言葉・制度・心の壁に阻まれる海外ルーツの子どもたちの現状―今知っておきたい主な課題とは

共通語は日本語―国、文化、言葉の違いを超えて友情をはぐくむ二人(写真は筆者提供)

2018年の下半期以降、大小さまざまなメディアによって日本で働く外国人や日本の学校で学ぶ海外ルーツの子どもたちがいかに大変な状況に置かれているかが報じられることが急増しました。一方で、情報が急激に増えたこともあり、子どもたちが日本社会でどのような状況にあり、どのように困っているのか、全体像として捉えづらくなっている方もおられるのではないでしょうか。

この記事では、特に筆者が専門とする「海外にルーツを持つ子ども」について、いま知っておくべき現状と課題をあらためて整理します。この記事が、少しでも関連するニュースを理解するための一助となれば幸いです。

呼び方いろいろ―「海外にルーツを持つ子ども」の定義

正確な定義づけはされていませんが、おおむね、「両親または親のどちらか一方が、外国出身者である子ども」のことをあらわします。外国籍の子どもたちはもちろん、日本国籍(または日本と外国の二重国籍)を持つ、いわゆる「ハーフ」「ダブル」の子どもたちに加え、難民2世など、何らかの理由により無国籍状態にある子どもたちを包括して指す言葉です。

この中には、つい先日来日したばかりという子どもも、日本で生まれ育ち、日本以外の国には(まだ)行ったことがないという子どもも含まれます。場合によっては、日本人家庭に生まれた日本語母語話者の子ども、海外での生活経験を持つ「帰国子女」もここに含まれることがあります。

筆者はこうした子どもたちが特定の国家の国民や国籍といった概念にはあてはまらないケースも念頭に「海外にルーツを持つ子ども」と呼んでいますが、それ以外にも「外国にルーツを持つ子ども」「外国につながる(つながりを持つ)子ども」「日本語を母語としない子ども」「JSL(Japanese as Second Language:第2言語としての日本語)児童生徒」など、支援者や支援機関、地域などによってその呼び方が異なります。この呼び方が定まっていない、ということ自体が、海外ルーツの子どもたちが置かれた不安定な現状を表していると言えます。

日本語教育体制の地域間格差が積年の課題

海外にルーツを持つ子ども、外国人の子どもの現状や課題と聞くと、まず真っ先に日本語がわからなくて大変そう、と思う方も少なくないのでは。来日したばかりで日本の学校に転入し、日本語がわからず友だちが作れず孤立し、学校の勉強についていくことができなくて困っている姿は容易に想像でき、現実に海外ルーツの子どもたちはそのような状況に置かれることも少なくありません。

文部科学省が2年に1度公表している「日本語指導が必要な児童生徒」に関する調査によると平成28年度の時点で、全国の公立小・中学校、高校、特別支援学校や中等学校に日本語がわからない子どもが43,000人以上在籍していることが明らかとなっています。しかもこの内の4分の1にあたる10,000人の子どもたちが、学校で何の支援も受けていません。

その主な理由として、日本語を教える人材がいないことや、指導する時間がないことなどが挙げられています。日本語指導を必要とする子どもの半数は、その学校日本語がわからない子どもがその学校に1人または2人だけといった学校や、去年までゼロだったのに、今年になって急に1人転入してきたといった学校に在籍しています。こうした学校を抱える自治体では恒常的に支援のための人材や予算を確保しておくことが難しいのが現状です。

外国人が多く暮らしている自治体の学校では、その学校の半数近くが海外にルーツを持っているという場合もあり、仕組みとして常に支援者を確保しておくことが可能となりますが、そうでない学校や地域との支援の質と量の格差が、子ども日本語教育にとって大きな、積年の課題となっています。今現在も学校に支援体制がないことを理由に就学を断られるケースもあり、子どもたちの教育機会保障のためにも一刻も早く解決すべき問題です。

