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二度目の世界選手権に挑む。女子バレー長岡望悠に前を向かせた、宮市亮の言葉

田中夕子スポーツライター、フリーライター
ケガからのリハビリを経て復帰。二度目の世界選手権に挑む長岡望悠。(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

2年ぶりの全日本復帰

 日の丸と、背番号1をつけ、長岡望悠がコートに立つ。

「世界選手権を1つの目標としてきたので、また新しい気持ちで、ここに立てることはすごくよかったな、って思います」

 4年前、イタリア開催の大会に続き、長岡にとってはこれが二度目の世界選手権。だが、とにかく必死でガムシャラで、一直線に進むしかなかったあの頃とは心持ちが違う。

「たまに思うんです。前の自分と、今の自分はまた違ってそれが面白いし、今はすごく客観的に自分が見られるようになった。バレーボールをしている時間も、トレーニングをしている時間も自分に必要な時間で、これまで以上に質も上がったと思います。体ともいろんな会話をしながら、ケガしたことを特別に思わず、体の一部だと思ってやれているので。そういう感覚でトップで戦える体、感覚を養っていくことこそが面白いと思うから、今は本当にワクワクしています」

最悪の事態しか考えられず「考えるのをやめよう」

 2017年3月、Vプレミアリーグの試合中、スパイクの着地で膝を捻った。そのまま起き上がることができず、病院での診断結果は左膝前十字靭帯断裂。医学も進歩し、手術、リハビリを経て競技復帰を果たす選手も多くいるとはいえ、本格復帰までには長い時間がかかり、選手生命を脅かす大きなケガと言っても過言ではない。

 長岡自身もケガをした直後はショックも大きく、考えれば考えるほど最悪の事態しか思い浮かばない。そんな時期もあったと振り返る。

「ケガをした瞬間のイメージが自分の中でずっと残っていて、そこからなかなか抜けられなかったんです。でもすぐに入院して、手術が決まって、いろいろと進んでいく中で、自分が思っていた以上にたくさんの人がサポートしてくれたり、心配してくれたりしているのに気づいて、落ち込んでいる場合じゃないな、って。だからそれからは、考えても仕方がないことは考えるのをやめるようにしたんです」

 入院、手術、院内でのリハビリを経て国立スポーツ科学センターや、所属する久光製薬の体育館でリハビリに励む日々。その時間が、長岡にとってはまた新たな発見の日々だった。

リハビリ中の宮市が言った「ちゃちゃっと治せ」

 小学生からバレーボールを始め、早くから能力の高さやポテンシャルを見込まれ、中学時代から名を馳せた。東九州龍谷高在学時は数多くのタイトルも手にするなど、バレーボールで築いたキャリアは申し分がないほど輝かしいものばかり。だが裏を返せば、それだけバレーボール漬けの日々を過ごしてきたということでもあり、スキルやテクニックは磨けても、学校行事すらろくに参加することができない。Vリーグの選手になってからも、体育館と寮が一体化した環境はバレーボールに集中できる選手としては理想的なものであるものの、バレーボール以外の世界はほとんどわからない。

 そんな長岡の世界を広げる1つのきっかけになったのがケガだ。リハビリ期間中はバレーボール選手だけでなく、他競技の選手と接する機会も増え、皆が皆、場所や重度は異なってもケガをして、競技復帰を果たすという共通の目的を持って時間を過ごすことに代わりはない。同じ時間を共有するうち、互いの競技環境や些細なことを話し、何気ない一言が勇気になる。長岡の場合もまさにそうだった。

 同時期、国立スポーツ科学センターには長岡と同様に、右膝前十字靭帯断裂からの競技復帰を目指すサッカーの宮市亮もいた。

 10代で世界に羽ばたき、将来を嘱望されたが相次ぐケガに見舞われた。手術とリハビリを何度も経て、前十字靭帯断裂も15年に左膝、17年に右膝とこれが二度目。それでもごく当たり前に、復帰を目指しリハビリに取り組む。そんな宮市が、長岡に言った。

「確かに大変だけど、まだ1回目だろ? 前十字なんてちゃちゃっと治して、はやくバレーボールやらないとな」

 時折「次にやったらもうさすがにきつい」とこぼすことはあっても、自分より苦しい状況に立たされながら前を向く。そして明るくさらりと発した「ちゃちゃっと治せ」という一言が、長岡にとって新たな気づきを与えた。

「私よりもっと大変だったはずなのに、それでも明るく、前を向いている。私なんてまだまだ、まだまだだな、って。そう思ったら、すごく冷静に今までのことを振り返るというか、自分と向き合うことができるようになりました。時間をかけて、急がずに。ありのままの自分と向き合いながら1つずつ取り組めば、自分が納得する。今まではどこか、人に気を遣って、すごく頑張って生きていたし、そうじゃないとできなかったと思うんです。だけど、そうやって生きるのがしんどいなと思うこともあった。そう思っても人には見せちゃいけないと思ってきたけれど、フタをしなくていいんだな、って。だから私、ケガをしないほうがよかったというのは一切思っていないんです。そのおかげでいろんなことを感じられたし、自分にとってすごく得るものが多かった。だからホント、必要な時間だったんだな、としか思えないです」

自分を磨くことが、日本のためになる

 5月の黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会で復帰を果たし、8月のアジア大会にも出場。ケガをする前と今を単純に比較することはできないが、共通するもの、異なる感覚、試合を重ねる中で得られるすべてが今は財産だ。

「周りの人に対して自分が感じることも、まるっきり変わったんです。今までは全然、私、人のことが見えていなかったなぁって。これからはまた違う感性で人を見て、自分を感じながら、長岡望悠っていうバレーボール選手の人生を歩ませてあげたいし、自分を磨くこと、バレーでレベルアップすること、それがチームのため、日本のため、になることだと思うんです。まだうまくいかないこともあるけれど、確実に自分で手応えを感じているし、自分の体を思い通り、自分で動かせることがすべてだと思うので。ボールコントロールも、技術もまだまだ。でもだからこそ、ここからまた成長、レベルアップにつながるんだ、って今はすごくそう思います」

 新たな境地で迎える、二度目の世界選手権。国内開催でプレッシャーもあり、結果も求められる。だがそれもすべて、バレーボールができるからこそ背負えるもの。

 9月21日のブンデスリーガ、インゴルシュタット戦で宮市は488日ぶりにトップチームでの公式戦復帰を果たし、自らゴールを決め復活を飾った。だから自分も、というほど長岡は貪欲なタイプではないが、またこの場所に立てる。その喜びは同じだ。

 新たな出会いや、積み重ねた1日1日を力に、長岡がコートに立つ。彼女はどんな姿で、どんなストーリーを描くのか。

 開幕は29日のアルゼンチン戦。新たなスタートは、間もなくだ。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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