【熊本地震】被災した解体予定の町屋をゲストハウスに 熊本の城下町で進む景観保全の取り組み

解体予定の町屋をゲストハウスとしてよみがえらせた早川祐三さん(筆者撮影)

熊本地震から14日で丸2年。熊本の城下町「新町・古町地区」では、被害を受けた町屋の解体が進む。その一方で、解体予定の町屋を活用したゲストハウスがオープンするなど、城下町の景観を残そうという地元住民らによる取り組みも生まれている。

大きく損傷した古町地区の町屋=2017年4月6日、熊本市中央区(筆者撮影)
大きく損傷した古町地区の町屋=2017年4月6日、熊本市中央区(筆者撮影)

熊本市中央区の同地区に残る町屋は、明治から戦前にかけて建てられた木造家屋。「職」と「住」が一体となった建物で、かつては商人や町人らが居住していた。地震前は、狭い間口で奥行きのある建物が道沿いに並ぶ、特徴的な景観を生んでいた。

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同地区の町屋は300軒以上あったとみられるが、その多くが地震で被災。町屋の保存に取り組む復興団体「くまもと新町古町復興プロジェクト」によると、所有者の高齢化が進んでいることもあり、被災した多くの町屋で解体が進んでいる。建て直すにしても、木造家屋を敷地面積いっぱいに建築することは、法令上困難。解体後の跡地は、コインパーキングや月極駐車場への転用が進んでいるという。

町屋の解体が進み更地が目立つ=2018年4月、熊本市中央区(筆者撮影)
町屋の解体が進み更地が目立つ=2018年4月、熊本市中央区(筆者撮影)

そんな中、立ち上がったのが、同地区で生まれ育った早川祐三さん(39歳)だ。解体が進む町屋を見て、「このままではこの地区が城下町だったことが忘れ去られてしまう」と危機感を募らせた。築180年の町屋の活用を、所有者である親類に提案。自らリノベーションし、オープンにこぎ着けた。

自ら町屋をリノベーションする早川祐三さん=2018年4月、熊本市中央区(筆者撮影)
自ら町屋をリノベーションする早川祐三さん=2018年4月、熊本市中央区(筆者撮影)

ゲストハウスの名称は住所の「4丁目26番地」から取った「ゲストハウス426」。「多くの人にこの土地に足を運んでほしい」との思いからこの名称にした。宿泊は1日1組限定で、和室も含まれる1棟4部屋を、丸ごと貸し出す形態。予約は外部の予約サイトなどを活用している。中国、韓国、台湾、タイからの観光客の利用が目立つといい、現在の稼働率は9割に達するという。

ゲストハウス426の看板。奥の照明は釜を再利用している=2018年4月、熊本市中央区(筆者撮影)
ゲストハウス426の看板。奥の照明は釜を再利用している=2018年4月、熊本市中央区(筆者撮影)

「まずは解体されずに一棟残すことができた」と胸をなで下ろす早川さん。一方で「町屋の解体はどんどん進んでおり、このままでは同地区が城下町だったと分かるものは案内板だけになってしまう」と危機感を募らせる。隣接する2棟についても、現在、急ピッチでリノベーションを進めており、「できるだけ早いうちにゲストハウスとしてオープンさせたい。そして新町・古町地区の経済に貢献したい」と意気込む。

同プロジェクト事務局長の吉野徹朗さん(41歳)も、「城下町の風情が失われつつある」と警鐘を鳴らす。同地区では、以前と比べて更地や駐車場が目立つようになった。同時に、地震前と比較して、観光客の姿を目にする機会が減った。

「城下町の風情が失われつつある」と危機感を募らせる吉野徹朗事務局長=2018年4月撮影
「城下町の風情が失われつつある」と危機感を募らせる吉野徹朗事務局長=2018年4月撮影

吉野さんが懸念するのは観光面だけではない。「町屋が失われると地域住民同士の繋がりが希薄になり、地域活動にも支障が出る。結果、地域コミュニティーが崩壊して災害時の安全網が失われる」。全国各地で起こる災害をニュースなどで見聞きする度、その懸念は広がる。

すでに吉野さんたちは動き出している。町屋を修復してゲストハウスや飲食店として生まれ変わらせる。その支援や運営を行う会社の設立準備を進めているのだ。

吉野さんは「まずは皆で協力しながら何とか町屋を残したい。そして近い将来、県内外から多くの人が訪れて楽しめる町にしていきたい」と先を見据えている。