母語も日本語も“中途半端”―ダブルリミテッドの子どもたち

海外にルーツを持つ子どもたちの場合、言葉の壁は日本語だけにとどまりません。特に幼少期に来日したり、日本で生まれ育った海外ルーツの子どもたちの場合、家庭の中で使われている「母語」(外国人保護者が話す言葉)が年齢相応に発達しづらい傾向にあります。家庭の中だけでは、十分な量の母語に触れる時間が取れなかったり、母語で書かれた文書を読む機会が限定されていたりするためだと考えられます。また、保育園や学校、日本人配偶者や親戚などから家庭の中でも日本語で子育てすることを勧められ、子どもの母語育成機会を逃してしまったというケースも少なくありません。

重ねて、適切な日本語教育にアクセスできる子どもたちも少ないのが現状です。その結果として母語も日本語もどちらも中途半端になってしまう「ダブルリミテッド」や、日本語社会で生活することによって母語を喪失し、日本語のモノリンガルだが日本語の力も年齢相応ではない「シングルリミテッド」と呼ばれる状況に陥る子どもたちもいます。

中には、日本語が得意でない自分の親との会話が成立せず、機械翻訳に頼ってコミュニケーションを図っているという家庭もあります。

母語の力は、外国語を習得する際の拠り所となるだけでなく、抽象概念を獲得したり、思考を深めたりする際にも大切な役割を果たします。また、母語は自らのアイデンティティを確立したり、自らが何者であるかを知る手がかりとなるもので、複数の文化や言語、社会にルーツを持つ子どもたちの自尊感情にとっても重要な言葉の力ですが、その育成機会は非常に限られており、今後取り組まれるべき大きな課題の一つでもあります。

日本語ができても、母語ができても、立ちはだかる「いじめ」問題

海外ルーツの子どもたちの中には、日本で生まれ育ったなど、日本語がネイティブまたは同等の力があり、母語の力も十分で、家庭環境も安定している子どももいます。支援者としては「何ら問題ない」と感じる子どもたちですが、学校や社会の中で「自分の居場所」を見つけ出すことに大きな困難を感じている場合があります。

特に肌や瞳、髪の色が異なっていたり、名前が「日本人風」でなかったり、親が外国人であることなど、わかりやすい「違い」が攻撃対象となり、いじめを経験する子どもは少なくありません。過去には、いじめを苦に海外ルーツの小学生が自らの命を絶たざるを得なかった痛ましい事件も起きています。

海外ルーツの方々にたいする「いじめ」は、差別的言動を含め、大人の社会でも起きています。インターネット上にあふれるヘイトスピーチや、コンビニエンスストアで働く外国人の日本語をあざ笑うような内容のバラエティ番組など、私たちの社会の非寛容性が顕在化していると感じる事例は増えています。

体制整備が始まる中で、今ひとりひとりが取り組むべきこと

政府は2019年6月10日に「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応」追加策の案を公表しました。詳細は拙稿をご一読いただきたいのですが、今後日本語教育の推進に関する法律案の成立なども含め、海外にルーツを持つ子どもたちの教育環境の整備や、外国人保護者の子育て支援など、体制の整備が急ピッチで進められていく見込みです。

しかし、言葉の壁を超えてなお、子どもたちや外国人が日本社会の中で苦しむいじめや差別は制度では解決が難しい、いわば「心の壁」とも言えるものです。

その心の壁を取り除いてゆかねば、本当の意味で多様な人々が共に生きる社会は訪れないでしょうし、日本に暮らしたいと思う人すら減っていってしまうかもしれません。今、私たち1人1人が取り組むべきはこの「心の壁」をいかに取り除いてゆくかということではないでしょうか。

そのために、移民受け入れ国で取り組まれている「ダイバーシティ教育」や多様性をコンセプトにしたダイバーシティトイズの開発など、参考になる先駆的事例は多くあります。こうした事例を参照しながら、日本社会はどのような「共生社会」を築き、未来へとバトンをつないでゆくのかを、考えるべき時が来ています。