し3位まで順位を上げた。

 残りは2戦。23日の豊田合成、24日の堺ブレイザーズ戦の結果次第でファイナル3への進出が決まる大一番だが、気負いはない。

「海外へ行くまでは周りに流されるばかりで、人の意見も聞き入れられなかった。でも、自分で決めて飛び込んでみたら、今まで『俺は違う』と逃げて来た道のほうが正解だった、と実感しました。プレーの質は変わっていないし、まだ何も成し遂げていないけれど、今までやってきた形を崩して、新しいことに取り組める今が誇らしいです」

 挫折したって、人生は終わりじゃない。諦めなければ、予期せぬ未来だって待っている。だから今は、当たり前のことを、当たり前に。

 平常心で臨むだけ、という最終節でどんなプレーを見せるのか。男子のファイナル3進出チームが決まるファイナル6は、東京・大田区総合体育館で行われる。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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