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兄へ届け 1本にすべてを込めた福井工大付最強のピンチサーバー

田中夕子スポーツライター、フリーライター
(写真:アフロ)

3月開催から、正月開催に時期を移し、4度目を迎えた全日本バレーボール高等学校選手権大会(通称、春の高校バレー)。

大会3日目となった7日は男女3回戦と準々決勝が行われ、男女各4校が準決勝進出を決めた。

レギュラーになれなかった唯一の3年生

男子3回戦で和歌山代表の開智高校に敗れた、福井工大付福井高校。

試合を終えると、足早にサブアリーナへと向かい、選手たちが西田靖宏監督を囲む。

開口一番、監督は1人の選手を讃えた。

「田中のサーブが素晴らしかった。本当にすごかった。3年分が全部こもったサーブだったよ」

1セットを失い、18-20と開智が2点をリードして迎えた第2セットだった。

西田監督は、ピンチサーバーとして3年生の田中友貴を投入した。

大きなフォームで、コートのコーナーギリギリ、クロスの奥へと放った田中のジャンプサーブはサービスエースとなり、福井工大付が1点を返す。

続けて、2本目も鉄壁の守備を誇る開智のレシーブを乱す好サーブで得点に結び付け、田中の投入を機に、20-20と同点まで追い上げた。

殊勲者となった3年生のピンチサーバーは、両手を組み、祈るように何かを叫んだ。

1、2年生がレギュラーメンバーの多くを占める福井工大付福井の3年生はわずか4人。

最後の春高でも川端俊樹、北村尚輝の2名はレギュラーとして試合に出場し、キャプテンの吉田和眞も途中出場ながら最後の試合では第2セットの序盤から投入され、コートに立ち続けた。

「3年間レギュラーになれなかったのは、僕だけでした」

試合が近づけば、レギュラーを中心にした練習が続く。

田中以外の3名がレギュラー組に入ってスパイク練習や、ブロック練習をするコートで、田中はボール拾いに走りまわった。

練習が終われば後輩と一緒にボールの数を数え、アイシングの氷や、練習中に飲む水があるかどうかも気を配る。本来ならば1、2年生に任せるべき雑用も、決して人任せにはしなかった。

いつかの出番を信じて磨き続けたサーブ

もちろん、試合に出るのを諦めたわけではない。

レギュラー組の練習に入れなくても、自分がいつか試合に出るためには、何を武器にすればいいのかを必死で考えた。

たどり着いた答えは、サーブ。

バレーボールの中で唯一の個人技でもあるサーブならば、1人でも練習できる。

ただひたすら、空いた時間を使って、武器となるべくサーブ練習に励んできた。

その“いつか”が巡って来たのが、春高であり、開智との試合だった。

ここまで練習してきたすべてを出し切ろう。ただその一心で思い切り打った、というサーブでサービスエース。

田中にとって春高初得点を挙げた後、何を叫んだのか。

「ありがとう、って。たぶん、兄ちゃんが力を貸してくれたと思ったんです」

兄ちゃん、ありがとう

4年前、交通事故で兄を亡くした。

突然訪れた別れ。最後の言葉を交わすこともできなかった。

「すごく仲が良かったから、寂しいし、つらいけど、きっといつも兄ちゃんは近くで見てくれている。あのサーブも、兄ちゃんが打たせてくれたんだ、と思ったら自然に“ありがとう”が言葉に出ました」

ほんの一瞬。たった数本の出番であったとしても。

その1本は、報われなくても諦めず、ずっと続けてきた努力の成果であり、兄との絆の証。

「全部出し切りました。だから僕は、負けても悔いはないです」

チーム内の誰よりも、清々しい笑顔だった。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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